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第11話 ルームメイトの絶体絶命

 執事さんに爆弾発言をぶちかましてから数日が経過したけれど、彼や伯爵の私に対する態度が変化するようなことはなかった。

 下手に伯爵に伝えて盛り上がられても面倒だと、黙っていることにしたのかも知れない。何にせよ、伯爵に警戒されずに済んでいるのは都合が良かった。


 私は自分の持てるスキルを最大限に発揮して、可能な限り伯爵の役に立とうと精一杯努めた。まあ、日課の『背中流し』はばっちり裸でこなさなきゃいけなくなったけど、その結果多少スキンシップが増えたけど。ただ、がっつり手を出されるようなことはなく、あくまでお気に入りメイドの範囲内で仕事が貰えていた。


「……何だか、伯爵って意外と悪い人じゃないのかも、なんて勘違いして来ちゃった」


 ある日のティータイムで、リズがぽつりとそんな呟きを漏らした。


 私達は毎日、食事の時間とお茶の時間の計四回、この談話室のような部屋に集まって過ごすことが許されている。あまり根を詰めて業務にあたらなくても済むよう、配慮がなされているのだ。

 与えられる仕事は確かにメイドのものなんだけれど、一日のスケジュールは比較的緩く、ゲストとして丁重に扱われてもいる。初めに思い描いていた生贄のイメージとあまりに違い過ぎて、もはやここでの生活を若干楽しみ始めている状況に、私達は少々戸惑ってもいた。


「善い悪いはまた別問題なのかも知れないけど、」


 リズの焼いたスコーンのようなお菓子を一つ手に取りながら、コレットも話し出す。


「ここで働いている人達皆に、凄く慕われているみたい。誰も伯爵の悪口を言わないし、不平不満も聞いたことがないわ」


 これにライラも大きく頷く。


「意見や提案もきちんと聞いてくださるんです。昨日、『階段の手摺りを磨くのに、トコルの実の汁があればもっと艶良く仕上がる』って話をぽろっとしたら、伯爵にそれが伝わって、取り寄せていただけることになって」


 そうなのだ。伯爵は、効率良く物事を進めるための労を惜しまない。


 まさに昨日、「ここでの暮らしに不自由はないか」と伯爵に尋ねられたので、私は「監禁されるとばかり思っていたから、むしろ贅沢過ぎるくらいだ」と答えた。

 すると伯爵は眉をひそめてこう言ったのだ。「使える労働力があるのに、それをわざわざ閉じ込めてタダ飯を食わせるなど、そんな無駄なことはないだろう」と。

 ライラと同郷の、骨折した子が連れて行かれなかったのも恐らく、即戦力にならないのに維持費がかかるからだろう。

 その話を三人にしたら、皆が皆、はーっと感嘆の溜め息を吐いた。


「きっととても頭の良い方なのね」

「爵位があるというのはつまり、そういうことなんでしょうね」

「私なんて正直、実家にいた時よりいい生活してるんだけど」


 止め処ないお喋りの中で、伯爵の株はうなぎ登りになるばかりだった。

 それぞれの『私が感心したエピソード』が次から次へと溢れ出てくる。


 そうやって集まるたびに伯爵の良い話をしている間は、「自分達はそもそも血を吸うために集められた」という感覚がほとんど薄れていたのだけれど。


 お城に来てもうすぐ二週間が経とうかという頃、いつものティータイムに、ライラが真っ青な顔をして現れた。挨拶に覇気がなく、声を掛けても生返事。明らかに様子がおかしいので、体調を崩してしまったのかと思ったけれど、そうではなくて。


「私、見ちゃったんです……」


 手を付けずにいた紅茶がすっかり冷めてしまった頃、彼女はようやく口を開いた。


「……『開かずの部屋』の中」

「……!!」

 

 私、リズ、コレットの呼吸が一瞬止まる。


 『開かずの部屋』は地下一階にあり、私達は不用意に近付かないようにと言い付けられてある、鍵の掛かった部屋のことだ。

 普段最上階近くで仕事をしている私やコレットは無関係に等しいけれど、食材や備品の多くは地下の倉庫に貯蔵されているので、リズやライラはその部屋の前を通り過ぎることがある。


「洗剤の補充をしようと思って、倉庫に向かってたんです。そしたらそこの扉が、薄くなんですけど開いてて」

「『開かずの部屋』なのに開いてたんかい」

「ミオさん、大事なのそこじゃない」


 思ったことをそのまま口に出し、速攻でリズに突っ込まれる。しかしその場が明るいムードに転じることはなかった。ライラが冷静に私の発言を受け止める。


「私も、『開かずの部屋』は開かないものだとばかり思い込んでいたので、扉を閉めようと近付くまで、そこがその部屋だと気付かなかったんです。それで、扉を閉める時にうっかり中を覗いてしまって……」


 見てしまったものを瞼の裏で反芻するかのように、ライラが大きく深呼吸をしながら睫毛を伏せた。私達も思わずごくりと生唾を飲み込む。


 そして彼女がいざ、肝心な部分を口にしようとした、まさにその時。


「ライラさん」


 その低く冷たい声音に、私達全員の肌が粟立った。

 見ると入口のところで、唇を笑みの形に作りながらも目の一切笑っていない執事さんが、遠巻きに私達のことを眺めている。一体いつからそこに立っていたのだろう。


「少し、お話が。私と一緒に来ていただけますか」

「……はい」


 かすれたライラの声が、より一層恐怖心を煽る。心臓が凍りつく思いをした私達は、彼女が執事さんに連れられて大人しく廊下へと消えて行くのを、ただ黙って見つめることしか出来なかった。パタンという扉の開閉音を最後に、気が狂いそうなほどの静寂だけが後に残る。


 そしてライラは、結局そのまま夕食の時間になっても姿を現さず――その晩、部屋にも帰って来ることはなかった。

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