一、一目惚れ
今・・私が立っている場所は、教科書でしか見たことがない古い町並みだ。
あの人は、夢だと言ってたけど、これは夢なの?
あまりにもリアル過ぎる風景に、私は呆然としていた。
―――そう・・
あれは遡ること・・三日前の出来事だった。
◇ ◇ ◇
―――「いらっしゃいませ」
私はオフィス街のカフェで働く、白川水樹、十九歳。
高校を卒業して、すぐにここのカフェに就職した。
私にはデスクワークは向いてなかったし、身体を動かす方が性に合っていた。
そして、コーヒーを飲んだお客さんの喜ぶ顔を見るのがなにより好きだった。
「こちらのお席へどうぞ」
毎日、昼休みになるとサラリーマンやOLが、ここに訪れていた。
「なにになさいますか」
今しがた案内した男性客に注文を訊いた。
「えっと、コーヒーね。アメリカンで」
「はい、アメリカンですね。かしこまりました」
この時間帯は、次から次へと客が来る。
カフェといっても、ランチの類はなく、コーヒー専門店のような店だ。
軽食もあったが、サンドウィッチ程度のメニューだった。
それでもここが流行っているのは、コーヒーの味が美味しいと、とても評判だからだ。
店長の大黒俊樹が淹れるコーヒーは、私も大好きだった。
カランコロン~
また次のお客が来た。
「いらっしゃいませ」
私はその男性を見たとたん、心臓が高鳴るのがわかった。
その人は、とても頭がよさそうで優しそうで・・けれどもどこか陰りのような雰囲気を持った男性だった。
「お一人様ですか・・」
私は少し声が小さくなった。
「はい」
男性は私を見てニコリと微笑んで、そう言った。
「こちらのお席へ・・」
私は男性の前を歩き、窓際の席へ案内した。
「どうもありがとう」
男性は紺色のスーツを着て、ビジネス用の鞄を持っていた。
どこの会社の人なのかな・・
「ご注文を・・お伺いします・・」
「えっと・・ホットをお願いしますね」
「はい、かしこまりました」
男性の物腰は柔らかく、そして・・とても上品だった。
「ホット一つです」
私は店長に注文を通した。
「あれ、水樹ちゃん、どうかしたの?」
店長は私の様子を見て、そう言った。
「え・・別に・・」
私は完全に一目惚れしてしまったのだ。
「具合でも悪いのかい?」
「いいえ!とんでもないです」
「そっか。それならいいんだけど」
この店は、厨房は店長だけ、ホールは私ともう一人、バイトのおばさんがいた。
そのおばさんは、洗い場も兼ねていた。
店自体はあまり広くなく、ホールは一人でも十分こなせた。
「はい、コーヒーあがったよ」
私はコーヒーを盆にのせ、男性の席へと運んだ。
「お・・お待たせしました・・」
私はドキドキしながら、カップとソーサーをテーブルに置いた。
「どうもありがとう」
男性は私を見て、また笑ってそう言った。
「どうぞ・・ごゆっくり」
なんて上品で素敵な人なんだろう・・
顔もイケメンだし・・背も高いし・・
いえ、見た目より、あの独特な雰囲気・・
若旦那?って感じかな・・
その男性は現代の若者というより、どこか古風な佇まいを感じさせる人だった。
だからかな・・どこかしら陰があるように思えるのは。
「ああ、いたいた」
そこに別の男性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
私が席へ案内しようとしたら、「いいの、あそこへ行くから」と言い、あの男性の席へ座った。
「待った?」
「いや、今来たところだよ」
「ああ、僕もコーヒーね」
後から入ってきた男性が、手を上げてコーヒーを注文した。
「はい」
私は注文を通し、コーヒーを運んだ。
「お待たせしました」
「それで?社長はなんて言ったの?」
コーヒーをテーブルに置いても、後から来た男性は話し込んでいた。
「どうもありがとう」
代わりに若旦那がそう言ってくれた。
私は一礼してその場を離れた。
どんな話をしているのか気になったが、聞くわけにもいかなかった。
それからほどなくして、若旦那と男性が立ち上がりレジまで来た。
「とても美味しいコーヒーでした。ごちそうさま」
若旦那がそう言って、お金を払って出て行った。
私は後姿に見入っていた。
また来てほしい・・
どこにお勤めなんだろう・・
名前はなんていうんだろう・・
「水樹ちゃん」
私はおばさんに声をかけられ、我に返った。
「あっ・・大窪さん」
おばさんの名前は大窪沙知絵 。
年は五十一歳。
とても気のいいおばさんだ。
「ふふふ・・」
「え・・なに笑ってるんですか」
「そうよね。あんないい男だもん、そうよね」
「なっ・・なに言ってるんですかぁ」
「だけど・・初めて見たわね、あの人」
「そうなんですか」
「転勤でもしてきたのかな」
大窪さんは私よりずっと古い。
だから常連客の顔や、たまに来る客の顔も覚えていた。
ああ・・なるほど。
だから転勤なんだ。
「新卒って感じでもなかったしね」
「なるほど・・」
「また来るわよ。美味しいって言ってたんだし」
「そんな・・私は・・」
「いいから、いいから」
やがて仕事を終え、私は帰宅し、若旦那のことを考えていた。
ベッドに横たわり、天井を見ていた。
あんな素敵な人・・滅多にいないよね。
明日も来てくれるかな・・
来てほしいな・・