第43話 賑やかな宴の終わり
結局、とびきりのニュースで目一杯盛り上がったところで、晩餐会はお開きとなって。
お見送りをする際にゲストから色々な声をいただいたけれど、伯爵の決断に否定的な人は、最終的にはほとんどいなかった。
もっと早く打ち明けてくれれば良かったのに、と言ってくれる人。
純血の魔族がまた少なくなって寂しい気持ちだ、と少し肩を落とす人。
今まで隠していたけれど実は奥さんがヒウムなんです、なんて人もいて、逆に驚かされたり。
これまでどちらかと言えばヴァンパイアと対立関係にあった種族の代表も、「もう力で奪い合う時代ではない」と訴え、多くが今後の親交を約束してくれた。
出来過ぎのようにも思えるけれど、やはり、オーギュスト公の存在が大きく。彼の目の届く範囲で縄張り争いなどしようものなら、「煩わしい」と纏めて消されるだろうというのが皆の共通認識のようだった。
そうそう、特筆すべきは例の、ウェアウルフのグレンデル伯。
私達の元へ別れの挨拶に来る前に、ちゃっかりリズに話しかけに行っていた。
頬を赤らめ、名残惜しそうに言葉を交わし合う二人に伯爵も気付いたので、合間に私が厨房での出来事を掻い摘んで話すと。
「あの三人の進退は、それぞれ自分で決めてもらうつもりだ」
彼はそう言って唇の端を軽く持ち上げた。
明るく拓けた未来に興奮して、思わず伯爵の袖をがっと掴む。
「それじゃ、もしもリズが、グレンデル伯のところへ行きたいと言ったら……?」
「止める理由はないだろう。厨房の連中は反対するかも知れんがな」
その素敵な返事にさらに胸が弾んだ私は、仲睦まじい様子の二人をにこにこしながら遠巻きに見つめる。
するとそれに気付いたグレンデル伯が、リズの手を取って彼女に何か言った後、足早にこちらに向かってきた。
「ごめんなさい、お邪魔してしまって」
不躾な視線で二人の時間を取り上げてしまったことに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった私は頭を下げる。
「いえ、そんな。もうお暇しなければならないのに、つい話し込んでしまって」
後頭部を掻く仕草をしながらグレンデル伯が済まなさそうに笑う。
改めて、外見と中身のギャップが凄い人だなと感じる。大きくて厳つくて一見近寄り難いのに、本当に物腰が柔らかで、ひとたび言葉を交わせば話しやすい雰囲気が続く。
昔の文献ではウェアウルフはヒウムを襲う種族だったらしいけど、とてもこの人がそんなことをするようには思えないし、やはり時代の流れと共に色々なことが変わって来ているのかも。
「まだ話し足りないように見受けられますし、宜しければ今夜は泊まって行かれませんか?部屋をすぐに用意させますので」
伯爵がそう提案すると、グレンデル伯は一瞬心がぐらついたようだったけれど。
ふと何かを思い出したらしく、すぐに「いやいやいや!」と首を横に振った。
「大変魅力的なお誘いなのですが、明日の朝一で片付けねばならない仕事がありまして……」
語尾に向かうにつれ、声が段々と小さくなって行く。本当は断りたくないんだろうな、というのが伝わってきたので、失礼ながら頬の筋肉が震えてしまった。でもお仕事なら仕方ないし、目の前の誘惑に負けないしっかりした方だと分かって、好感が持てる。
「そうでしたか。むしろお忙しいところをお呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
「いやいや、むしろお近づきになれる機会を作っていただいて……」
仲良く『むしろ』と言い交わし合う二人に必死で笑いを堪えながら、私は別の提案を口にした。
「では、次はティータイムにお招きしても宜しいですか?リズのサラダがお気に召したようですし、どうせなら彼女の得意な焼き菓子を召し上がっていただきたくて」
そう言いながらリズのほうを見ると、彼女も私達の様子を窺っていたらしく、ばっちりと目が合う。
「リズ、今度、グレンデル伯をお茶に御招待したいと思うんだけど、どう?」
もうほとんどゲストが残っていなかったのをいいことに、私がリズの耳に届くように声を張ると、彼女は長い睫毛に縁取られた瞳をこぼれんばかりに見開いて、ぶんぶんと首を縦に振った。
「それは是非」と答えるグレンデル伯の双眸は、再び彼女に捕らえられている。これ、もはや、リズのほうを向こうのお屋敷に貸し出したほうがいいんじゃないの……。
そんなやり取りを終えるか終えないかのうちに、「いいね、僕も呼んで欲しいな、お茶会」とオーギュスト公が私達の前に歩み寄ってきた。
今日はこの人に窮地に追い込まれたり、逆に救ってもらったりと、大変な一日だったな……。
「ああ、返事は急がないって言ったけど、僕そんなに気長なほうでもないんだよね。一ヶ月以内、でどうかな?」
オーギュスト公が片眉をくっと上げ、おどけた表情を作ってみせる。すると伯爵が、「元よりそれほどお待たせするつもりはありません」と答えた。
「え、いいの?じっくり考えなくて大丈夫?」
「――時間をかければ答えが出るというものでもありませんので」
伯爵が意思確認をするようにこちらを向いたので、私も同意のつもりでゆっくりと頷く。
私の中で何となく返事は決まっていた。同時に、彼の意向を尊重したいという思いもあった。いずれにしろ、しっかり話し合わなくてはならない。そして迷いを生じさせないためには、期間が短いほうが好都合だと思った。
「ま、君達がいいならいいよ。楽しみにしてるね」
公爵はそう言って悪戯な笑みを浮かべると、大きな玄関扉を開けてすぐの所で、何やら呪文を唱え始めた。空間が縦にゆるゆると切り裂かれて稲光のようなものを放ち、その隙間から黒く煌めく不思議な世界が覗く。
これが転移魔術というやつなのだろうか。ファンタジー然としたその現象に、我知らず目を奪われる。
「それじゃ、また」
空間の歪みに手を掛け、彼がそれを押し広げて身体を滑り込ませると、「あ、ちょっと待ってくださいよゼーレ様!」と慌ててディアトリスさんが飛び込んだ。転移ゲートと呼ぶのが相応しいか、それが彼らを飲み込んで完全に消失する前に、「お邪魔しましたあ」という台詞が辛うじて届く。
こうして伯爵が最も気を遣う相手が、ようやくお帰りになられた。
嵐が去った後の如く、どっと疲れが出てきて、ふうと小さな溜め息を漏らすと。
伯爵はその何倍もしんどそうな息を吐き出し、私の手を取って「さっさと寝るか……」と呟いた。
「そうですね、しっかりお休みにならないと」
「……休む、とは言っていないぞ」
手の甲への口付けられてその言葉の意味を理解し、どくんと胸が疼く。
彼がそれで癒されるならいいかと、夜更かしの覚悟を決めた時。
「あのー、まだ、私達がいるんだが……」
背後から気まずそうなジークハルト様の声が聞こえ、私達は揃って耳まで赤くなったのだった。




