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第19話 ガールズトークで秘密バレ!?

「ねえ、一ヶ月後に、このお城で晩餐会を開く予定があるって聞いてる!?」


 焼き立てのブラッドベリーパイをワゴンで運んできたリズが興奮気味に喋った。


「そう、その間にメイドを入れ替えることはないでしょうから、私達は後一ヶ月は無事ね」


 コレットがテーブルにお皿を並べながら物凄く冷静に返す。


 「もう、そういうことじゃないのに~」と身をよじるリズをくすくす笑いながら、私とライラは美味しい紅茶を淹れる準備をしていた。

 どうやら仕入れたばかりらしいホットな話題で、今日のティータイムも賑やかになりそうだ。


 ライラは『開かずの部屋』で三日ほど眠らされた後、伯爵と執事さんの温情で今まで通りの生活に戻してもらえることになった。


 彼女が目撃してしまったものを他の人に話したところで、誰かが何か出来る訳でもないし、最終的に記憶を消すのだから大した影響はない。それよりも今ライラの記憶を消して外に出してしまったら、清掃スキルがすこぶる高い彼女の穴埋めをどうやってするのか――私がそんな風に捲し立てたのが効いたらしい。


 結局、彼女は『お仕置き部屋』で謹慎させられていたということになったのだけれど(ちなみに実際にそんな部屋は存在しない)、出てきた時にはそもそも自分がなぜ幽閉させられたのかをすっかり忘れてしまっていた。伯爵の話では、彼女を起こす時に執事さんが飲ませた気付けの水に、ごく少量のディンバラの花の毒を混ぜてあったとのこと。さすが、抜かりないわね。


 自分達が同じ目に遭ったら堪らないから、リズもコレットも、ライラが何を見たのかを決して追求しようとはせず。お陰で『開かずの部屋』の秘密は上手いこと守られ、私達はこれまで通りのお城暮らしを続けられることになった。兎にも角にも、ライラが戻って来てくれてとても嬉しい。


「何でも、ゲスト二十名くらいの小規模なものらしいんだけど。サラダを任せてもらえそうなの」


 リズの大きな琥珀色の瞳がきらきらと輝いている。


「凄いじゃない!私達、ここに来てまだ一ヶ月なのよ?」

「うん、そうなの。本当はデザートをやってみたかったんだけどね……私ほら、村の出身じゃない?いかにも田舎って感じの素朴な焼き菓子しか得意じゃなくて……」


 たった今テンション高く胸を弾ませていたかと思えば、急激な勢いで落ち込んでいくリズ。


「このパイもとっても良く焼けてるけど……」

「こういう、普段のおやつに食べられるようなのは出せないみたい。もっと気軽なお茶会なら本領発揮出来るのになあ」


 そう言って彼女が溜め息と共に切り分けてくれたパイは、甘く香ばしい匂いと、表面に薄く塗られたジャムの照り照りとした様子がとても魅力的で。皆で一斉に齧りつき、そのとびきりの美味しさに誰もが舌鼓を打った。これを味わえないなんて、晩餐会のゲストもお気の毒に。


「まあ、普通のお屋敷やお城なら、そもそもメイドが料理を作るなんてこと、有り得ない訳だし。サラダだけでも私らしく頑張る!」


 甘党の彼女は、パイを頬張るなりまたも前向きに復活している。感情の上下が間欠泉みたいで面白い。振り回されて大変だと感じる人もいるだろうけど、私はこれが天真爛漫なリズの魅力の一つだと思っている。


「それでね、皆にお願いがあるんだけど。これから食事の時に、サラダの試作を持って来るようにするから、感想を聞かせて欲しいの。晩餐会に出せそうかどうか、とか」


 リズが胸の前で両手を組むと、コレットが少し気まずそうに肩を竦めた。


「……それは大歓迎なんだけど、私、晩餐会なんて経験がないから、どんなものが良いのか判断が付かないわ」

「私も……」


 ライラが申し訳なさそうに同意する。 

 

「パーティーに出せそうなもの、でいいんだったら私、いけるよ」


 私が徐に手を挙げると、リズの顔がぱっと明るくなった。


「ミオ、パーティーに出たことがあるの?」

「うん。マディのところにお世話になる前に、何回かね」


 そう控えめに答えたけれど、実際は『何回か』どころではない。

 齢二十八ともなれば、人様の結婚披露宴出まくって、ちょっとした御祝儀貧乏でしたわよ。


 そんな事情を知る由もない三人娘は、『パーティーに出たことがある』の一点だけで、「凄い」とか「羨ましい」とか盛り上がっている。

 ライラの故郷は分からないけど、少なくともネーレルの村ではパーティーなんてなかったもんね……。結婚も、人伝に聞いてからお祝いを持って行く程度で、式とか宴とかの習慣はないみたいだったし。


「ミオって、ほんと不思議よね。転移魔術に巻き込まれてネーレルに来る前は、一人暮らしをしていたんでしょう?」

「えっ、そうなの!?」


 コレットの言葉に、リズが驚いてこっちを見る。


 そうなのだ、この世界、独身の女性が一人暮らしをすることはまず、ない。家を出る時は基本、親元を離れる時で、両親が早逝してしまったとしても、絶対に誰かしら引き取り手がいる。

 それを知らなかったので、「大抵の家事をこなせるのは一人暮らししてたから」とうっかりコレットに喋ってしまい、彼女の中で、私は『非常に稀な過去を持つ女』になってしまったのだった。


「一人暮らしをしてて、パーティーに何度も出たことがあるって……もしかして、物凄い大金持ちの未亡人だったとか?」


 リズがドヤ顔で閃いた!とばかりに人差し指を立てたので、私は飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。み、未亡人……。そうだよね、皆より歳も十くらい上だしね……。哀しいことに、元の世界のことを隠した状態で、それよりしっくりくる説明が私自身思いつかないわ。


「一応、結婚歴はないんだけど……昔のことは、ご想像にお任せします」

「えー、詳しく聞きたいのに~」

「色々と気になるわねえ」


 私が笑って誤魔化すと、リズとコレットが唇を可愛らしく尖らせた。そこでふと、先程からライラが妙に静かであることに気付く。


「ライラ、大丈夫?」


 体調でも悪いのかと思い、隣の席の彼女にそれとなく声を掛けると。


「……あの、実はミオさんに、ずっと聞きたいことがあったんです」


 ライラは突然、うつむき加減だった顔をきりっと上げ、意を決したようにこちらを真っ直ぐに見据えてきた。


 彼女の眼が、見たこともないほどぎらぎらしている。

 やばい。まずい。何だか、物凄く嫌な予感がする。

 逃げ場のない問い掛けを思い切りぶつけられるような、そんな予感が!


 私は何とか彼女の質問を回避出来ないかと、思考回路をフル稼働させて打開策を捻り出そうと試みた。だけど、そんな悠長な時間があるはずもなく。


「――ミオさん、伯爵の『お手付き』になってませんか?」


 何の躊躇いもなく、爆弾は簡単に投げられた。


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