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30 転校してきたんだが

 朝食の後、椎名えりは学校の準備のため一度自らの家に帰っていた。


 そして俺は夕夏梨と別々に登校し現在教室の前にいる。

 ガラガラと引き戸を開け教室に入ると同時に俺に突き刺さる非難の視線。

 慣れはしたもののやはり心地が悪い。


 俺が自分の席に着いてからしばらくして教室に入ってきた椎名えりにも俺と同じように視線が降り注がれるがそれは俺とは違う意味の視線だ。

 男達の憧れといやらしさが混じった視線とでも言うのだろうか。

 これはこれで嫌な視線である。


 彼女は教室に入って早々近寄ってきた男子達に対して手短に挨拶を済ませ、自分の席へと向かう。

 そこで俺は視線を窓の外へと移動させた。


 これが教室での俺と椎名えりの関係、執拗に話しかけたりはしないし、関わったりもしない。


「じゃあお前ら席につけ! これから朝のホームルームを始めるぞ!」


 こうしていつものように朝が始まった。

 担任教師の長い世間話に、人生論。

 全て俺にとって、いやクラス全員にとって退屈な話だっただろう。

 そんなとき、突然教室の前の扉が大きな音を立てて開いた。


「話が長いよ、先生」


 軽い態度と共にやって来たのは前髪一部に赤色のメッシュが入ったボブカットの女子学生。

 担任の話を遮った彼女はパーカーのポケットに手を突っ込みながら教卓の前へと立った。


「おい、向島(むこうじま)! まだ話が終わって……」


 担任が慌てて彼女を止めるも当の本人はまったく聞いていない。

 それどころか勝手に自己紹介を始めた。


「私の名前は向島(むこうじま)(あおい)。名字は長いから気軽に葵ちゃんって呼んでね。ちなみに今日この学校に転校して来たんでこれからよろしく!」


 自己紹介で向島葵と名乗った少女はそれからニヒッと笑った。

 直後にクラス中から歓声が沸き起こる。


「ま、まぁそういうわけで新しい仲間がこのクラスに加わることになったからみんな仲良くするように。以上!」


 そんな状況に担任はこれ以上ホームルームを続けるのを無理だと判断したのかその一言で朝のホームルームを締めた。

 その後担任が逃げるように教室から去っていくとさらに歓声が大きくなっていく。

 せめてクラスメイトを沈静化してから出ていって欲しかったが一教師にそこまで期待はしていない。


 それよりも、と俺は質問攻めにあっている向島葵を見る。

 見るからに優等生と言えない見た目に、態度。

 彼女とはあまり関わらないほうが良さそうだ。


「葵ちゃんって彼氏いる?」

「えーと彼氏? 彼氏はいないかな」


 クラスメイトの質問に対して楽しそうに答える彼女の声を聞きながら俺は次の授業までの間、机に突っ伏していた。


◆◆◆


 時間は過ぎて昼休み、俺はいつものようにカバンから弁当を取り出そうとするが……。


「ないな」


 弁当を見つけることが出来なかった。

 多分家の玄関かどこかに忘れてきてしまったのだろう。


「仕方ない……」


 財布の中身は少々心もとないが今日は購買のパンで昼食を済ませるしかない。

 俺は教室を出てすぐ右手にある階段で一階に下り、購買コーナーへと向かう。

 購買コーナーは普段空いているのだが、やはり昼休みは生徒達でごった返している。


 そんな人混みの中で自分が食べたい商品を物色していると人気商品のチョココロネが並べられている場所へと必死に手を伸ばす一人の少女の姿が目に入った。

 黒髪の一部に赤色のメッシュが入った彼女は人混みの中でもかなり目立つ。

 転校生の向島葵、彼女はチョココロネを買うため奮闘していた。

 しかし、人気商品を獲得するのは中々に困難である。具体的に言えば昼休みの初めに来ないとほぼ買うことが出来ない。

 それを分かっている者は既に他のパンへと目標を変更しているのだが今日転校してきたばかりの彼女がそれを知るはずもなかった。


 必死で闘う転校生を横目に俺は人と人の間を上手くすり抜け目当ての商品の前へと向かう。

 目当てのパンは比較的売れ残っている焼きそばパンとメロンパン。

 売れ残っているといってもあと数個だ。残り数分もしないうちに消えてしまう。

 急いでそれらのパンを手に取ってレジへと向かい、それから会計を済ませたところで俺はホッと息を吐いた。


 教室への帰り道、ふと気になって先程の転校生を探すと既に購買の人混みにその姿はなくなっており、彼女は人混みを抜けた購買すぐ近くの廊下にポツンと座り込んでいた。


「あんなに大変なんて聞いてないんだけど。でも次こそは勝ち取ってやる」


 ブツブツとそう呟く彼女の手には何もなくパンが買えなかったことが容易に窺える。

 そんな悲壮感漂う彼女をなんとなく放っておくことが出来なかった俺は何をやっているんだと思いながらも本日何度目か分からないため息を吐きながら彼女のもとへと向かった。


 どんなに落ち込んでいて顔を伏せていても近くまで来れば流石に人の気配には気づくようで彼女は警戒した様子で俺を見上げる。


「何か用?」


 そんな彼女に何を言うわけでもなくビニール袋からメロンパンを取り出し差し出すと彼女の顔が少し華やいだ。

 しかしすぐに表情を強張らせ、ふっと視線を俺から外す。

 見ず知らずの人から食べ物をもらって素直に喜べるほど馬鹿ではなかったようだ。


「パン買えなかったんだろ?」


 大丈夫だ、と安心させるようにメロンパンを再度差し出すが一向に受け取ろうとしない。

 頑なに拒否する彼女は続けてなんとも頑固な言葉を放った。


「こんなことで借りを作りたくないでしょ、普通」


 とは言ってもパンは食べたいようでメロンパンを動かせば、彼女の顔もそれに追従するように動く。

 正直面倒だが彼女にパンを渡すため、俺はある一つの提案をした。


「なら、このパンを買い取ってくれ。正直言うと間違えて買って困ってたんだ。それなら良いだろ?」


 俺の提案に彼女は少し考える素振りを見せ、そのあと自分の財布を取り出してやれやれと首を振って見せる。


「そこまで言うんだったら仕方ないな。ほらいくら?」

「百二十円」


 買ったときとピッタリの金額を言い、彼女からお金を受けとる。


「言っておくけどこれで貸しを作ったなんて思わないで」


 彼女はそう言って階段を駆け上がっていく。

 そんな彼女の顔は心なしか嬉しそうに見えた。


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