十二、兄と妹
そして二日後のこと。
私はおばあに使いを頼まれた。
「ここから大通りへ出たところに、坂本っていう乾物屋があるんだが、そこへ行って集金して来とくれ」
え・・乾物屋・・
その隣に城田さんの呉服屋があるんだ・・
「集金って・・」
「あそこのドラ息子だよ。いつもツケをするんだよ。まったく・・」
「そうなんですか・・」
「一円もツケしてさ」
「そうですか・・。でも私に出来るんですかね」
「こういうこともやってもらわないと。さっ、これを持って行きな」
おばあは私に布袋を渡した。
「じゃ、行ってきます」
私は店を出て、大通りへ向かった。
私は内心、ツケの取り立てより、城田さんに会えるかもしれないとの期待感で一杯だった。
えっと・・ここを左に行くのよね。
大通りを出たところで私は左を向いた。
するとすぐに坂本乾物屋という看板が見えた。
よしっ・・あそこだわ。
乾物屋の前まで来ると、隣には間口が広くて、呉服屋と書かれた立派な看板が掛けられてあった。
ここに城田さんがいるのね・・
それでも私は気持ちを抑え、乾物屋の扉を開けた。
「すみません~。どなたかいらっしゃいますか」
声をかけると奥から「いらっしゃいませ」と中年の男性が出てきた。
「なにを差し上げましょう」
男性は揉み手をしながら言った。
「いえ、私、水連亭の使いの者なんですけど」
「え・・水連亭」
「ツケを払っていただきたくて参りました」
「ツケ・・あっ!忠助の野郎だなっ!」
男性は奥に向かって「忠助!」と呼んでいた。
「まったく、すみませんねぇ」
男性は私に頭を下げた。
「いえ・・」
「あいつ、俺の目を盗んじゃあ、通ってるみてぇで」
「そうなんですか・・」
「なんだよ、親父」
そこに忠助が出てきた。
「なんだよじゃねぇ!お前、またツケしてるらしいじゃねぇか」
「ああ、そのこと」
忠助は中肉中背で、どこかしらひょうひょうとした雰囲気の人だった。
「それでツケはいくら?」
忠助が訊いた。
「一円です・・」
「いっ・・一円だと!このバカ息子!払う金があるんだろうな!」
父親は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「はいはい。ありますって」
忠助は店の金庫から一円を出して、私に渡そうとした。
「こらっ!てめぇ、それは店の金だ!なにをしやがんでぇ」
「いいからいいから」
忠助は私に一円を渡した。
「あの・・いいんですか」
「いいんだよ。お金は誰のものって決まってないし」
「ばっ・・バカ野郎!」
父親は忠助を打とうとした。
「はいはい、親父さん。お茶でも飲んで落ち着きましょうね」
忠助は父親の背中を押し、奥へ連れて行こうとした。
「あのっ!これ受取証です」
私が受取証を渡そうとすると「そこに置いといて」と忠助は奥へ入って行った。
な・・なんだかなあ・・
私は戸惑いながらも、受取証を置いて店を出た。
そして城田呉服屋の前まで行った。
いるのかな・・いないのかな・・
私は店の前をウロウロしていた。
「なにかご入用ですか」
私は後ろから声をかけられた。
振り向くと城田さんが立っていた。
「あああ~~~!」
私は思わず大声を挙げてしまった。
「あはは。あなたはいつも声が大きいですね」
げ~~・・
でも城田さん・・私のこと覚えてくれてるんだ・・
「あ・・あのっ・・城田さん」
「はい・・?」
「あの・・私のこと・・えっと・・水連亭の私じゃなくて・・未来の私のこと覚えてますか・・」
「・・・」
引いてる・・
そうよね・・
城田さんにしたら、意味がわからないわよね。
「あの・・私・・未来の・・というか・・いや・・やっぱり未来か・・。とにかく、私のこと知りませんか?」
「うーん、どういう意味でしょうか」
「私・・未来で城田さんに会ってて、それで手を繋いで・・目を瞑って・・そしたらここへ来てたんです」
「すみません。僕、これで失礼しますね」
城田さんは店の中へ入ろうとした。
「ちょ・・ちょっと待ってください」
私がそう言うと、城田さんは立ち止まった。
「まだなにか用ですか」
「だから・・私はあなたのせいで、ここに来たんです。未来から来たんです」
「え・・僕のせい・・?」
「そうです!いい夢が見られますよとか言っちゃって、私を騙してここに連れて来たのはあなたです!」
「困ったな・・。変な言いがかりをつけられても困るんですよ」
「あなたの下の名前、浅緋っていうんでしょ」
「え・・どうしてそれを」
「だから、私はあなたと出遭って、なんやかんやでここに連れて来られたの!お願い、思い出して!」
「お兄さん、どうしたの」
そこに店の中から、あの!美人が現れた。
え・・
ええっ・・
お・・お兄さんっ!
「いや、なんでもないよ」
「あ・・この方・・水連亭の・・」
妹がそう言った。
「うん。そうなんだけど、ちょっと混乱してるみたいなんだよ。千代中に入ってなさい」
「おたくのカフヒー、とても美味しいわ」
千代は城田さんの言葉を遮ってそう言った。
「そうですか・・ありがとうございます」
「それじゃ、これで。またお店に伺いますね」
城田さんが言った。
「はい・・」
そして私は一人取り残され、店の前で呆然と立っていた。
これってなによ・・
いつ夢から覚めるの・・?
私は今でもあの部屋で、城田さんと手を繋いで目を瞑っているのかな・・
どうすれば現実に戻れるのよ~~!