7.迷惑な来客
魔法学校の奥の森の中には、蔦の絡んだ古い煉瓦造りの図書館塔がある。図書館塔は元々創設者のウェステリア・ディローレンスの書庫で、一般的な図書館の本に比べ専門性の高い本や、高度な魔法の本などが揃っている。校内散策でレオノアが見つけたお気に入りスポットである。
螺旋状の中央の階段、壁にはずらりと本が並ぶ塔の屋上にはガラスのドーム状の温室がある。この温室にはティーセット一式と菫色のベルベットのソファーとチェスナットのローテーブルが置かれていた。授業が終われば、読みたい本を積んで、温室にこもることが最近の彼女の日課である。
「レオノアいる?」
「アルフレッド様。」
ノックの後に少し開いたドアの隙間から、アルフレッドが顔を覗かせた。にこにこした緩みきった顔で入ってきたアルフレッドは、そっとソファーに腰掛けると空で指を振り器用に温かい紅茶を自分のティーカップに注いだ。それから、茶袋を取り出してお皿にお菓子を載せた。
アルフレッドの登場でそれまで読んでいた本から目を上げたレオノアは、目の前のお皿に載せられたお菓子をキラキラした瞳で見つめていた。
「今日のおやつはクランペット。カスタードは?」
「たっぷりめでお願いします。」
アルフレッドはつくづく婚約者に甘い。学校側と交渉し、一部実績の使用権譲渡を条件に図書館塔の所有権を得た。また、寝食を忘れて本の世界にのめり込んでしまうレオノアの為に、訪れる時は必ず食堂のシェフに頼んで軽食を持ってくるようにしている。
レオノアの為なら天才的な能力も惜しまず、努力も怠らない。アルフレッドの溺愛度は半端ないのである。
「レオノア。この後少し会議に出なければならなくなったから、もう行くよ。一時間後に迎えに来るね。」
「一人で部屋くらい戻れますよ。忙しいのに私のために時間を割いてもらわなくても。」
「私が迎えに行きたいだけだから気にすることはないよ。待ってて。」
ウィンクしたアルフレッドは颯爽と出て行った。しばらく呆然としていたレオノアだったが、再びまた本の世界に戻ろうとした。さっきまでは一人の空間だったのに、何だか温室が広く感じていた。レオノアにはこの気持ちが何なのかわかっていなかったから、もやもやしたままだった。
そんな時ドアの開く音がしたので、ついアルフレッドの名前を呼んでしまったんだろう。
「残念だが、アルではないよ、レオノア嬢。」
「オーガスティン様、ごきげんよう。何か御用でしょうか?」
「弟の婚約者と一度ゆっくりと話したいところだったんだ。校内では邪魔が多いしな。」
思わぬ来客に驚くレオノアに構わず、オーガスティンはレオノアの横にどっかりと腰を下ろした。距離を取る為に後退すれば距離を埋めるように、ぐっと近づいてくる。感じの良い笑顔を浮かべた顔の瞳の奥は冷たく暗い印象だった。
「しかし、あの弟が婚約など、ありえないにもほどがあったが。あそこまで腑抜けるとは一体どんな手練手管を使ったんだか。」
「すみませんが、おっしゃっている事がよく分かりません。」
「君がどう化け物を懐柔したのか、是非教えていただきたいものだ。」
「私もそこまで暇じゃないので雑談でしたらお帰りいただいてもよろしいですか。」
どういうつもりなのか全く読めないオーガスティンにはっきり言っていらついていた。完璧な王子様って誰が言ったんだろうか。
「なるほど。この私にも気丈な態度なのか。気に入った。偉そうな喋り方をしている時が特に可愛らしい。」
彼女の髪に手を伸ばそうとしたオーガスティンの手は空をつかむ羽目になった。
「さて、兄上?説明してもらってもよろしいでしょうか?」