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第3話 私がいわゆる『居候』になったワケ

 雨が小降りになるまでの間、『マディ』と名乗ったその美しい少女と話をしているうちに、色々なことが分かった。


 まず、自分がどうやってここに来たかも分からないし、帰り方も不明で途方に暮れている、という話をしたら、大して驚かれず「どなたかの転移魔術の失敗に巻き込まれたのでは?」と言われた。


 転移魔術。そんな耳慣れないもの、少なくとも私の知る世界にはない。


 つまり、ここは、日本でないばかりか、私の知る海外の国ですらなく、ともすれば地球に存在する空間ですらないということだ。

 信じられない。私、ファンタジーか何かの世界に飛んで来てしまった。


 言葉は通じるが、彼女が日本語を話せている訳ではなく、多種族が交流するための女神の加護が、世界全体にかけられているそうだ。『女神』というのも、無宗教の私には新鮮な単語。

 ちなみに、試しに土の上に名前を書いてもらったけれど、それは見たことのない文字で全く読めなかった。加護はどうやら会話に限られているらしい。


 マディは、耳が生えていたり鱗があったりなどの目立った外見的特徴のない、『ヒウム』という種族。私の言葉で言えば、まず『人間』と変わらないという認識で間違いない。


 ネーレルの村で、木こりのお父さんと二人暮らし。お母さんは彼女が幼い頃に病気で他界。

 身体があまり丈夫でないが、調合の心得があるので、野草を摘んでは薬を作り、お父さんに遠くの町まで売りに行ってもらっているらしい。


「町が遠いので、父は五日に一度しか帰って来なくて。今日みたいな雨の日は、ミュランの森まで足を延ばす絶好のチャンスなのに、残念だわ……」


 しょんぼりとこうべを垂れるマディに、私は軽い気持ちで「その森には何があるの?」と尋ねた。


「雨の日にしか咲かない、ウーリンの花というのがあるんです。ウーリンで作った薬は貴重なので高値が付くんですが、花二十本でやっと瓶一本分のエキスが抽出出来るものなので……私一人では、今日これまで摘んだ分は諦めなければなりません。そうすると、いつも作る薬が作れなくて、町に品を売りに行く父の信用が下がってしまいます」


 うーむ、安定供給は大事よね。思いのほか深刻な話に、私は眉を寄せながら相槌を打った。

 元の世界でも、もっとエグい花の量が必要な香水なんてのもあったけど、花二十本で一瓶分っていうのもそれなりに高級品クラスだわ。


 ……あら?


「ねえマディ、つまり、人手があればいいってことなんじゃないの?雨、さっきより少し落ち着いてきたしさ、今からその森に行こうよ」

「えっ!?」


 濃い紫の宝石のような瞳を大きく見開いて、マディは驚いた。


「あのでも、駕籠がこれ一つだけですし」

「大丈夫、何とかなるから。行こ行こ」


 私はマディを勢いで押して、ミュランの森に連れてってもらうことにした。

 彼女はこの世界における、恐らくは死ぬほど基本的なはずの情報を、それはそれは懇切丁寧に説明してくれたんだから。素性が知れない上に激しく無知な私を、微塵も馬鹿にすること無く。

 せめて、これくらいのお節介は焼かせてほしい。


 腕時計で確認した限り、かれこれ歩くこと十五分強。

 だだっ広い野原を抜け、ミュランの森に足を踏み入れて間も無く、私は思わず感嘆の声を上げた。


 掌より少し小さいくらいの花冠が発光していて、辺り一面が薄青く輝いている。雨粒に濡らされて活き活きと咲き誇るその様子に、直感で、これがウーリンの花たちだと分かった。


 物凄く綺麗だけど、なるほど、これが二十本一組だとちょっとした花束くらいにはかさばるわね。

 私は「よし!」と気合を入れてスーツのジャケットを脱ぐと、地面にそれを広げた。続けてマディに着けていたエプロンを外してもらい、それも広げた。 

 そして、二人でウーリンの花をどんどん花を摘んでは、広げた衣類の上に置いて行った。


 ちょうど八十本に達したところで、私はそれぞれの衣類の対角線上を結んで花を包み込んだ。何本かぽろぽろ零れ落ちたけど、それはマディの持つ花籠に少し余裕があったので入れてもらった。


「禿山にならないように摘んだし、大丈夫でしょ。それじゃ、マディのお家まで運ぼうか」


 私が両手に提げた簡易花籠を呆然と見つめる彼女に声を掛けたものの、反応がない。


「……マディ、大丈夫?雨に打たれっぱなしだったし、具合悪くなっちゃった?」

「……は、い、いえ!」


 マディははっと我に返ってぶんぶんと首を横に振り、少しうつむきがちのまま、私にまたもや親切な言葉を掛けてくれた。


「あの、家に着いたら、お風呂に入ってください。着替えを用意します。それで、今日はそのままうちで休んで行ってください」

「とってもありがたいけど、そこまで甘えていいの?」

「……というか」


 胸の前で祈るように手を組み、彼女は意を決したようにきりっと私を見据えて、こう言った。


「ミオさん、しばらく、うちにいてください!!」


 プロポーズさながらの勢い。どうやら、私は彼女にえらく気に入られたらしかった。

 お金にがめついには見えないけど、ウーリン、利益が出るんだろうなあ。お父さんがいなくても、私を連れてけば採集出来るもんね。

 

 まあ、私としても正直当分の衣食住は困りそうだし、彼女の申し出はむしろ願ったり叶ったりな訳で。

 こうして『帰り方』が分かるようになるまでの間、私はマディの家にお世話になることになったのだった。

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