4.平穏に別れを告げて
「レオノア、本当に本当に貴女婚約したの?」
「えぇ、まぁ。特に面白い話でもなくてよ。」
「いいえ、そんなことありませんわ。だってお相手はかのアルフレッド様なのでしょう?」
レオノアとアルフレッドの婚約は瞬く間に王国に知れ渡ることとなった。そもそもまだオーガスティンの婚約が決まっていないのに弟の婚約が先に決まるなど中々ないことなのだ。
グリンデルバルド家の中庭ではレオノアの親友であるアデライト・ポワティエとリュクレース・マンチーニがお茶を楽しんでいた。
二人は噂を聞きつけて居ても立っても居られず、押しかけてきたのだ。
王都の図書館で出会った三人は本の趣味趣向があったため、意気投合し、毎月本の品評会を行ったり、自分で書いてみたりと楽しんでいる。
アデライトは元気で活発な公爵令嬢であり、兄顔負けの剣術や武術に秀でているが、ラブロマンスの小説を好んでよく読んでいる。対してリュクレースはおしとやかで物腰柔らかな侯爵令嬢で、オーガスティンとの婚約に最有力候補だが、SFや夢のあるファンタジー小説を好んでよく読んでいる。すでに察している方々も少なくないと思うが、このリュークレースがメインストーリーで悪役令嬢になるのである。
「アルフレッド様はどのようなお方でしたの?」
「不思議な方でしたわ。なぜ私を婚約者に指名したのかさっぱり分かりません。」
「大体私のレオノアですのよ。どうしてアルフレッド様に差し上げなければならないのかさっぱり分かりませんわっ。」
「それに関しては私も同意見です。」
「私は私だけのものですわよ、お二人とも。」
むすっとした顔でショートブレッドをつまむアデライトとリュークレースにレオノアはやれやれと首を振る。アデライトは男女と罵られたとき、リュークレースはオーガスティンに色目を使っていると令嬢に囲まれた時、レオノアが持ち得る知識を使ってご令嬢方を言い負かしたことがどれだけ二人を助けたか、レオノアは知らない。だからこそ譲れないのに、と二人は心の中で思っていた。
「もしどうしても辛いことがあれば仰ってくださいませ。いつでも私達はお傍に居りますから。」
「ええ、私達は何があろうともレオノアの味方ですわ。」
「私だってお二人の味方だということ、忘れないでくださいませ。」
紫苑にはすぐ相談できる友達はいただろうか。いや、いなかった。彼女自身が人と向き合おうとせず、無関心だったからだ。もし友達がいたならば孤独に生涯を終えることもなかっただろう。もしかしたらこの世界では前の人生で自分が必要としなかった"何か"を得るためにあるのではないかと思い始めていた。
「そういえば私達も今年から聖ウェスティリア魔法学校に進学でしょう?アルフレッド様もいらっしゃるのかしら?」
「そういえば聞いておりませんわ。」
「でもあの方確か魔法の分野では確か天才なのでしょう?学ぶ必要あるんでしょうか?」
「そうですわね...今度伺ってみたいと思います。」
聖ウェスティリア魔法学校は全寮制の学校で、12歳から18歳までが魔法について学ぶ場である。アルフレッドは魔法関連の事業を起こして成功を収めているし、師は王国一の魔法使いである。いまさら何か学ぶことはあるのだろか、という問いに対して彼はにこりと笑って言った。
緑色の瞳がきらきらと煌めいていた。
「勿論進学するよ。」
「え。」
「そんなに驚くことだとは思わなかったな。」
「これ以上学ぶことあるのかな、と思いまして。」
「学びは勉学だけではないからね。」
アルフレッドがレオノアにウィンクをしてにやりと微笑んだ。この男は素でこういうことをするから質が悪い。不覚にもどきっとしてしまったが、特に意味はなく只の天然たらしなのである。
婚約した時点で既にレオノアに平穏などないのかもしれないと、彼女は心の中で思ったのは言うまでもない。