Act1:見えるもの
― 少女は言った、これは何処のお化け屋敷で、これは何処の吃驚番組なんだと。
街の外れに小さな喫茶店がある。ケーキの種類が豊富な上、ウエイトレスのねーちゃんが別嬪という穴場だ。
あ、そんな事聞いてないとか言うと後悔するのはお前だぞ。後で連れってやろうと思ったのになー・・・ん、素直で宜しい。
で、だな。見て分かる通り隣にはまた小さな本屋がある。店長のトーイ爺さんと仲良くなると便利な店だ。
爺さんの気分次第では本が半額になる。ああ、覚えておけ。
で、その隣の細い道を突き進むと十字路に出る。ああ、そこ。面倒臭いとか言わない。
そこを真っ直ぐ進んで、角を曲がると。蔦が全体に廻る様に絡まった、建物が聳え立っている。
不気味で気持ち悪いという評価の所申し訳ないが、目的地はあれだ。
煉瓦造りの街から少し飛び出た場所とはいえ、異質な古びたコンクリート造りの大きな建物は、
大きさとは違う存在感と、見た者を引きずり込んでいく様な、恐怖にも似た不気味さを発揮している。
そこには、スーツを着た・・そう、今の俺の様にまるでSPの様な格好をした中ね・・いや、青年が多く出入りしていた。
おい、笑いを堪えながら指すな。・・今、おっさんという単語が出たのはこの口か。
建物の中に入ってみると、外見に負ける劣らずまた可笑しい状況が存在している。
今流行・・かどうかは知らないが、省エネルギーというやつなのか。
はてまた、これは流行であってほしくないが・・何かの呪いでもかけられているのか。
とにかく暗い。暗すぎる。夏の夜よりも暗いのでは、と錯覚させてくれる程に。
共に、そこは静かだった。ああ、可笑しいだろう?
さっきから五月蠅い程、人が行き来を繰り返しているというのに
― 足音一つしないなんて。
何にぶつかる事も、何に躓くこともなく歩く男達。
この光景は、何も知らない街の奴らの眼には、建物の外見よりも異様に映るんだろうなってしみじみとそう思う。
ああそれでも、俺が初めて此処に来たときに感じた違和感に奴らが気づくとは思えない。
何故なら、街に住む人間のほとんどはそもそも建物の存在に気づいてはいないからだ。
いや、在るという事は知っていたはずだった。昔の話になってしまうのが何とも惜しいけど。
しっかし今となっては、覚えている奴なんてそう見つかることはない。
―だから、稀に覚えていた奴が居ると面倒臭ぇんだ。
その覚えてる側の大概は、街では大きな割合で「冒涜者」だとか、「狂人」だとか、「化け物」だとかいう、不名誉な称号や扱いを受ける。
ああ、俺はなんと呼ばれていたか・・忘れてしまったが。野菜売りのおばちゃんにトマトを投げられた事だけは覚えているよ。
しっかりと避けたから当たりはしなかったが・・あれは最悪だった。なんせ、その後本当に赤くなっちまったんだから。って、何で笑ってんだお前。
・・まぁ、俺としてはだな。そういう事をする側の方がよっぽど冒涜してるし、狂ってるし、化け物だって思うわけだ。
繰り返して、繰り返して。それこそ狂ってやがんのにな。
だけど、そう言いたくなる気持ちも理解出来る。
― なんせそいつには、ないはずのもんが見えてんだからな。
人間、自分と違えば怖くなるもんだから。どう対応するかとなれば、つい力に走る。
いけない事だと知ってはいるが、体が勝手に・・という屁理屈を捏ねたがる。
覚えてる奴は、不幸なのかもしれない。
俺もあの中で、一瞬だけ不幸なんじゃねぇかと考えたよ。
だけどな、違う視点から見た場合そいつはとても希少価値の高い有望な人間という判断だってされることもあるんだ。
そう、今の俺みたいにな。・・なんだその目は、有望な訳がないって言いたいのか?
いやいや、十分基準は満たしてるんだよ俺は。ほら、その証拠にお前今、見えてんだろ?
― この会社が。