十四、離れ
それから一週間後のこと。
「水樹、ちょっと」
私が受付で座っていると、おばあが私を呼びにきた。
「はい、なんですか」
私は座ったまま、顔だけおばあの方へ向けて返事をした。
「こっちへ来な」
私はおばあが立っている、隣の部屋へ行った。
「なんですか」
「ご指名だよ」
「え・・ご指名?」
「これに着替えて離れへ行きな」
おばあは白地で赤い花柄模様の、派手な着物を持っていた。
「ちょっと待ってください。離れって・・」
「いきなりってわけじゃないさ」
「いやいや・・無理ですって」
「向こうさんは、静かな場所であんたと話がしたいって言ってんだよ」
「そんなっ・・っていうか、相手って誰ですか」
「呉服屋の若旦那だよ」
「え・・」
も・・もしかして・・城田さん?
にしても・・離れって・・城田さん、意味がわかってるのかな・・
「なんでもエゲレスに行ってたらしいじゃないか。とんと姿を見ないと思ってたんだよ」
「いや・・私、無理です・・」
「違うんだよ。若旦那は、お前が淹れたカフヒーもご指名なんだよ」
「え・・ああ・・」
「さっ、これに着替えてさっさと行きな」
「いや・・カフヒーと話だけならこのままでいいです」
「なに言ってるんだい。指名がかかったら、そんなボロで相手させるわけにはいかないんだよ」
「でも・・若旦那さん・・まだ来てないですけど」
私は受付にいるので、客が来たらわかる。
城田さんなら尚更よ。
見逃すはずがないもん。
「こっそり連絡があったのさ。ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行きな」
「・・・」
「言っとくけどね、粗相をしたらただじゃ置かないよ」
「そんな・・」
「あんたさ、離れの使用料、いくらか知ってんのかい」
「知りませんけど・・」
「それを出してくださるんだ。断ることは許さないからね」
さすがに・・お金にがめついおばあだわ・・
儲けられるものはなんでもありって感じ。
仕方がない・・断れないし・・
そして私は着替えを済ませ、コーヒーを淹れに調理場へ行った。
「いやだ・・水樹・・その着物どうしたのよ」
私の姿を見て初枝が訊いた。
他の女子も驚いて見ていた。
「いや・・カフヒーを作りに・・」
「なんでカフヒーを作るのに、その”なり”なのさ」
里が訊いた。
里はすぐに何かを察したようだった。
「ほらほら、無駄口叩いてないで、手を動かしな!」
そこで真知子が口を挟んだ。
真知子は私を見て、どうやら事情を知っている風だった。
「水樹、カフヒーを作りな」
私は真知子にそう促され、コーヒーを作った。
「誰のご指名なんだろうね・・」
房子が小声でそう言うのが聞こえた。
「まさか・・糸田の若旦那・・?」
志歩がそれに答えた。
「手を動かさないと、雷が落ちるよ」
初枝が二人を制した。
なんだか・・嫌だなあ・・
里を見ると、私を睨んでいた。
ちょっと・・あり得ないんだけど・・
私は好きでこんなことやってるんじゃないのよ。
おばあに命令されたのよ。
まったく・・わかってないんだから。
そして私はコーヒーを盆にのせ、三階の離れへ向かった。
渡り廊下を進み、障子を開けた。
すると部屋の隅には二組の布団が敷かれてあり、その横には鏡台と小さな小物入れが置かれてあった。
なんかっ・・いやらしい感じ・・
っていうか・・城田さん、どういうつもりよ。
「若旦那、こちらです。どうぞごゆっくり」
障子の向こうで幸恵の声がした。
「どうもありがとう」
そして城田さんの声が聞こえた。
障子が開くと、城田さんが私を見て、少し驚いていた。
次に、布団を見て引いていた。
「どうぞ、お入りください」
私はぎこちなくそう言った。
「あれ・・ちょっと僕の想像していたのと雰囲気が違いますね・・」
城田さんは部屋へ足を踏み入れた。
「カフヒーどうぞ・・」
私はコーヒーを差し出した。
「ああ・・どうも・・」
城田さんは胡坐をかいて、私の前に座った。
「あの・・ここって・・そういう部屋なんですか」
城田さんが訊いた。
「はい・・そうみたいです・・」
「こりゃ参ったな。そんなつもりじゃないんですけどね」
「そっ・・そうですよね!」
「僕は、水樹さんが淹れたカフヒーを静かな環境で頂きたかっただけなんですよ」
「わっ・・私もそう思っていたところなんですよ!」
「だからね・・これ」
城田さんは袖の中から本を取り出した。
「これを読もうと思って」
「なるほど~。それはいいと思います」
「でも水樹さんがせっかくいらっしゃるし、話をしましょうか」
「はいっ!」
私は城田さんが、そんなつもりじゃなかったことに安心したと同時に、また話ができることを嬉しく思った。
っていうか・・おばあ、嘘をついたわね。
城田さんは、一人でこの部屋で読書するつもりだったんじゃないの。
まったく・・酷いわ。
「それにしても・・その着物。とてもかわいいですね」
「えっ・・あ・・ああ。そうですか・・」
「でも水樹さんには少し派手ですね」
「そ・・そうですか・・」
やっぱり・・
私もこの色と柄は・・いまいちだったのよ。
「よかったら、今度僕が見立ててあげましょうか」
「えっ・・いえっそんな。それにお金もないし・・」
「お金の心配はいりません。僕がプレゼントしてあげますよ」
「そんな・・プレゼントだなんて、もったいないです」
「え・・」
そこで城田さんは驚いた表情を見せた。
「な・・なんでしょうか・・。私、失礼なこと言いましたか・・」
「いえ、違うんですよ」
「え・・」
「水樹さん、英語がわかるんですね」
「えっ・・」
いま・・英語使ったっけ・・?
「英語・・使われました・・?」
「あはは。プレゼントですよ」
「あ・・ああああ~~ほんとだ!」
ひ~~・・
プレゼントなんて、もう日本語みたいなもんじゃない。
だから気がつかなかった・・
「英語はどこで習ったんですか」
「え・・えっと・・どこだっけな・・」
「あはは。水樹さんって不思議な人ですね」
「え・・」
「先日は妙なこと言ったかと思えば、英語もわかる。そしてカフヒーも作れる」
「ああ・・まあそうですね・・」
「僕はあなたに興味が湧いてきましたよ」
「えっ・・」
今のって・・なんか・・
都合のいいように受け取っていいのかな・・
「水のこと、英語でなんて言うかわかりますか」
「えっと・・ウォーターです」
「おおっ。じゃ、花は」
「フラワー・・」
「これはすごい。即答ですね」
「いや・・別に・・」
「What is your name」
げ・・英語で会話するつもり・・?
「my name is mizuki shirakawa」
「oh・・amazing・・」
「あの・・もういいです・・」
「水樹さんって・・何者なんですか」
「何者って・・何者でもありません」
「留学経験があるのですか」
「いえ、ないです」
私の困っている様子を見て、城田さんは少し申し訳なさそうにしていた。
「話題を変えましょう」
城田さんが言った。
「あの・・すっかりカフヒーが冷めましたけど、淹れなおしてきましょうか」
「いえ、いいですよ」
城田さんは湯飲み茶碗を持ち、コーヒーを飲んだ。
「冷めても美味しいですよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「水樹さんの分は?」
「私は店の者ですから、ありませんよ」
私はそう言って笑った。
「じゃ、僕がご馳走してあげます。自分の分を淹れてください」
「いえ・・いいです・・」
「遠慮しないでください。それから、今後も僕はあなたを指名してこの部屋を使いますので、その時は自分のカフヒーも持ってくるようにね」
「え・・」
そして私は部屋を出て、調理場へ向かった。
今後も・・私を指名・・
でも・・話をするだけだし、いいよね!