1.目覚めた記憶
ヘリオドール王国は豊かな自然に囲まれた王国であり、その歴史は長い。国土には様々な妖精が住み、その恩恵を受けて人々は魔法を日常的に使用していた。
高熱で生死をさまよったグレンデルバルド公爵家の息女レオノア・グリンデルバルドは目が覚めると、自分の置かれている状況を瞬時に把握した。全てを思い出す前から少しずつ違和感は感じていた。
自分は転生してしまったのだ、と。
「レオノア!良かった熱はすっかり下がりましたね。」
「一時はどうなることやらと、本当に心配したぞ。」
泣き笑い顔の両親を眺めて、レオノアはレオノアとして生きてきた12年分の記憶を思い返しながら、もう1つの前世の記憶を忘れないように書き留めることを心に決めた。
神原紫苑はオーバーワークによる体調の悪化から若くして亡くなった。享年25歳だった。所謂ブラック企業に大卒で入社した彼女は昼夜も問わず仕事に追われ、体も心も疲弊していたのだ。
そんな彼女の唯一の趣味が乙女ゲームであったことを知る者は少ないだろう。
そして今彼女が最もお気に入りのゲームである『ヘリオドールに咲く花』の世界に転生したことを知るのはそう遠くない話だった。
彼女は一度調べ出すと止まらない性格だった。勿論特にお気に入りのゲームの内容は色濃く覚えている。緩解するとすぐ、彼女は覚えているだけのことを全て紙に記し、大切に保管した。来るべきイベントの対処をこれに従って行うこととした。
次に行ったことは、この世界を知ることだ。グリンデルバルド家は代々重要な書物の管理の職務を担っていた為豊富な資料が手元にあったことが幸いした。
ここまでで分かったことは2つだ。
レオノアは筆を置き、今まで記してきたことを確認しながら、考えた。
レオノア・グリンデルバルドはメインストーリーでは悪役でもヒロインでもないこと。
原作では本の虫と称される程読書を好み、様々なキャラクターへの助言を行なう所謂友達的ポジションである。あくまで中立で争いを好まず、かといって恋愛にも興味もない。このままストーリーを傍観することが最高の平穏異世界ライフであることは間違いなかった。しかしそんな彼女もメインストーリーが進むと、非業の死を遂げてしまう。それだけは避けなければならない未来であった。
また、もしストーリー改変により悪役令嬢ポジションがまわってきた時に自分の身を守るために学業に励み、武術の習得も行った。
レオノアの本当の目的はまだ誰も知らなかった。
そんな彼女を少しだけ開いた扉から除く人物がいた。日々見つめ心配していたのは母であるアンルイーズだ。女の子らしく育ててきたつもりが、あの日を境に絵に書いたようなガリ勉で花のない6歳児に変わり果ててしまった。このままでは夫や、レオノアの兄・クリントと同じように可愛げのない真面目で本にしか興味が無い子になってしまうのではないかと考え始めたアンルイーズは、娘の華々しい社交界デビューを画策し始めていた。
そしてレオノアと彼の出会いが、この先王国を揺るがすことになるとはその時誰も想像しえなかっただろう。