狩り
僕は単身森の中に足を踏み入れた。歩く音さえもうるさく感じられる程に凍てつくような静けさが森全体を覆っている。
僕は背負っている弓をいつでも撃てるように左手に持ち替える。
弓を握ると緊張感が心に宿った。それは死への恐怖心から来るものかもしれない。
やっぱりアリアを連れて来なくてよかった。
深呼吸をして五感を研ぎ澄ませ、ゆっくりと奥へと向かった。
ある程度進んだ所に横並びに着くような足跡がある…兎の足跡だ。それは僕を誘うように森の奥へと連なって、その先頭には足跡の主がいた。
これは幸先がいい。
僕は屈み、なるべく音を出さないように雪を踏みしめる。直線的に兎に向かわずに木に紛れるように弧をかくように進み、ある程度離れたで距離で止まった。
ここからなら仕留められる…。
そう決心した僕は右手で矢筒から矢を一本抜き弓弦にかけ、ゆっくりと胸元まで引く。
ここだ。
僕は右手を放した。
弓の反発力によって放たれた矢は少し弧をえがき、兎の元へ一直線に向かう。
兎は飛来する物体に気が付いた時には既に喉を貫いていた。
近づくとまだウサギは絶命しておらず痙攣をして足が空を掻いていた。僕はなるべく苦しまぬように躊躇いもなく兎の頭部にナイフを突き刺す。兎は絶命しピクリとも動かなくなった。そしてお腹を切り開き内臓を取り捨て、足を脱骨させ血抜きの為にお腹を下にして3回雪に押し当てる。最後に手のひらサイズの雪の玉を作り、お腹にまだ残っている血を綺麗に拭き取った。
これで血抜きは終わり。兎を腰に括り付け、次の獲物を探した。捌いた後には鴉が内臓をつつき地面には真っ赤な薔薇が咲いている。
昼ぐらいまで狩をして結果2匹の兎を取ることができた。2人で食べる分には少し少ない気もするが、帰りを待つアリアがきっと不安がっていると思うので早めに帰路につく。
「ただいま」
何年振りにこの言葉を使っただろうか、違和感を感じてぎごちなく照れ臭い。
「おかえりなさい!」
少し駆け足でテトテト駆け寄っては抱きついてきた。
「ほら、兎を二羽とったよ」
「すごいー!兎だ!」
「今から捌くからご飯はもうちょい待っててね」
動き出すとアリアは抱きつくのをやめ、アヒルの子のようにテトテトとついてくる。
僕は背負っている荷物を乱雑に床に置き、取ってきた兎を柱に括り付け逆さ吊りにした。そして足の方から頭に向かって捌いていき、皮と肉を綺麗に剥がす。
その捌く様子をアリアは興味津々で眺めていた。そんなに見られると作業がしづらいのだが。
「アリア、これに綺麗な雪を半分ぐらいまでにいれてくれない?」
と言いながら大きな鍋を渡した。
「はーいっ」と鍋を両手で受け取り、外へ走り出した。
その間に肉を部位ごとに切り分けてはもう一つの鍋に入れる。
「持ってきました!」
アリアは持ち手をプルプルしながらも両手で持ち、重い為ゆっくりとちょっとずつ前進しながら運ぶ。
「あぁ、ありがと」
鍋を受け取り、そのまま微かに燃えている暖炉にかけた。鍋に入った雪は端の方からじわっと水へと変わりほどけていく。その中に切り分けた肉を入れる。灰汁を取りつつ、掻き混ぜ30分ほど放置。そして完成した、名付けて兎の水煮。
丁度いい具合に肉が骨から剥離しそうな程ホロホロになっている。
「出来たよー」
「やった!お腹すきました!」
アリアは空腹を表すようにお腹をさすった。それを横目に少しビビの入った器によそう。少し多めに入れてあげよう。
「じゃあ、頂こうか」という僕の合図でアリアは上手く骨から肉を剥がしながらほうばった。
「美味しい?」
と聞くと少し硬直し、美味しいよって言ってくれた。
僕はこの味に慣れている為美味しいと感じてしまうのだが、どうやらあまり美味しくなかったらしい。やっぱ味付けをしなきゃだめだな。
しかしアリアは文句も言わずに器を空にしてみせた。
何とも健気な子なのだろうか。そんな姿を見せられると悲しくなった。