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第9話 商品価値の上げ過ぎに注意

「何だ、つまらんな」


 薄布一枚纏ってバスルームに現れた私を見て、先にお湯を浴び始めていた伯爵が唇を尖らせた。


 いやいやいや、本当に勘弁して欲しい。

 そりゃ過去に、彼氏と一緒にお風呂に入ったなんてこともあるけどさ。初対面の男の人とっていうのはさすがに初めてだもん。明るい分、いきなりベッドインよりハードル高いよ。


「生娘でもないだろう。何を恥じらうことがある」


 そんな、真顔で言われても。恥ずかしいものは恥ずかしいのに。

 って言うか伯爵は何も隠してないし。ほんと目の遣り場に困るんですけどっ。


「その、まさかこんなことになるとは思っていなかったので、今日はお見せ出来るような肌のコンディションではなくて。申し訳ありません」


 あくまでにこりと愛想よく、適当な言い訳を打ち出す。こう言っておけば、幾らご主人様と言えど無理にメイドを裸に剥くようなことはしないだろう。


 すると伯爵は、唇の端をにっと軽く持ち上げて。


「そうか、分かった。レオンに伝えておく。今日のところはそのままでいい」


 い、一体何を執事さんに伝えるの……。

 しかも「今日のところは」って。


 不吉な予感をビシビシ肌身に感じながら、私は伯爵の引き締まったお尻が椅子の上に収まるのを待って、彼の広い背中を丁寧に洗い始めた。


 ヘチマみたいな繊維で出来たスポンジに、淡い紫色の石鹸をつけてよく泡立てる。薔薇か何かのとってもいい花の香りがふわりと立ちのぼる。

 伯爵だけはきっと特別なバスセットを使っているだろうと思っていたけれど、私達の部屋に用意されていたのと同じ物だ。私達が贅沢をさせてもらっているのか、伯爵が分け隔てない人なのか。いずれにしろ少し、親近感が涌く。


 背中から肩、腕などを適度に力を込めてこすって、少しだけリンパに沿ってマッサージをして、木桶でしっかりと泡を落として、終わり。


「それでは、私はこれで……」

「待て」


 役目を終えてそそくさと立ち去ろうとした私の腕を、伯爵が素早く掴んだ。途端に、顔に熱が集まってくる。背中流しでこっちから散々触っておいて、いざ向こうから触られると妙に意識してしまう。


「湯舟に浸かっている間は退屈でな。少々話がしたい」


 彼は椅子からゆっくりと立ち上がると、床をくり抜いたような形の広い浴槽にざぶんと足を踏み入れた。大衆浴場クラスの、一体何人入れるの?という大きさの湯舟だ。普段は綺麗なお姉さん達を沢山侍らせてハーレム風呂を楽しんでいるんじゃないかと、穿った見方をしてしまう。


「私ではお相手が務まるかどうか……」


 これ以上伯爵に付き合いたくないとかそういうことではなく、私は心の底からそう思って遠慮した。

 マディのところで何とか半年間過ごして来たけれど、この世界についてはまだまだ知らないことが沢山ある。そんな無知な私と一対一で喋ったら、伯爵はリラックスするどころか疲れてしまうんじゃないかしら。


 しかし伯爵は、そんなことは全く意に介さない様子で。


「いいから、ここに来い」


 伯爵のすぐ傍のへりを指定されてしまったので、私は大人しくそれに従った。あまり頑なに話し相手を拒むと、好感度下がりそうだものね。


 私が腰を下ろしたのを見届けて、伯爵は肩まで自分の身体をお湯に沈めた。段差のせいで、見ようと思えば伯爵の全身が見えてしまうような状況だけど、幸いなことに濁り湯のようになっているから、不自然に目を逸らさずとも大丈夫だ。


「――さて、お前のことを聞かせてもらおうか」


 伯爵はそう切り出すと、私に幾つかの質問をした。どこから来たか、家族構成、ここに来ることになった経緯など。

 こことは違う世界から飛ばされて来たことは伏せて、私は答えられるだけのことを率直に答えた。


「……なるほど、それじゃお前は、居候していた家の娘の身代わりという訳か」


 アップに纏めてあった私の髪の遅れ毛を、伯爵が濡れた指先で弄びながら呟く。


「身代わりっていう表現はあれですけど……まあ、そんなところです」


 笑顔を作ったつもりだったけど、あまり上手く行かなかった。


 マディをここに来させてヨオトおじさんと引き離すくらいなら、自分が。その選択は間違っていなかったと今でも思うし、後悔もしていない。

 だけどやっぱり、少し怖い。

 何とかなる、と高を括ってきたものの、いざ魔族という存在と触れ合ってみると、何の特殊能力も持たない人間の私に勝ち目なんてあるのかと、弱気にならざるを得なかった。


 すると不意に、伯爵がじっと私の目の奥を下から覗き込みながら、「自分はこの家の者ではない、無関係だと突っぱねることも出来ただろう」と言った。黒曜石の瞳に縫い止められて、身動きが取れない。見つめ合うような形になったまま、私は答えた。


「それはそうかも知れませんけど……それをやってしまったら、散々お世話になっておいて最低だなと」

「それは、お前が義理堅い人間だからだ」


 伯爵の指が、私の髪の先から、膝の上で重ねていた手の上に移動してきた。そのままぐっと握り込まれて、どきんと心臓が跳ねる。相手は裸で、自分も裸に近い恰好で、それで手が繋がっている状況って、体温が上昇しない訳がない。


「誇り高きウィランバルの一族にとって、義理堅いというのは非常に好ましい」


 手の甲をゆっくりと撫でさすられて、耳まで熱くなってきた。自分の決断を評価してもらえたことは素直に嬉しいけれど、これじゃ何だか口説かれているみたい。


 そして動悸の治まらない私へ放たれたのが、とどめのこの一言。


「メイドから妻にというのも、世間ではさほど珍しくないぞ」


 ひいいいい、ほとんどプロポーズ。

 幾ら気に入られなくちゃと言っても、ヴァンパイアの奥さんの座までは求めてないわよお。


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