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第42話 受け継がれてゆくもの

「ああ、一足先に帰宅してもらっただけだから安心してよ。ま、同時に結界を張ったから、当分屋敷から出られないだろうけどね」


 オーギュスト公がそう言ってにやりと笑うと、ノイエッタ嬢の御家族は心の底からほっとした顔をした。

 それもそうだろう、私も一瞬、存在そのものを消滅させられたのかと思って驚愕したもの。他にも同じように勘違いした人は少なくないようで、リズ達も三人で咄嗟に手を取り合って震えていた。


 それにしても、見事だわ。

 先程、フルパワーではヴァネッサさんに敵わないなんて弱気なことを言っていたけれど、公爵にもまだまだ力があって、機嫌を損ねると身一つくらいどうとでもなるということを、この場に集まっている全員に見せつけたのだから。


「ゼーレ様、此度は娘が御手を煩わせて、本当に申し訳ありません」


 ノイエッタ嬢の父君レナード様が、そのまま土下座しそうな勢いで深々と頭を下げる。


「うん、あの娘もいい歳なんだしさ。もう少しおしとやかに教育し直しても良いかもね」

「はっ……」


 返す言葉もない、といった様子のレナード様に少し同情する。昨夜もノイエッタ嬢のことは放っとけって言ってたみたいだし、きっと普段から手に負えないんだろうなあ。


 やがてレナード様はこちらにも近付いてきて、しゅんと肩を落としながら言った。


「色々と迷惑をかけてすまなかったね、ディアス君。もうウィランバル家にちょっかいを出さぬよう厳しく言い渡しておくから」


 侯爵相当というくらいだから、日頃は威厳に満ちて貫禄のある方だろうに。

 本来なら恐怖の対象となるはずの純血ヴァンパイア男性を目の前にしても、私は全く恐ろしさを感じなかった。


「リンディール家繁栄のためにも、弱体化した我が一族より純血の魔族を選んだほうが賢明だとお伝えください」

「君の口からそんなことを言わせてしまうなんて本当に情けないよ……」


 伯爵の穏やかな提言に、レナード様が額を手で覆って大きな溜め息を吐く。

 何だか、ノイエッタ嬢と違ってこの方とは仲良くなれそうな気がするんだけれど。ああ、でも、昨夜の『一家アポなし前乗り』は皆困らされた訳だし……適度なお付き合いって難しいわね。


「それじゃ、我々は先に失礼するよ。娘があれだけ大立ち回りをした後じゃ、のんびりとは居づらくてね」

「ではお見送りいたしますわ」


 そそくさと立ち去ろうとするリンディール家の面々に、ヴァネッサさんが楚々として付いて行く。いつも通りの彼女のようでいて、口角が上がりっぱなしのところを見ると、一番の厄介事が片付くとあって内心嬉々としているのだろう。


 大きな扉へと向かう彼らに声をかけ、ホールを去るのをしっかりと見届けてから、ジークハルト様が伯爵の隣に並び、ゲスト達に向かって恭しくお辞儀をした。


「本日は晩餐会の名を借りた息子の婚約会見にお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 ステラ様も伯爵も続けて頭を下げたので、私もそれに倣う。こうすると、本当にウィランバル家の一員になるんだという実感が湧いてきて、胸が熱くなる。


「いやはや、皆様、本日は驚くことばかりでしたでしょう。私も驚きました。血は争えないものなのだと」


 そう言って彼が私にウインクを飛ばしてみせたので、ゲストの中から笑いが起こり、釣られて頬が緩んでしまう。伯爵が真面目すぎに思えてしまうくらい、私の義父となる人はとても気さくな人のようだ。


「私が踏み切ることの出来なかった大きな決断を、息子は成し遂げました。親馬鹿ですが、もうそれだけでも褒めてやりたい。私は息子の英断を全面的に支持し、また陰ながら見守りたいと思っております」


 選挙演説さながらの熱弁に、あちこちから自然と拍手が湧き起こる。

 どうも、ウィランバル家に古くから付き合いのある方々の中には、ジークハルト様の考えであれば賛同する、という方が少なくないようだ。ディアス様のことを分かってもらうには、これから長い時間をかけて行くしかないと思う。それを支えていくのが、私の役目。


「――先にも申し上げましたとおり」


 ジークハルト様の想いを受けて、伯爵が口を開く。


「当家には三代前からヒウムの血が入り、魔族としての力はほぼ失われたと申し上げても過言ではありません。攻め込むなら今が好機と考える方がいたとしても、決しておかしくはないでしょう。しかし」


 伯爵はそこまで一気に言葉を続けると、一呼吸置いてから、唇を一度強く引き結び。


「獲るのは、私の首だけに。妻と、城で働く者達は、どうかご容赦願いたい」


 きっぱりとそう言い切ると、胸に手を当てて腰を折り、睫毛を伏せた。すぐ隣にいる彼の揺るぎない決意が、痛いくらいに伝わってくる。きっと、私を娶ると決めた時からずっと考えていてくれたことなのだろうと思うと、涙が滲みそうだった。


 だけど、彼一人だけが重荷を背負う必要は全くない。


「私と一緒になるがゆえのことなのに、私が助かる道理はありません。その時はどうぞ私の首もお持ちください」


 伯爵の手を取って、ゲスト全体を見渡しながらそう告げると。


「勿論、親である私達のもね」


 ステラ様が近寄って来て、後ろから私の両肩にぽんと手を置いてくれた。

 まだきちんと挨拶を交わし合ってもいないのに、義両親の愛情を感じ、温かい気持ちで満たされる。


 すると。


「心配しなくても、ヴァネッサがいるのに、この城に手を出すような奴はいないでしょ」


 オーギュスト公が、傍にいたディアトリスさんのモノクルをふざけて着けながら発言する。

 リンディール家の見送りから戻って来ていたヴァネッサさんは、不意に自分に視線が集中したことに慌てながら、「私にそこまで力があるようには思えないのですが……」と肩を竦めた。


 『最強の妻』を持ったエルクさんも、さすがにホールの片隅で苦笑している。ヴァネッサさんは女性だし、メイド長という仕事柄、あまりパワーを強調されても周りの評価が上がったりはしなさそうなので、日頃彼女にお世話になっている私も何とも言えない気持ちになった。


「あれ、やっぱり気付いてないんだ」


 決して褒め言葉とは取っていない様子のヴァネッサさんを、オーギュスト公が指差す。


「もともと君は強いけどね。今ちょうど、二人分、なんだよ」

「えっ?」


 驚いたヴァネッサさんが、公爵の指が差していた先にあるものを見つめる。それは、彼女自身のお腹だった。二人分、という言葉の意味に、私ははっとして思わず口を開ける。


 ゲストやスタッフ達が、頭に疑問符をちらつかせる中、いの一番に「赤ちゃん!?」と興奮した声を上げたのはリズで。

 それはあっという間に周囲に広がり、瞬く間にホールを歓声でいっぱいにした。


 ヴァネッサさんのお腹に、強いパワーを秘めた新しい命が宿っている。

 突然発覚した何ともおめでたい話に、私は伯爵と顔を見合わせ、思い切り微笑んだのだった。


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