十五、嫉妬
―――その日の夜は、大変だった。
女子たちが私の部屋に押し寄せて来たのだ。
「さて、どういうことか説明してもらおうか」
里は部屋へ入ったとたん、いきなり詰め寄ってきた。
「説明って・・」
私は口籠った。
「まあまあ・・さとちゃん。ゆっくり聞こうよ」
志歩が里をなだめた。
みんな年頃ということもあり、私の話を聞きたくて仕方がない風だった。
「まず、なんで城田の若旦那が水樹を指名したのさ」
里は怒りが抑えられない様子だった。
「なんでって・・私のカフヒーを飲みたかったみたいよ」
「それがおかしいのさ」
「どうしてよ」
「カフヒーを飲むなら、一見の客間でいいじゃないか」
「そんなの知らないわよ。城田さんが離れを希望したんだもん」
「それで、寝たのかい」
里のストレートな質問に、みんなは顔を赤くしていた。
「寝てないよ!」
私は侮辱された気になり、怒鳴った。
「嘘を言うんじゃないよ。寝もしないのに、なんで離れなのさ」
「だからそれは知らないって言ってるじゃない。実際に寝てないし、話をしただけよ」
「男女が二人でいて、しかも床も用意されててさ。何もないって方がおかしいんだよ!」
「なによ!侮辱しないで!私も城田さんも、いやらしい気持ちなんてないわよ!」
「待ちなよ、二人とも」
初枝が私たちを制した。
「里。水樹は何もなかったって言ってるんだから、それを信じるしかないでしょ」
「初枝は信じられるってのか」
「信じるとか信じないとかじゃなくて、これは個人の問題だよ。水樹に八つ当たりするのはお門違いよ」
「はっ、お人好しにも程があるよ」
「だったら里だって、水樹みたいにカフヒーを作ればいいじゃない」
「なんで私が」
「なんで私が?あんたカフヒーの店を出すんじゃないの?それで水樹を雇うんでしょ」
「・・・」
里は初枝に痛いところを突かれ、なにも言えなかった。
「ねぇ・・水樹ちゃん」
志歩が声をかけてきた。
「なに」
「若旦那とは・・どんな仲なの?」
「どんなって・・べつに何でもないよ」
「えぇ~~・・そうなの?」
「うん」
「水樹ちゃんは若旦那のこと、好きなんでしょ」
「そんな・・別に・・」
「志歩」
そこで美智乃が口を開いた。
「なに、みっちゃん」
「あまり詮索しない方がいいよ」
「詮索だなんて。みっちゃんだって訊きたいでしょ」
「興味がないっていえば嘘になるけど、でも水樹は答えにくそうにしてるじゃない。嫌がってる人に無理やり答えさせるのは違うと思うわ」
「ふんっ。初枝も美智乃も優等生なんだから」
里が水を差した。
「なによ、優等生って」
初枝が訊いた。
「本心を隠して、いい格好してんじゃないよ」
「ちょっと・・里。言い過ぎよ」
房子が言った。
「房子まで。あんた調理場でさんざん水樹のこと言ってたじゃないか」
「え・・」
「今頃なにしてるんだろうとか、あの時の振る舞いはどうしたらいいのとかさ」
「里・・そんなことまで言わなくてもいいじゃない・・」
ちょっとなによ・・この会話。
みんなで勝手に想像して。
「もうみんな、いい加減にしてくれない?」
私がそう言った。
「この際だから言っとくけど、今後も城田さんは私を指名するって言ってるわ。その度に離れへ行ってお相手するの。だから今みたいにいちいち騒がないで」
私がそう言うと、みんなは目を丸くして驚いていた。
「ふんっ、やっぱり寝てるんじゃないか」
里はまだそう言って、私に言いがかりをつけた。
「里は寝ることしか頭にないのね。言っとくけど、城田さんはそんな下品な人じゃないの。読書が好きでインテリなのよ」
「インテリ・・?」
初枝が訊いた。
しまった・・
インテリって・・英語だったかな・・
これって略語だよね・・
「インテリって・・知性のある人のことなの。城田さんに教わったの」
「へぇ・・そうなのね」
初枝は半信半疑といった風だった。
「ふんっ、もういいよ」
里はそう言って部屋を出て行った。
「水樹ちゃん、あまり気にしない方がいいよ」
志歩が言った。
「さあ、私たちも部屋へ戻るわよ」
初枝が立ち上がり部屋を出ると、志歩も房子も美智乃も部屋を出て行った。
まったく・・なによ。
勝手なことばかり言って。
しかしまあ、時代は違っても、女子の嫉妬って同じなのね。
私は気分は良くなかったが、ある意味、彼女たちの気持ちもわかる気がしていた。
「水樹」
次の日、私が受付で座って準備をしていると、またおばあが声をかけてきた。
「はい」
おばあは、私の横に座った。
「城田の若旦那を、しっかりと掴んでおくんだよ」
「え・・」
「近頃じゃね、なかなか馴染みの旦那がいなくてさ。離れもとんと使ってなかったけど、城田の若旦那なら間違いはないしさ」
おばあが「間違いはない」と言ったのは、金払いのことだ。
「だから、ちゃんと掴まえておくんだよ」
「私はそんなつもりはありません」
「バカだねっ。なに言ってるんだい。あんたが若旦那と馴染みになってくれたら、店も繁盛するってもんさ」
「・・・」
「これだけよくしてやってるんだ。店に貢献するのは当たり前だ」
「・・・」
「それともなにかい。あんた、あたしが口を利いてやらなかったら、今でも給仕のままだよ」
「そんな・・」
「それと小遣いもやってんだろう。あれはお前だけの褒美だよ」
「はあ・・」
「いいね、若旦那に粗相したら許さないよ」
「はい・・」
そしておばあは部屋を出て行った。
ほっんとに、がめつい人だわ。
でも、離れでは話をするだけだし、私はそれだけで嬉しかった。
城田さんを掴まえておくというような、下品な気持ちなんてないけど、ずっとあの空間で色々と話ができればと願っていた。
―――それから数日後のこと。
店に糸田ご一行がやって来た。
糸田の若旦那は以前と同様、五人の「子分」を従えていた。
「いらっしゃいませ」
私は声を抑え気味にそう言った。
「糸田様です」
そして小窓から顔を出し、幸恵にそう伝えた。
「これはこれは糸田様。ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」
幸恵はそう言って、ご一行を三階へ案内していた。
それからしばらくして、幸恵が私のところへ来た。
「水樹、若旦那のお相手をしな」
「え・・」
「ご指名だよ。早く行きな」
嘘でしょ・・
ちょっと待って・・
指名って・・
「なにやってるんだい。早くしな」
「し・・指名って・・まさか・・」
「自惚れてんじゃないよ。お酌だよ」
「そ・・そうですか・・」
いやいや・・お酌でも嫌だし。
しかも自惚れてなんかないし。
それでも私には断ることは許されず、三階へ行くことになった。