第8話 役に立ちたい一心で
そりゃあ皆、連れて来られたからには決死の覚悟をしていた訳だから、血を吸われるのが早いか遅いかの問題だけだと言えば、それまでなんだけど。
『食事』が昨日だったという生々しい事実は、想像以上に私達の希望を根こそぎ奪い取った。
これから毎日、入れ替えの次期がいつ来るのかという先延ばしの恐怖に身をさらされることになるのだ。「今日一日無事だった」という安堵より、「明日『食事の日』を宣告されるかもしれない」という不安のほうが多く蓄積されていくであろうことは明らかだった。
「さあ、それでは皆さま、得意分野をお聞かせ願えますかしら」
場の空気を一変させるように、ヴァネッサさんがパンパン!と大きく手を打った。
そして自己申告の結果、リズは厨房、コレットは針仕事、ライラは清掃の担当に。
何でもある程度出来るけど、特別に秀でた技能というものもこれといって無い私は、よりにもよって――伯爵の身の回りのお世話係になってしまった。
料理も針仕事も清掃も、それぞれメインで仕事をしている魔族がいるので、リズ達は補佐という形になるみたい。だけど、私のポジションにはそういう存在がいない。ヴァネッサさんに、伯爵の頼みや執事さんの指示を聞いて動けばいいから、と言われ、そういうものかととりあえず腹を括ることにした。
とりあえず今日は、それぞれの仕事をよく見て覚えるということで、私は伯爵・執事さんと一緒に、執務室というところへ向かうことに。
伯爵は普段そこで仕事をしているらしい。いつも玉座に座って偉そうにふんぞり返ってる訳じゃないのね。
執務室は大広間から程近い場所にあり、天井まで届く高い本棚が設えられた、書斎のようなところだった。机の上には大量の書物や書類が積み上げられており、伯爵は部屋に着くなりそのうちの一枚を手に取って何やら難しい顔をする。
「……やはりブラッドベリ―の収穫量が芳しくないな」
「ええ、このところ荒天続きでしたので」
執事さんが椅子を引きながら相槌を打つ。
「一時的な税収減は已むを得ん。オーギュスト公への献上分は必ず確保しろ」
「かしこまりました」
「それから、今後の対策についてだが――」
ひと息つく暇もなく展開されてゆく二人の会話に、呆然としてしまう。これ、傍でずっと聞いてたとしても多分半分も分かんないわね。
私は断りを入れた上で、厨房に熱いお湯を貰いに行くことにした。今の私が役立てそうなことと言ったら、お茶を淹れることくらいだと思ったから。
それにしても、意外だった。伯爵は一応きちんと正しく伯爵だったというか、ちゃんと爵位がある人なりの仕事をしているみたい。しかも彼より身分が上の人も存在してる。生贄を集めるなんていう横暴がまかり通ってるもんだから、秩序なんて無いに等しいんだろうと思い込んでいたけど、それはまたきっと話が別なのね。
私は貰って来たお湯でポットをよく温め、茶葉をしっかりと蒸らしてから紅茶をティーカップに注いだ。元の世界ではこんなに本格的にお茶を淹れることなんてなかったけど、マディに鍛えられたのでそこそこ腕は上げたつもりだ。
伯爵の唇が、カップに触れる。
「……む」
彼の眉根がぴくりと動いたので、私の心臓はどきんと跳ねた。
「あの、お気に召しませんでしたか……?」
恐る恐る尋ねると、伯爵は「いや、そうじゃない」とカップの中身をまじまじと見つめながら答えた。
「レオンが淹れるものより、美味いかも知れんぞ」
「えっ」
今度は執事さんの眉がぴくりと動く。私には現時点での最大級の賛辞だけど、ちょっと気まずい。
まあでも、株を上げておくに越したことはないわよね。
どうしても手放したくない!と思われるような存在になる段階まで行けば、血を吸われなくて済むかも知れないし。
そうよ、一度は陥落してやろうって気概で来た訳なんだから、自分の商品価値はどんどん高めないと。
そう思った私は、気合を入れて伯爵のサポートに徹した。見て覚えるだけじゃ生ぬるい、と言わんばかりに、初日ながら出来ることはどんどんやった。
お陰で夕方と思しき頃合までには、執務室のどこに何があるか、部屋にないけれど必要になったものはどこに取りに行けばいいかなど、明日からさっと動くために最低限のことは分かるようになった。
やがて、夕食の時間も終わり、私のメイドとしての本日の業務はそろそろ終了かなと思っていた時。
「ミオさん、お疲れさまでした。今日はもう休んでいいですよ」
「いや、まだだ」
私に向かって放った台詞を即時撤回されて、執事さんが驚いた表情をした。
それは私も同様で。やっぱり何だかんだヴァンパイアっていうのは夜型で、これからが仕事の本番なのかしら、とちょっと不安になる。この半年間で早寝早起きの生活に慣れちゃったから、昼夜逆転はしんどいなあ。
しかしそんな心配は無用だった。
だって、この後伯爵が繰り出した発言は、想像のとんでもなく斜め上を行くものだったから。
「湯浴みをする。ミオ、俺の背中を流してくれ」
色っぽい流し目と共にさらりと言われ、私も、執事さんも、その場でぴきんと凍りつく。
ちょっと、一日目からやり過ぎちゃったかも……。




