第5話 道中、退屈だったもので
完全に納得してもらえたかといえば厳密にはノーなんだろうけれど、とにかく私は猛反対した二人を説き伏せ、今日こうして紅夜城行きの真っ黒な馬車に乗っている。
まるで護送車のようなこの馬車に、私の他に乗せられている女の子は、三人。
(……何だか、物凄く少なくない?)
一瞬そう思ったものの、それを迂闊に口に出して、それならばとマディを迎えに戻られたら最悪なので、黙っていることにした。
女の子はネーレルの村から、私の顔見知りでもある娘達――リズ、コレットの二人。
コレットは機織りの家の四姉妹の長女だから、どうやら一家庭につき一人というのは本当みたいだ。
後の一人は初対面で、年の頃は十七、八といったところかな。名前とか、どこの出身かとか聞いてみたいけど、私以外は全員悲痛な面持ちで塞ぎこんでいて、とても気軽に会話出来る雰囲気じゃない。
それにしても、このままお城までずっと葬列ムードなのは、流石にしんどいわ。
特に喋るなとは言われていないので、私を「アリ」だと判定してくれた人――『俺』って言ってたから多分男よね――に、話しかけてみた。
「ねえお兄さん、ヴァンパイア伯ってどんな人なの?」
「おっ、気になりますか?」
「そりゃね。どうせ血吸われるなら、とびきりのいい男じゃないと嫌じゃない?」
私が深く考えずにそう言うと、女の子達がぎょっとして固まる。
ああ……今、彼女達の目に私は恐らく、喜んで吸血されに行く変態として映ったんだろうな。それか、異形の存在に自ら話しかけたことに驚いてるのかも。いずれにせよ、とんでもない変わり者の印象が付いたのは間違いない。
「いやあ~それが、俺下っ端なもんで、伯爵には直接お目に掛かったことがなくて」
「あら、そうなんだ」
「でもでも!昔っからヴァンパイアは容姿端麗って相場が決まってますんで、きっとえらい美男なんじゃないですかねえ」
薄紫色の唇から白い牙を覗かせて男が笑う。
この人も近フードを取ったらやっぱり眼がルビーみたいに赤いし、見た目本当にいかついんだけど、喋り方のせいかちっとも怖くない。
後はやっぱり私は頭のどこかで、『映画や小説の中だけのものだと思ってたファンタジーの世界』に触れていることを、面白がってる節があるんだろうなあ。
目の前で震えてる彼女達からしたら、これは生まれた時からずっと変わらない世の理なんだから、怖いものはまんま怖いだろう。
あまり、吸血とか、伯爵とか、この後の惨劇を連想させるような単語は発しないほうが無難だわね。
そんな訳で、私は馬車がお城に到着するまで、当たり障りのない会話をこの気さくな青年と繰り広げた。
彼は『キール』という名前だそうで、何と、見かけによらず妻子持ち!!ああ、この場合、見かけによらないというより、『キャラによらない』かしら。
もう五十年余りもこの送迎係をやっているらしい。年齢がよく分からないけど、きっと人間の寿命の基準なんかとは違うのね。
向かっている『紅夜城』が何故そう呼ばれているかというと、城の真上の空が常に暗く曇って赤みがかっているからだそうで。ヒウムにとっては気味が悪いかも知れないが、キール達のような闇を好む魔族には大変美しく見えるとのこと。
プロポーズは紅夜城のよく見える大きな樹のてっぺんだった、なんていう惚気話まで聞かされた。
「そろそろ、見えてくる頃だと思いますよ」
キールが馬車の中のカーテンをさっと開ける。促されるままに身体を傾げて窓の外を見ると、そこに広がっていたのは、何とも幻想的な光景だった。
広大な森は緩やかな傾斜でどこまでも続いていて、その丘の頂上にそびえ立っているのがどうやら件のお城のようだ。確かに上空はそこだけ分厚い雲が立ち込めていて、しかも何だか紅い霧のようなもので覆われている。
だけどそれだけじゃなくて、私が釘付けになったのは、紫や紺や黒、何種類かの濃い色に見える蝙蝠達が、薄赤い光の粒をきらきらと身に纏って辺りを旋回している様子だった。かなりの速さなのに決して互いがぶつかることなく、鮮やかに舞っている。きっとこんなの、元いた世界じゃCGじゃないとお目に掛かれないだろう。禍々しいのに、とても綺麗だった。
お城がちらりと目に入っただけで一層身を固くした女の子達と違い、私があまりに窓の外にかぶりつきになっているもんで、傍で見ていたキールがケタケタと笑った。
「お嬢さん、魔族の暮らしが向いてるかもしれないですねえ」
そう言われてあまり悪い気がしない自分が、些か不気味だ。まあでも、これからすることを考えれば、楽しんだもの勝ちとも言えなくはない。
実は、血は吸われるかも分からないけど、殺されなくても済むんじゃないかと思っているのよね。
ヴァンパイア伯を、籠絡することが出来れば!
きっとこの世界に、ヴァンパイアをオトそうなんていう物好きは私をおいて他にいないだろう。
だけど、この先いつか元の世界に戻れるとして、それはあくまで生きていられればの話。
命あっての物種よ。
そうこうしているうちに、馬車の揺れが段々と小さくなり、やがてがゆっくりと進みが止まった。
御者の役目をしていた人――私を『年増』呼ばわりした人が、前方からカーテンを捲って声を掛けてくる。
「キール様、到着いたしました」
「はーい、了解です!それじゃお嬢さん達、ごめんなさいね、降りたらちょっとだけ歩くんですけど」
いそいそとフードを被り直し、速やかに扉を開けて先導しようとするキールを見て、私は思わずぽかんと口を開ける。
「キール『様』……?」
驚きのあまり間の抜けた声を唇から漏らすと、彼はえへんと胸を張って微笑んだ。
「俺、この中で最年長ですから。まあ、責任者みたいなもんなんですよ」
……本当に、見かけとか、雰囲気だけで人を判断するのは止めようと思った。