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第47話 極上の時間は驚きと共に

 結局、ジークハルト様ステラ様ご夫妻は、実に十日間もこのお城に滞在なさった。

 十日目には、あまりに遅い帰還に痺れを切らしたヴァネッサさんのお母様が迎えにいらして、お二人を連れ帰ることになったのだった。


 お陰で丁度、タイミング良くヴァネッサさんの妊娠を直接お母様に報告することが出来たので、結果としては良かったかなと思うのだけれど。

 美しくともやはりヒウムとしてそれなりに重ねた年齢を感じさせるステラ様と違い、ヴァネッサさんのお母様は、ヴァネッサさんと姉妹と言っても全く違和感がないくらい見た目が若々しく。私はちょっぴりオーガ族が羨ましくなったのだった。


「確かに私達って、見た目では実年齢が分かりにくいのよねえ」


 いつも美容施術をしてくれるお姉さんの一人、フィオナさんが私の背中に花の香りのクリームを塗り込めながら言った。


「でもね、寿命はそんなにヒウムと変わらないのよ。せいぜい百年がいいとこ。だからヒウムと連れ添うことも非現実的という訳ではないんだけど、ヒウムからしたらまあ、見た目の差が嫌でしょうね……」


 手のマッサージをしてくれているマリスさんが苦笑気味にそう続ける。


「だってドーラなんて、ミオさんとそう変わらないくらいの息子さんがいるのよね?」

「いやだちょっと、そんなことバラさないでよぉ」


 ドーラさんが一瞬、私のふくらはぎを丹念に揉み解す手をぴたりと止めた。

 私も驚いて自然な呼吸が乱れかけたけれど、失礼だと思って平静を心がける。


 話し方なんかから漠然と歳上のお姉さん、と思っていたけれど、親と同世代かも知れないなんてビックリ。生活感が全く出ていないし、いつも身綺麗にしているものね。


 そしてせっかく外見が若く見えるのだから、中身も見た目通り若く思われたいという気持ちはよく分かる。私なんて、年齢相応にしか見られたことないけど。


「うちの子もそろそろ、身を固めてくれたらいいんだけど。女手一つで育ててきて、その母親がお城に籠りきりなもんだから、親の目が届かないのをいいことに絵ばっか描いて暮らしてるわよ」


 深い溜め息が肌に届き、ちょっぴりくすぐったい。しかし彼女はそれに気付くことなく、「はあ、それにしてもいいわねえミオさんは、本当に伯爵夫人だなんて!」とさらに大きな吐息を零した。


「うふふ、私達が綺麗に磨いてるから伯爵の目に留まったのよって、自慢したいわね」


 マリスさんが嬉しそうに笑うので、私も何だか嬉しくなって「本当に、皆さんのお陰です」と感謝の意を述べる。だけど三人は「やだ、冗談よ」「ミオさんの努力と、愛の力!」などと口々に言うばかりなのだった。素晴らしい技術を持っているのは確かなのに、それを鼻にかけるようなところがちっともなくて、私は彼女達のことがますます好きになってしまう。


「ところでミオさん、ディアス様のどんなところに惹かれたの?」


 背中から二の腕に作業範囲を移したフィオナさんが、きらきらした猫目石の瞳で私の顔を覗き込む。私がええと……と考え込むと、マリスさんが横から「そんなの答えられないわよ。誰かを好きになるって、理屈じゃないものね」と大人の意見を述べた。


「そうですね、嫌いなところが見つからないです」


 私が答えると、フィオナさんとマリスさんが黄色い声を上げて盛り上がる。


 しかしドーラさんの興味は全く違うところにあるようだった。


「ねね、それじゃあ、ディアス様ってベッドではどんな感じなの?優しい?それとも獣?」

「ちょっとドーラ、貴女何を聞いてるのよ」


 唐突に繰り出されたハードな質問に私の身体が強張り、それを再びリラックスさせようとマリスさんが手に力を込める。はっとして脱力を意識すると、フィオナさんが「答えなくていいわよ」と耳打ちしてくれた。


 確かに、親子ほど年齢の離れた人と楽しむガールズトークの話題にしては、些か刺激が強いかも知れない。だけど不思議と嫌悪感がないのは、ここが異世界であるからか、或いはドーラさんのキャラクターか。いずれにしろ答えにくい内容ではあるけれど。


「あらだって、職業柄、気にならない?」


 ドーラさんの温かい手が太腿の裏をじわじわと上ってくる。その彼女の言葉が引っ掛かり、私が大きな瞬きをすると、それに気付いたマリスさんが「実は私達三人とも、もともと娼館で働いていたのよ」と打ち明けてくれた。


 娼館!そうか、この世界にもそういう場所があるのね。

 ネーレルの村は勿論、薬を売りに行っていた街もそんな大きくなかったから、大人の御楽になるような施設は酒場くらいしかなくて、風俗の有無なんて頭から飛んでたなあ。


「そう、それで先代のジークハルト様に引き抜かれてね」


 フィオナさんが何てことのない風にそう続けたけれど、私はその時、思わずがばっと上半身を浮かせてしまった。

 ジークハルト様が……お義父様が、娼館で、彼女達を引き抜いたということは、つまり――。


「ああ違うの、ジーク様の名誉のために言っておくけれど、買われて気に入られた訳ではなくて、単に見た目で選ばれたのよ」

「やだ、そう言うと何だか私達、物凄い美人みたいじゃない!?」


 全て顔に出てしまっていたのか、私の思ったことが口に出さずとも伝わったらしく、フィオナさんが慌てて補足する。

 それにテンションの上がったドーラさんの笑い声を聞きながら、私は心底ほっとしていた。


 いや、私も大人だし別に真実はどうでもいいんだけれど、過去のことと言えど、義理の父となる人の女性事情はあまり知りたくない。ましてプロの方達が相手とあらば、秘めておいて欲しいのが本音だ。あんなに素敵な方なのに、会うたびにそのことが頭を掠めてしまったら接しにくいから。


「ヒウムの文化ではどうか分からないけれど、魔族で肌のお手入れやお化粧なんかの技術が一番進んでいるのは、淫魔サキュバスが経営する娼館なのよ」


 そう言いながらマリスさんが温めた布を首の後ろに優しく載せてくれた。じんわりと拡がる熱にうっとりする。

 元の世界でエステに行ったことなんて数えるほどしかないから、あくまで私個人の感覚だけれど、彼女達の施術は、充分に高いお金を取れるレベルだと思う。それを定期的にタダで受けているという贅沢さを、改めて幸せに感じる。


「で、婚約が決まったステラ様をぴかぴかにするためにばれたってワケ」

「お二人の御結婚後もそのまま置いてもらえて良かったわ」


 娼館と比べたら天国よねえ、とドーラさん達が笑い合う。需要がある訳だし立派なお仕事だと思うけれど、やはり身も心もすり減るのだろう。

 何でも彼女達は借金のカタに売られたとかそういうことではなくて、それぞれ少しずつサキュバスの血が混じっており、生まれた時から自動的にそこで働くことが決まっていたそうだ。お城に上がることが決まった時は、混血の栄転だと、周りからとても妬まれたらしい。


「――そういう訳で、『他の技術』も教えてあげられるから、いつでも言ってね」


 ドーラさんがわざわざ、うつ伏せで寝ている私の正面に回って来て、ウインクを見せる。

 もしかしたら将来娘がお世話になるかも知れません、とは、さすがに言えなかった。

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