3.怪物の恋
「婚約にあたって私が貴女に提示する条件は以下の3点です。王室・魔法省の所有する全ての書庫・書籍の閲覧権、貴女の自由な時間、それから貴女の身の保証です。」
「私に貴女は何を望みますか?」
「何も。んーそうですね、話し相手になるというのはどうでしょうか?」
「そのような条件では釣り合いが保てない気がしますが。」
「そうですね。別に私は貴女に何も望んでいないのです。ただ傍にいてくれればそれで構いません。」
当人同士の話し合いの結果かなりの好条件で婚約が決定されたのは言うまでもない。この国にある全ての本が読めるだなんてまるで夢のようだわ、とでも考えてそうだなとアルフレッドはにっこりと微笑んだ。
アルフレッド・フォン・ルーヴグレンは孤独だった。王族の証であるプラチナブロンドと碧眼ではないことが物心ついた時から彼を苦しめていた。鏡は何度割ったか覚えていない。その度に母・エレオノールは彼を抱きしめて泣きながら謝り続けた。両親も兄も自分のことを愛してくれなかったわけではない。しかし周りの眼はそうではなかった。常に彼を批難し、傷つけた。何度も殺害されかけた。しかし、どこか人のことは嫌いにはなれなかった。いつからか彼は感情がない状態にまで落ちてしまった。怒ることも悲しくなることもない。ただただ無で、そして誰も傷つけたくなかった。
矛盾した気持ちを最初に理解してくれたのは叔父であるフリードリヒだった。彼もまた、王族にも関わらず漆黒の髪をしていたからだ。ヘリオドールに住まう者は髪色が闇に近ければ近いほど魔力が高い。フリードリヒは優秀な魔法使いであり、彼の師でもある。アルフレッドが学ぶのに十分な設備を用意し、何不自由しないように援助してくれた。
あの日はほんの気まぐれだった。定期的な両親への事業報告のつもりだったが、お茶会とバッティングする羽目になった。実地調査と散歩では人を騒がすことがない好都合な猫の姿は、彼の隠れ蓑の一つである。油断しきっていたのが仇となったのか、レオノアに見つかってしまったというわけだ。彼女の一人話は、同世代の女子とは全く異なっていた。恋愛やファッション、スイーツの話ではなく、最近読んで面白かった論文や、魔力の精製、長生きするにはどうすればいいか、などどれも12歳の子供が話すような内容ではなかったが(実際精神年齢は30を越しているので言うまでもないが)、心底面白かった。極めつけは自分が変身を解いた時の反応である。たいていの人間であればきっと驚いて逃げ出すが、彼女は寧ろ気高い公爵令嬢として怒っていた。
この子であれば自分を受け入れてくれるのではないか、そう心の中で思ったのだ。
「婚約は致しますが、私にご不満があればいつでも婚約破棄していただいて構いません。」
少しだけ胸が痛んだのはなぜだろうか。アルフレッドはその気持ちにまだ気づけていなかった。
「レオノアと呼んでも?」
「お好きなようにお呼びください。敬語でなくても構いませんわ。」
「好きにさせてもらうとするよ。私のことはアルと呼んでくれると嬉しい。」
アルフレッドはそれから定期的にレオノアに会いに来るようになった。魔法を用いた技術や発明について話をしたり、お茶を飲む。それだけで十分だった。
こうして緑色の瞳の怪物は少しずつ感情を取り戻していった。