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第44話 お姑様は、自由奔放!

「それにしても、ディアスにこんな素敵なお嬢さんがいらしたなんてねえ。生涯独身じゃないかと心配していたのよ?この子って奥手だから」


 ステラ様がにこにこと話しかけてきた時、私は思わず「は」と素っ頓狂な声を上げてしまった。


 ディアス様が奥手……??


 ちら、と伯爵に視線を投げるも、彼は知らん顔で明後日の方向を向いている。

 するとステラ様の後ろで、ジークハルト様が苦笑いを浮かべながら私に何かを目で訴えてきた。


 なるほど。


 真実はともかく、『ステラ様にとっては』ディアス様は奥手な息子さんということなのだろう。


 私は微かにこくこくと頷くと、「改めまして、ミオと申します。きちんとしたご挨拶が遅くなって申し訳ありません」とお辞儀をした。


「いやあ、綺麗な娘が出来て嬉しいね。しかし何だ、ミオさんの着ているドレスはどこかで見たことがあるような……」

「それはカーミラ様のドレスですわ」


 まじまじと私の全身を眺めるジークハルト様に、近付いてきたヴァネッサさんが声をかける。


「おお、あれか!長年放置していたものですっかり忘れていたよ。よく直したもんだなあ」

「ええ、今まで直せる者がいなかったのですけれど……ミオさんと一緒に当家に招いた、あそこのコレットさんが」

「あの金髪ブロンドの娘だね?」


 ヴァネッサさんの説明を聞き終わらないうちに、ジークハルト様がコレットのところへすっ飛んで行く。唖然とする私達に、ステラ様が「うふふ、あの人ね、多分繕ってもらいたいものがあるのよ」と笑った。


「ほら私、お裁縫全然出来ないから……」

「私もそんなに得意なほうではないです」

「こういった細やかな刺繍は私も不得手ですわ」


 微笑みながらどんよりとしたオーラを放つステラ様を、ヴァネッサさんと二人で宥める。そう言えば、彼女は家事全般が苦手で大変だったって、伯爵から聞いていたっけ。


「それにしてもヴァネッサ、赤ちゃんですってね?本当におめでとう」


 光の速さで立ち直ったステラ様が、ヴァネッサさんの手を握って嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます。まだ実感がないのですけれど……」


 お祝いの言葉を受けたヴァネッサさんが、少しはにかんだ様子でお腹に手を当てた。オーギュスト公に言われた時も驚いていたし、彼女自身、本当に気付いていなかったみたい。


「これからが少し大変ね。確か、お腹が大きくなるまで一年、大きくなってからお産までさらに一年かかるのよね?」


 ステラ様の言葉に、オーガ族の妊娠は人間やヒウムとは随分違うなと吃驚する。お腹の中に赤ちゃんが二年間いるだけでも大変そうなのに、そのうち一年は大きなお腹をキープした状態だなんて。


 後で聞いた話では、魔族の中でも特に強い力を持つ種族は、お母さんのお腹にいる間に出来るだけ沢山の魔力を蓄えるそうだ。

 ヴァネッサさんのお子さんは現時点で既に、お父さんであるエルクさんに匹敵する魔力を持っているそうで。娘だったら、将来貰い手が現れるかどうか……と夫婦で今のうちから心配することになるのだった。


「そうなんです。特に後半の一年は、今のように働くことは正直難しいと思うので、ヒウムの娘達が続けてお城にいてくれれば助かるんですけれど……」


 そう言ってヴァネッサさんが伯爵のほうにちらりと視線を投げかける。しかし彼は私にも話したとおり、「進退は彼女達自身に決めさせる」とシンプルに答えるだけだった。

 リズ達が自由の身になることを単純に喜ばしいことだと思っていた私も、当初とは状況が変わったとなると、やはり残留して欲しい気持ちのほうが強くなる。


 ――その時。


「おおいステラ、君のレースの手袋、彼女が見てくれるそうだぞ」


 ジークハルト様がコレットの肩を抱きながら、上機嫌でこちらに戻って来た。

 「まあ、本当?」と、ステラ様の顔が花を振り撒いたようにぱっと明るくなる。


「結婚する時にジークが贈ってくれた物なんだけど、さっき引っ掛けてかぎ裂きにしてしまったの。直せるかしら?」

「母上、『さっき』とは……?」


 小振りのバッグから美しい濃紺の手袋を取り出したステラ様に、伯爵がやや引き攣った表情で問いかける。


「ええとね、馬車から降りた時。門に巻き付いていたカーネイの花の蔓で」

「……なぜ、そんな繊細な質の手袋をはめた状態で触れたのですか……」

「だって~棘があるのなんて忘れてたし、綺麗だったんだもの」


 唇を尖らせたステラ様の子どものような物言いに、伯爵は少々呆れ顔だ。そんな二人にコレットが笑いを堪えながら「大丈夫です、直せますよ」と手袋を受け取る。


 するとステラ様が、「ねえ、貴方のネッカチーフの刺繍はいいの?」とジークハルト様に尋ねた。


「ああ、あれは今日持って来ていないし……あんなにほつれてしまっては、もう駄目だろう」


 ジークハルト様が眉尻を下げて肩を竦めると、コレットが「あら、それでしたら」と優しく申し出る。


「後日にでも届けていただければ、私に出来る範囲で繕わせていただきますよ」

「本当かね!?完璧に元に戻らなくても良いから、お願い出来るかい」


 相当大事な物なのか、結構な勢いで食いつくジークハルト様。ヴァネッサさんが「母でも直せないなら、コレットさんじゃないと無理ね」と苦笑いしている。


 私が今着ているドレスのように、状態が酷いけれど価値があって捨てられない物が、コレットの手によって次々と蘇るなんて素敵だなと思った。だけど、彼女がお城を離れてしまえば、それも叶わなくなってしまう。


「うーん、確かに、ここにずっといてくれたほうが、皆にとってもありがたいお嬢さんねえ」


 ステラ様が顎に手を当て、コレットをじっと見つめながら考え込む。

 そして彼女は程無くして、執事のレオンさんをこちらに呼びつけた。


「いかがなさいましたか、ステラ様?」


 もうスタッフ達にホールの片付けの指示を始めていた彼は、当然、私達がしていた会話の内容を知らない。

 だからステラ様のあまりに大胆な提案は、私達以上に寝耳に水だったことだろう。


「ねえレオン、貴方、もういい歳じゃない?ディアスもこうして身を固めることだし――貴方も、コレットさんを奥さんに貰うのはどうかしら?」


 屈託のない彼女の満面の笑みに、その場にいた一同がぽかんと口を開ける中。

 伯爵だけが『頼むからそれ以上余計なことを喋らないでくれ』という顔で、小さな溜め息を零した。

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