5.好意はわかりやすく
「新入生代表のスピーチ譲ったとお聞きしましたが本当ですか?」
「面倒くさいことはしたくないし、私が目立つと厄介だからね。」
聖ウェスティリア魔法学校は王都よりやや郊外の森の中にある。構内は王城と変わらない広大な敷地であり、生徒達は寮に振り分けられ6年間過ごすのだ。ファンタジーの世界とはいえ、しっかりと制服も存在している。女子は白いブラウスの上にプリーツの入ったグレーのジャンパースカート、藤色のリボンタイという服装は普段のドレスに比べれば、動きやすくてレオノアは気に入っている。
入学式もさすがシナリオも日本製といった感じで、違和感なく行われた。
オーガスティンが新入生代表としてスピーチをしたが、入学前の実力テストではぶっちぎりの1位をアルフレッドがマークしたことは紛れもない事実であった。
アルフレッドは入学式には参加せず、優雅に自分で設置したハンモックに揺られて読書を楽しんでいた。式が終わるや否やレオノアはアルフレッドを探して、ここまで来たのだ。緑色の瞳は本からレオノアに向けられ、組んでいた長い足を地面につけた。息の上がっているレオノアと大体の時間の経過から急いで来たことが分かっていたアルフレッドはにっこりと笑っていた。
できるならばレアノアだって退屈な式に参加せず、同じようにハンモックに揺られて読書をしたかった、なんて思っていることはきっとアルフレッドにはバレているだろう。何かあったのかと思って必死で探していたのに、あまりにもくつろいでいるものだから少し怒っていた。
ここ最近の二人のやり取りは若干夫婦漫才のようになっていることにどちらも気付いていない。
「それに人前に立つと皆恐がらせてしまうから、私はこのままでいい。」
「アル、貴方は化け物や怪物などではありませんよ。私は貴方が誰よりも優しいことは知っていますから。」
「レオノア、私のこと今初めて愛称で呼ばなかった?」
「さぁ?存じませんが。」
幼い子供は悪意のある大人より時に厄介だ。個性を認める能力はなく、自分と違う人間に関しては排除する方向に動く。その経験が彼が人前に出ることへの恐怖につながっていることは言うまでもないだろう。婚約者としてアルフレッドを見ていたレオノアからすれば、こんなにも純粋で優しい性格の人はいないと答えるだろう。少々意地悪な言い方をするときも多いが。レオノアは彼がこの学校に通う理由が本当は信頼できる仲間を見つけるためだということもなんとなく納得していた。彼女も陰ながら力を尽くそうと心に決めていたからだ。アルフレッドは鈍いから気づかないだろうが。
「レオノア、今私のこと愛称で呼んだでしょ。」
「記憶にございません。」
アルフレッドの興味の矛先はレオノアが愛称で呼んだ事実があるかどうかにシフトしている。レオノア自体も鈍いので、彼が今一番興味があることがレオノアであることに全く気付いていない。折角いいこと言ったのにスルーしたわね、と心の中で腹を立てていた。
「あの二人...鈍すぎますわね。」
「どちらも純粋に育ち過ぎた気がしますわ。」
「妹はあれでいて恋愛小説はほぼ読破しているんだが、どうも鈍いんだ。わかるだろ?」
「「ええ、本当に。」」
兄にも挨拶せずどこへ行くのかと追ってきたクリントと、一目散に走りだしたレオノアを追ってきたアデライトとリュークレースは2人のやりとりを見守りながら溜息をついた。
博学のくせに自分への好意に疎い所がレオノアの魅力の一つなのだと自分だけが知っていればいいと、それぞれが思っていたことは言うまでもないだろう。
進展するにはどのくらいの月日がかかるのか、と3人は肩をすくめた。