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第16話 偽り、真実、プロポーズ

「……なぜ泣く必要がある」


 額を合わせたまま、伯爵が子どもをあやすかのように私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「お前の想像通り、俺に吸血衝動というものはない。ヴァンパイア伯、というのが偽りでガッカリしたか」


 揶揄からかうような口調でそう言った彼の顔は、唇こそ笑んでいてもちっとも楽しそうじゃなくて、それがまた私の胸の奥を静かに締めつける。

 自分でも何がこんなに悲しいのだろうと思ったけれど、頭の中を綺麗に整理しようとしても、上手く行かなかった。きっと、理由は複数ある。


「紅夜城の主は、本当は血を吸ったりなどしないと……外に伝えることは出来ないんですね」


 人差し指の背で涙を拭いながら呟くと、伯爵は私からそっと離れ、視線をどこか遠くへと投げやった。石造りの壁を突き抜けて、お城の外の世界を一望しているかのような、そんな眼差し。


「ウィランバル伯爵家は未来永劫、残虐非道な吸血鬼の一族であり続けなければならない。ここまでヴァンパイアの血が薄まったことが知られれば、領地ごと城を乗っ取りにくる輩が次々現れるだろうからな」


 それまで穏やかな光を保っていた彼の瞳が、一気に冷淡さを帯びる。

 この世界では、共存推奨と言えど相容れない種族同士というのも確かに存在する。特に力を持つ種族ほど、その傾向は顕著なようだった。ヴァンパイアの一族に敵が全くいないとは考えにくい。


 全ては、お家存続のため。

 伯爵は本当の自分を偽って、表向き、悪役を演じ続けることを選んだのだ。


 女の子を半強制的にお城に連行することを除けば、残虐非道なんて言葉、彼にはちっとも似つかわしくないのに。


 そう感じてふと、物凄く気掛かりなことが目の前に残っているのに気付く。

 彼が血を吸わないとなると、全く持つ意味が違ってくる、あの行為。


「ディアス様、次の質問なのですが」

「何だ、よく考えたのか」

「はい」


 私はこくりと頷くと、棺桶で昏々と眠り続けているライラの傍にしゃがみ込み、彼女の顔を見つめながら尋ねた。


「吸血しない、というのであれば――『お食事』とは一体、何なのですか?」


 伯爵の顔を直視しながら聞くことが出来なかったのは、答えによっては『残虐非道』が真実になってしまうから。


 少なくとも、お城に連れて来られた娘達が元の家に帰されることがないというのだけは、ヨオトおじさん達の話では確かなようだった。

 ならば、私達の前に集められていた歴代の『生贄』メイド達は、一体どこへ行ったのだろう。

 ライラ以外に、ここで眠っている女の子は二人。メイドを四、五人単位で入れ替えているのだとしたら、数が足りない。今ここにいないメンバー達は……?


 考えられる最悪のパターンは、『処分』されている――例えば、殺して庭に埋められている、とか。生きたまま埋められて木乃伊ミイラにされている、とか、そんなものだった。

 ライラと二人の少女の違いは一見して分からないだけで、実は何らかの処理がもう施されているのかも知れない。むしろ『食事』が済んでいるというのであればその可能性のほうが高かった。


 しかし、この後に明かされた真実は、私にとっては予想もつかなかった内容で。


「――それは、レオンに答えてもらったほうが早いだろう。正確には、『食事』をしているのは俺ではなくレオンだからな」

「えっ!?」


 驚いて思わず声を上げた私に、執事さんがやれやれといった溜め息を吐く。


「また、誤解を招くような仰り方を……そもそも、こんな重大なことまで教えてしまって、どうなっても知りませんよ」


 何やらぶつぶつ文句を言いながら、執事さんは並んだ棺桶の前、ちょうど中央の辺りに立ちはだかり――まるでバスガイドのお姉さんのように、手振りを交えながら話し始めた。


「そちらで眠っているライラさんが、『お食事前』。あちらで眠っているモリーさんティナさんは、『お食事後』。見た目には違いが分からないでしょう」

「全く……」

「分かり易く言いますと、ライラさんは『記憶を消す前』、お二人は『記憶を消した後』なのです」


 私は思わずぽかんと口を開けた。


「記憶を……?」

「ええ。元々、ヴァンパイアには記憶を操作する能力が備わっていたそうです。しかし当家では、ヒウムの血が入ると共にその力も失われていった。ですから今では、ディアス様御立ち会いのもと、代わりにこのディンバラの花の毒を使っています。抵抗力の弱いヒウムが飲むと、記憶喪失になる」


 執事さんが、部屋に置いてあった水差しを手に取る。あれって、中身、ただの水じゃなかったんだ……。


「記憶を消した後は、足が付かぬように一人ずつ、この城も故郷からも遥か遠い地に置いてくるのです。そうして新しい人生を生き直してもらう。自分の名前も、家族のことも、何もかも忘れてしまうのは気の毒ですが……全ては当家の秘密を漏らさぬためです」


 まだ少し口の中が痛そうな様子で語る執事さんの講釈に、黙って聞いていた伯爵が補足を入れる。


「そもそも、全身の血を吸い尽くすような行儀の悪い真似は、よほど底辺のヴァンパイアでない限り有り得ん。ウィランバルが純血だった頃も、必要なだけ血を頂いて、記憶を消し、異国に放って来ていた。今は、血を貰わずに記憶を消して置いて来るようになった、その違いだけだ」


 半ば吐き捨てるように伯爵が言い放つ。


 何となくだけれど、本当は記憶なんて消さずに、家族の元へ帰してあげたいんだろうなと思った。それが出来ないから、最終的に忘れてしまうとしても、せめてこの城にいる間は快適に過ごせるよう心を配ってくれているのだろう。


 働き盛りの娘達をさらった挙句、記憶を消して放り出す訳だから、傍目には充分非道ではあるのだけれど。

 でもやっぱり、深く根付いた『優しい』という伯爵の印象が立ち消えることはなかった。


「さて、随分時間を食ってしまったな。そろそろ最後の質問を聞かせてもらおうか」


 伯爵が懐から懐中時計を取り出して確認しながら言った。

 ここで私が大胆な台詞を言えたのは、時間に気を取られていた伯爵と、目が合わなかったせいなのかも知れない。


「はい、それでは」


 大きな深呼吸を、一つだけ挟んで。


「メイドから伯爵夫人へ、というお話――真剣に考えていただけますか」

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