アンブレラ・ステーション
「ねえ、どうして私たちは、求められたと思ったとたんに、やっかいがられるの?あんなに求愛されて、しっかりと手におさめられたのに、ひとたび雨があがると、持て余されるの?」
「折りたたみなら、まだましかもしれないね。もっともたたまれる前に、水滴を落とされるついでに、血液型が判明しそうになるだろうな」
耳を凝らしてごらん。駅にしつらえられたアンプレラ・ステーション(乗客のための、傘の一時貸し出し所自由に使える傘が置いてある場所)で、二人の傘が話しているよ。
「おほほほほ、持ち主に振り回されるのね」
「ご名答!あはははは、ぶるんぶるん、遠心分離器ばりにね。君は笑顔のほうが素敵だよ」
「私の最初で最後のご主人は、私をとっても大事にしてくれたわ。私は邪険に扱われたことなんて一度もなかった。雨のあとの、風の爽やかな日に、お花でいっぱいのベランダで、のんびり日光浴したことは、忘れられないわ」
「花と花との、相合傘をつとめたってわけだ」
「あなたの最初で最後のご主人は」
「僕の最初の持ち主は、僕の頭を自分とお揃いにしたんだ。天気なんかに関係なく、杖がわりに持ち歩いたんでね。ほら、見てごらん」
「あらまあ、てっぺん禿ね」
「そう、ごらんのとおりさ」
「おほほほほ、ほんとね」
「‥‥笑い事じゃないんだよ」
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥おほほほほ」
「あはははは。君も置き忘れられたのかい」
「‥‥でも、わたしのご主人のこと、いい思い出にしたいの。考えてみたら私たちは、道路を囲むようにしなってる並木のようなものね。雨が降れば、人は木の下に駆け込んで雨をしのぐ。けれど一旦晴れたら、葉が含んだ水滴がポツリ、ポツリと頭に落ちてくるのを、ひとはとてもいやがるわ。並木なんて無ければいい、とさえ思うでしょうね。私が置き忘れられたのも、わかる気がする‥‥悲しいけれど。あなたも、こんなところに、特定のご主人様も持てないで、何十本と肩を並べて、寂しいでしょう、悲しいんでしょうね」
「とんでもない!あのハゲと別れてせいせいしてるよ。なんせこのアンブレラ・ステーションから僕らを掴んでいく人たちは、少なくとも僕らを『さす』んだから。義三ときたら(元の持ち主の名前らしい)、僕を開いたことなんて数回しかないんだ。三本目の足にされるか、立ち止まってるときはゴルフクラブの代用さ。おかげで僕の芯のほうは錆び付いてしまった」
「まあ」
「そうさ。僕は長いこと、自分の存在意義を忘れていたんだ。ここにきてやっと、自尊心が確立したんだ。ここの人たちはみんないい人たちだ」
「そうね、みんな、私たちを大事に持ち帰り、また戻してくれるものね。それにここに戻れば、あなたとも話ができる。アンッ」
「ど、どうした」
「このヒト、握り方ソフト‥‥」
「降ってきたか。さっきから雨のにおいがすると思ったよ。今日は君が第一号だ。その柄、今日もいかしてるよ」
「あなたの頭も私、なかなか好きなのよ」
「そうかい?あぁ、もう行くんだね、行ってらっしゃい!またね、またね!‥‥またね‥‥」
(了)