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第25話 全ポジション代表者会議

「いやー実はもう既に、コレットがいないと回らない状態になってきちゃってるのよね」


 そう言って深緑の髪をくしゃくしゃと掻き上げたのは、針仕事担当の責任者である魔族の女性・リュノーさん。


「そもそも私達古参はさ、担当を得意分野で決めてないじゃない?とりあえず欠員が出たところに入る、の繰り返しで。そこにスペシャリストが入ってきたもんだから、もう仕事がはかどって捗って――おまけにちょっと、これ見てよ」


 彼女は徐に椅子から立ち上がると、傍に設置されている『何か』を覆った生成りの布を、丁寧な手付きで取り去った。

 中から現れたのは、濃紺のシルクのような素材に細かな銀糸の刺繍が施された、マーメイドラインのドレス。光の粒を散りばめたようなその夜会服は、遠目に見ても物凄く精緻なデザインであることがよく分かる。


「すっごい綺麗だけど、何、これ?」


 駆け寄って上から下までまじまじとドレスを眺めるメリダさんに、リュノーさんが何とも得意気な表情で紹介する。


「ウィランバル家初代当主夫人、カーミラ様が愛用していたというナイトドレスよ!千五百年も経っててぼろぼろに劣化してて、捨てられず、かといって誰も直せず、倉庫の隅に追いやられてたのをコレットが繕ったの」

「こんな細かな刺繍まで!?」

「そ。しかも、仕事の合間に根気良く、ね。通常業務には一切影響なし!」


 まるで自分の手柄を自慢するかのような口振りに、私は思わず口元を緩ませた。コレットがいかに彼女に愛されているかが、とてもよく伝わってきたから。


「今、彼女より針仕事が出来る者はこの城にいないわ。私達のほうが足手纏いなんじゃないかってくらい」

「それを言うならライラもそうよ」


 今度はメリダさんが愛弟子のアピールポイントを主張し始める。


「そもそも今まで、掃除や洗濯が得意な子なんて入って来たためしがなかったからね。あの娘のスキルは街のお屋敷でメイドをしていたお母さん譲りらしいけど、大したもんよ。効率のいいやり方を教えるどころか、こっちが教わることのほうが多いわ」

「清掃関係なんて皆好きでやるもんじゃないから、有り難い存在よね」


 リュノーさんがそう言ってしみじみと頷くと、次にシェフのエルクさんが、自分の顎髭を触りながら話し出した。


「リズはまあ普通の料理の腕は俺達とさほど変わらないんだが、焼き菓子に関しては抜きん出ているし、何より技術をモノにするスピードが速いんだ」


 このエルクさんこそが何と、ヴァネッサさんの旦那さんらしい。何度か顔を合わせたことはあったのに、全然知らなかった。

 肌こそ褐色だけれど、頭の角と黄色の猫目石の瞳がヴァネッサさんとお揃いで、こうして同じ部屋にいるところを見るととてもお似合いの夫婦だ。これはレオンさん、辛いだろうなあ。


「野菜の飾り切りを教えたらすぐに覚えたんで、今度の晩餐会のサラダを任せることにしたんだよ。もしこの城にばれていなかったら、大きな街で食事を出す店を開きたかったなんて言うもんだからさ……」


 エルクさんが寂しそうにテーブルに視線を落とす。

 今のままではまず叶うことがないだろうリズの夢。記憶をなくしてお城を出る前に、せめて似たような環境で腕を振るわせてあげたいという彼の優しさが、当人ではない私でも身に沁みた。


「私、リズが来てからおやつの食べ過ぎで肥ったわ」

「あたしも!」


 困っちゃうわよねえ、と笑い合うリュノーさんとメリダさんは、言葉とは裏腹に幸せそうだった。

 その様子を穏やかに見つめていたヴァネッサさんが、「では、そろそろ意見の纏めに入っても?」と全員を見渡してから切り出す。


「入れ替えなんて、嫌よ……。コレットがいなくなるなら、私も仕事辞めたい。辞められないけど」

「ライラより仕事が出来ない子が来たら、イライラして八つ裂きにしちゃいそう」

「リズがずっとここにいてくれたらいいんだけどなあ」


 一件だけ、ちょっと過激な発言があったけれど。ともかく、各持ち場の責任者の総意としては、『雇用継続』で一致しているようだった。


 そんな中、リュノーさんが突然「どう思います、伯爵夫人!?」とこちらに話を振ってくる。

 会議の最初に私から事情を説明したのだけれど、その時にまだ恋愛関係にすら至っていない段階だということも話していたので、この呼び名にはつい苦笑いが零れた。


「ちょっと気が早過ぎるのでは……」

「いやいや、決まりでしょ。てかもう皆でそう決めちゃいましょ」


 メリダさんが強引に話を持って行き、何となくそういう方向で進めた方が早いような雰囲気が作られた。いや、私としては嬉しいけれど、この先上手く行かなくなったら目も当てられない。味方してもらっているんだから、頑張らなくちゃ。


「それじゃ、最大のポイントは――今後『生贄』を集めるのを止めていただくかどうかと、止めた場合の後のことね」


 ヴァネッサさんが少々険しい表情でそう問題提起すると、それに同意した三人が口々に意見を出し合う。


「チャンスとばかりに攻め込んで来るとしたら、やっぱりウェアウルフの一族か」

「五百年くらい前までは明確に敵対していたらしいから、可能性はあるわよね」

「今更ウィランバルに手を出そうとして来るものかしら?」

「頭の悪い奴らなら有り得るんじゃないの」

「今、近場で有力なのってグレンデル伯だっけ?彼はどうかしらね」

「サーペント族も安心とは言えないな」


 知らない魔族の情報が目の前をガンガン飛び交うので、役に立たない私は急に肩身が狭くなった。生贄制度をなくして、伯爵が血を吸わないということが世間に知られた時、どんな脅威があって、それにどう対応すべきか――今の私が対外的な策を捻り出すことは、とても難しい。

 かと言って、他人事のような顔は絶対にしたくないので、せめて情報を増やすことに専念しようと、私は必死で耳を傾けた。


 するとやがて、過激派代表のメリダさんが。


「ねえ、どうせオーギュスト公がいらっしゃるんなら、この際危険そうなところを片っ端から招いちゃうのもアリじゃない」


 テーブルに手をついて身を乗り出し、悪戯な微笑みを浮かべた。


「……なるほど、改めて、当家に公の後ろ盾があることを知らしめる訳ね」


 ヴァネッサさんが彼女の意図を分かり易く言い直すと、リュノーさんとエルクさんも、それぞれ「手っ取り早い」「確かに」と賛同するような台詞を口にする。そこで私は、


「あの……オーギュスト公ってそんなに凄い方なんですか?」


 水を差すようで申し訳ないと思いつつ、恐る恐る尋ねてみた。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。


 きっと彼らには酷く間の抜けた質問だろうけど、オーギュスト公たった一人で問題が解決しそうだという、その理由が私にはよく分からない。察するに魔族なんだろうけど、過去にヴァンパイアと渡り合ってきたような他の魔族を一気に呼んだら、その人だってただじゃ済まないのでは?


「『公爵』が『伯爵』より地位が高いことや、ディアス様がオーギュスト公に、贈り物や書状で並々ならぬ気遣いをなさっていることは、いつも見ているので分かってるんですけど……」


 己の無知が気まずくて語尾がもごもごと籠っていく私に、ヴァネッサさんが「ああ、公のことをなかなか知る機会もないですわよね」と優しく答えてくれる。


「オーギュスト公は、魔族の頂点におられる御方。あの方の逆鱗に触れれば、その種族は必ず根絶やしになると言われています」


 想定より遥かにインパクトのある回答に、一瞬呼吸をするのを忘れた。


「つまり……魔王様、的な?」

「ああ、それってぴったりな表現ね」


 そう言ってぽんと手を叩いたのはメリダさんだ。


 まさか魔王がお城に来るなんて、と動揺を隠せなくなった私は急に喉の渇きをおぼえ、テーブルの上の水差しにぶるぶると手を伸ばした。

 するとそこに、リュノーさんが止めの一言をぶん投げてくる。


「ディアス様と結婚したら、ミオもその『魔王様』とお付き合いしなきゃいけなくなるのよお」


 注ごうとした飲み水は、グラスから盛大に外れてテーブルクロスを濡らした。 

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