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第13話 執事レオンの秘密

 ライラの証言によると「当時『開かず』ではなかった」というその部屋の扉は、ついている錠前こそ仰々しいものの、ロックを掛け忘れたら何かの衝撃で簡単に開いてしまいそうな、古ぼけた木製のものだった。

 近付いてはいけない、なんていうわりにちっともセキュリティーが厳重じゃない。私はまずそこに大きな違和感をおぼえた。


 「開けてみろ」という伯爵の命に従い、執事さんが懐から鈍色の鍵を出し、一歩前に踏み出て鍵穴にそれを差し込む。

 しかし、ガチャガチャと動かしても、鍵がしっかりと回り切ることはなく、傍目にも調子が良くないことは明白だった。


「……この通りです。大変申し訳ございません」


 執事さんが扉の前から少し下がり、身体を大きく折って頭を下げる。


「……いつからだ」

「前回、『お食事』をなさった日からです。すぐに新しいものを手配するよう動いたのですが、魔族でこのような鍵を扱える者がつてを辿ってもほとんどおらず……」

「だろうな」


 伯爵が小難しい顔をして小さな溜め息を吐く。


「……あの、差し出がましいようですが」


 どうやらこの部屋が『お食事部屋』であるらしいこと、そして閉じ込められているはずのライラの声が一切聞こえて来ないことに鳥肌を立てながらも、私は思ったことを率直にぶつけた。


「転移魔術、なるものが存在するくらいなんですから、それこそ扉が開かなくなるような、何かこう『封印』的な魔術を掛ければ宜しいのでは?」


 口に出してみると、我ながらなかなか建設的な意見のような気がする。何もこんなオーソドックスな施錠に頼らなくても、これだけ能力の高そうな魔族が集まっている城なのだから、もっと上手いやり方が他にあるはずだ。


 されど、伯爵と、顔を上げた執事さんは、私の発言に揃いも揃って固まり――やがて、伯爵がくすりと微笑んで私の肩を抱き寄せた。


「お前は、本当にとんでもない女だな」

「えっ」

「聞いただろ、レオン。どうにか誤魔化し続けたところで、ミオならばいずれは必ず真相に辿り着くだろうな」


 楽しげにすら見える表情の伯爵とは対照的に、執事さんの顔はすっかり凍りついている。


 よく知りもせず、思いつきで軽々しく発言してしまったけれど。

 ひょっとして、私が提案したのは実は物凄く高度な魔術で、執事さんはそれを使えるだけのスキルというか魔力というかが無いのでは……。


 これは失言したかも知れないと内心焦っていると、伯爵がマントで私の身体を後ろから包み込むようにして、扉の正面に立たせながら言った。


「この部屋は、俺とレオンしか出入りが出来ない。入口の鍵と室内の管理をしているのはレオン一人だ。そして、先程ミオの言った封印魔術は、魔族なら修練を積めば誰でも習得出来るもの――つまり?」

「……レオンさんは、物凄く魔術が苦手……」


 誘導されるがままに答えると、伯爵が珍しく声を立てて笑った。だから最初はてっきり、執事さんの弱点をわざと私にはっきり言わせて楽しんでいるんだと思ったのだけれど、そうではなくて。


「確かに、得手不得手はあるだろうな。だが、扉一つ程度の小さな封印は、空間に干渉する魔術の中ではかなり初歩のほうだ。先にも言ったように『修練さえ積めば誰でも習得出来る』――魔族、ならな」


 伯爵が意味有り気に付け加える。

 私は彼が背後から耳元で囁き続けるという艶っぽい状況に耐えながら、その全く艶っぽくない話の内容を頭の中で懸命に噛み砕いていた。

 

 『魔族なら誰でも習得出来る魔術』が使えない理由として考えられるのは、

 ・修練を一切積んでいない

 ・習得条件を満たしていない=魔族ではない

 ざっくり挙げると、この二点だろう。


 執事という立場や、レオンさんの性格から言って、『修練を積んでいない』はまず有り得ない。

 そうすると、『魔族ではない』のほうが有力候補になる。


 そんな馬鹿な、という思いが一瞬湧き起こらなくはなかったけれど、種族の弱体化の件が頭をぎり、だから私が伯爵に近付こうとするのを嫌がったのかも知れないと思い至る。

 混血はどちらの能力がどのように出るか分からないのだから、ヒウムとの交配によって『魔術の使えない魔族』が生まれても不思議はないだろう。そしてその苦労を考えれば、未来の伯爵の子に同じような思いをさせたくないという気持ちを持つであろうことは何となく想像がつく。


 私はそれを言葉にすることをほんの少し躊躇ったけれど、伯爵が期待しているようなので、思い切って口に出した。


「ヒウムとの、混血……ですか?」


 後ろからマントに覆われているので、斜め後ろにいる執事さんの反応が分からない。

 どきどきしながら答えを待っていると、肺の中が空っぽになりそうなほどの大きな溜め息の後で、「……違います」という暗い声音が返ってきた。


 混血でもない!?

 訳が分からない。


 すると、「惜しかったな、ミオ」という伯爵の台詞と共に、彼の唇が混乱する私の蟀谷こめかみに降ってきた。ぼわっと体温が急上昇したところを、マントの外へと放り出され、今度は執事さんと対峙するような形で立たされる。


「……どうしても話さなくてはいけませんか」


 執事さんが眉根を強く寄せて伯爵に問いかける。


「ここまで来て正解を告げないのはおかしいだろう」


 伯爵が腕を組んで執事さんの眼をじっと見つめ返す。


 すると執事さんは観念したかのように目を伏せ、唇を一度ぎゅっと引き結んでから、私のことを真っ直ぐに見据え――半ば自棄気味に言い放った。


「私にはそもそも、魔族の血は一滴たりとも流れていませんよ」


 同時に、錠前の壊れている例の扉が、執事さんの手によって大きく開かれた。

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