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第49話 可憐な花の憂鬱

 恋しかったはずの家族の元に戻らないばかりか、お城を移るという選択肢はアリなのか――そんなことをずっと思い悩んでいたリズだったけれど、昨日、それは見事な形で解消された。


 私達はグレンデル伯との約束通り、彼をごく内輪だけの小さなお茶会に招いたのだけれど。

その彼が帰る間際、何とリズにプロポーズをしたのだ。


 しかしリズも、また求婚したグレンデル伯自身も、お互いを知り合う時間がもっと必要だと考えていた。つまりは話が纏まっても即結婚という訳ではなく、まずは一緒になることを前提としたお付き合いを、ということだ。


 グレンデル伯はまず、「狼の姿になった時の自分を見て欲しい」と願い出た。

 何でも、狼族にも色々な種類があるらしく、その中でも唯一、理性をもってして変身をコントロール出来るのがウェアウルフ族だという。

 もしもリズが狼の姿を受け入れられなければ、生涯変貌しないと誓ってもいいという彼の申し出に、リズだけではなくその場にいた女性全員がときめいた。


 次に、グレンデル邸にはヒウムを餌にするような種族はいないものの、こことは違うタイプの魔族が勤めているので、リズがその中でやっていけるかどうか。これまでヒウムと関わることがほとんどなかったため、ひょっとしたらインパクトのある外見で怖がらせてしまう者がいるかも知れないと。


 とりあえずはお試しというか、慣れてもらえたらということで、リズは三日後から二週間、グレンデル伯爵の元で過ごすことになった。


「リズがしばらくいないなんて、寂しいわね」


 リズの栗毛色の髪を編み込みながら、ぽつりとコレットが呟く。


「もし私が本当に向こうに嫁いだら、ずっといないわよ」

「やだ、それは言わないで」


 唇をへの字に歪める私に、リズがうふふと笑う。


 急展開だけれど、求婚を拒む理由のない彼女はとても幸せそうだった。

 この世界では、よほど派手に動かない限り男女の出逢いというのはそう多くなく、いきなり親に縁談を進められてしまうこともよくある。

 今回のように、偶然出逢って一目惚れをした、その相手にプロポーズされるというのは、物語として後世に書き残せるのではというくらい、稀に見るシンデレラストーリーなのだった。


 しかしそんな輝かしい未来を前にしながらも、決して盲目になったり頭の中がお花畑になったりしないのがリズの素敵なところで。


「……ライラ、何だか今日は心ここにあらずだけど、大丈夫?」


 持っていた手鏡から視線を外し、彼女は心配そうにライラに話しかけた。


 そう、ライラは今日、正確には昨日リズのグレンデル邸滞在が決まった時から、覇気がない。仕事はきちんと出来ているけれど、気持ちの上で相当無理をしているように見受けられる。


 私には何となくその理由の察しがついていた。伯爵から、リズが一度ここに戻って来るタイミングで、それぞれの今後の希望を聞かせて欲しいとお達しがあったのだ。

 つまり後二十日弱でやってくるタイムリミットまでに、身の振り方について結論を出さなければならない。家族とこことの間で揺れるライラの心に、焦りのようなものが芽生え始めているのは確かだった。


「私、どうしても今後のことが決まらない……決められないんです」


 テーブルの上に揃えて置いた手の指先をぼんやりと見つめながら、ライラは言った。彼女の傍のティーカップの中のハーブティーは、ほとんど手つかずのまま、疾うに冷めている。


「まだ二週間以上あるんだし、焦ることないわよ」


 コレットのその言葉に、私もリズもうんうんと同調したのだけれど。


「いえ、時間をどれだけ取っても出せない答えのような気がするんです。どちらを選んでも、選ばなかったほうに未練が残りそうで」


 そう答えたライラの表情は、『浮かない』どころか暗く沈んでいた。追い詰められるあまり、意識が選択後の後悔へと向かってしまっている。


 リズはグレンデル伯爵夫人になれば、ウィランバル家との交流は続くし、私とコレットはお城に残る。ここと縁遠くなってしまう可能性があるのは、私達の中でライラだけなのだ。


 これからの人生を左右する重要な決断だから、深刻になってしまうのも無理はないけれど。この逡巡状態を期日まで続けて良いとは、とても思えなかった。


「ね、リズが帰って来る日まで悩み続けるくらいだったら、思い切って伯爵に相談してみない?」


 私はライラの手に自分のそれをそっと重ね、そう提案した。伯爵なら、例え彼女が実家に戻ることを選んだとしても、完全に縁が切れてしまうことがないような――私達がまたいつか会えるような算段を、何か考えてくれるような気がしたのだ。


 ライラは顔を上げ、驚き、また少しうつむいた。


「……でも、ご迷惑じゃないかしら」

「懐の広い方だから大丈夫よ。それに、貴女が晴れない気持ちのまま働き続けるよりずっといいわ」


 私がそのまま手をぎゅっと握り込むと、ライラは唇を強く引き結び――やがて大きく頷いて、勢い良く椅子から立ち上がった。彼女の瞳に幾らか光が戻ったのを見て、私も同様に席を立つ。


「ごめんなさい、リズ、コレット、ちょっと出るわね」

「ええ、いってらっしゃい」


 二人に快く送り出され、私達は休憩に使っていた部屋を出た。少し速足で階段を上り、伯爵のいる執務室へと足を運ぶ。


「ディアス様、ミオとライラです。少しお時間宜しいですか?」

「――構わん。入れ」


 ノックの後に承諾を得て中に入ると、伯爵は羽ペンで何やら大量の書簡にサインをしているところだった。晩餐会の日以降、お付き合いが増えたため、彼の仕事量は以前と比べ格段に多くなっている。


「お前達は休憩中だと思ったが、いいのか?」

「ええ、取り急ぎご相談したいことがありまして」


 私はライラを促し、彼女に自分の口から事情を説明してもらった。

 紅夜城で働き続けたい気持ちがあること、でも家族の元に帰りたいとも思うこと。物理的な距離や、村の人達の目などもあり、ひとたび帰ればもう気軽にここを訪ねることが難しくなってしまうこと。

 迷いを素直に吐露した彼女に、伯爵は神妙な面持ちで「ふむ……」と考え込む。


「――ライラ」

「はい」

「自分の出て来た村については、どう思う?村自体に帰りたいのか、それとも家族がいればこだわらないのか」


 腕を組み、正面から真っ直ぐに目を合わせてくる伯爵に、少しばかり緊張した様子でライラが答える。


「長くいた村ではありますけど、親の都合で引っ越しも経験してきましたし……いわゆる『生まれ故郷』ではないので、それほどは。家族がいるなら、どこでもいいです」


 それはある意味、彼女が出した一つの結論のように私には思えた。


 村にさほどの執着がないとは言っても、やはり、家族のいるところがライラの帰るべき場所なのだろう。生きて戻れば感激して出迎えてくれる、その確信があるからこそきっと彼女も帰りたいと思う訳で。

 生贄として泣く泣く送り出した娘が無事と分かったら、どんなに嬉しいか――御家族側の気持ちも考えたら、出来れば残って欲しいなどという私の本音はとても打ち明けられなかった。リズに続く、もう一つの別れの予感に胸がちくりと痛む。


 しかし。


「ならば、この城の近く――ウィランバル領内に実家を移すのは、どうだ」


 伯爵から出された提案は、広大な領地を所有する権力者である彼ならではの、大胆なものだった。

 家族のほうを近くに呼び寄せるという発想がなかった私とライラは、今までにないくらい目を見開いて、顔を見合わせたのだった。

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