勇者、爆誕
異世界に呼び出され、右も左もわからぬままジンと遭遇をしたリツト。
導かれるように神器――勇者の剣を手にした彼は、女神のジン、デウセレナを召喚した。
次に向かうは、彼が救うべき神々の大地。
仲間とともに、少年は勇者となるべく旅を始める。
リツトはやや困惑した、気恥しさが混ざった色を見せていた。
「えーっと、どうだろう。おかしくない?」
腰を捻るようにして周囲の人たち――大猫を含む――に自分の姿をチェックさせているところだ。
「あの黒ずくめよりは、遥かにいいよ。神器を納める鞘が格好いいじゃない」
「リット殿、よくお似合いです。真の勇者、ここにありけり。といった印象でしょうか」
「悪くないですな。むしろ、良い。強そうだ」
三者三様の答えを耳にして、リツトは一度頷く。
黒ずくめのジャージ姿では、遠い国の暗殺集団に間違われる恐れがある――そう告げつつも、ハルバァはにこやかに笑いながら言葉を続けた。『過去に召喚された勇者の装備を身につけなされ』
今でこそ、一つ頷きはしたが、少年勇者はその時のことを思い出すと身震いが起こりそうだった。
「さぁ、お姉さんに任せてくださいね!」
何故だかわからないが、その声は恐怖を誘うものだった。
装備への吟味も拒否も出来ないまま、リツトはライアとメリカに服を引っぺがされてしまう。怒涛の勢いになされるがまま。気づけば勇者の装備を着せられていた。靴下すら剥ぎ取られてしまったものの、パンツだけはどうにか死守出来た己を褒めてやりたい心境であった。
「勇者リットの誕生……だな!」
赤髪の女は、歯切れが悪いが大きな声で勇者を称えた。少年としてはその言葉に一抹の不安を感じてしまう。鏡が周囲になかったため、剣に姿を映してみた。
そして驚く。彼の目に入ったのは何とも異様な姿だった。
『これが、この世界の勇者らしい格好なんだよね?』
鎧のその下にあるインナーは、彼のいた世界でいうところの洋服に近い。タートルネックの半袖シャツは白色で、守り抜いたパンツの上にはひざ丈の黒いスパッツ。衣服の上からは肩、胸、腰部分を金属が覆っている。更に腕は肘から先に手甲のようなものと、足はくるぶし丈の金属製の靴――いずれも中央部分は丸みを帯びながら、先端は尖っている。そのフォルムはどこかデウセレナに通じるものがあった。
「これ、おかしくないんだよね!?」
ねぇ! と念押しで周囲の人物たちへ再度問う。しかし彼女らの目が泳いだことをリツトは見逃さなかった。
「まぁ、鞘は格好いいよ」
「おかしくありませんとも。可愛いですよ、リット殿!」
「強そうでよいではないですか。凛々しいというよりは可憐ですが」
「……脱ぐ」
リツトは勇者の剣を、背の立派な鞘へとしまう。空いた手で、象徴たる冠に手をかけたが――
「ああ、ダメですよ! 勿体ない!!」
誰よりも早く飛び出したメリカに掴まれて、窮する少年勇者。進むことも退くことも出来ない。先程の、服を剥ぎ取られたときのような恐怖感が彼の背筋へ走った。
褒められているのだと彼は理解していたが、可愛らしいはないだろうと渋い表情を作っていた。わざと顔を歪めたわけではなかった。防衛機制でも働いたのか、恐怖から逃れるために自然の内に表情を変えていた。
今リツトが自分自身を見ることが出来たのならば、少し白色の入り込んだ青色、寒々しい印象を持った色を見たことだろう。
「そうだぞ。その鞘だけじゃなくて、胸のプレートも立派だぞ」
ライアが言うように、勇者の装備は立派だった。鞘には細かな紋様が描かれており、胸を守る金属の中央には陽の光を反射する赤い宝玉が飾られていた。
ただ、彼らがその立派な装備を身につけたリツトへの評を“雄々しい”としないのは、いの一番に取り払おうとした冠にあった。
「それは暗に、頭のこれが似合ってないって言ってるようなもんじゃないか……」
「いいえ、よく、お似合いです!」
メリカが握る手にますます力を込めたことから、少年は半ば諦めつつ言葉を紡いだ。
彼の手の下――冠とはいうものの、デウセレナの頭上に輝く王者の証たるそれとは印象が大きく異なる。胸部と同様、宝玉が組み込まれた立派な装備であるが、問題は形状だ。リツトからすればそれは、どこからどう見ても幅の大きなカチューシャでしかなかった。
よく似合う――確かに褒め言葉には違いないが、女物がよく似合うと言われた気がしては、両手離しで喜べるものではない。
勇者は何かの間違いであればと思い、剣の腹に映った自分の姿を覗く――が、そこにはカチューシャを付けた、ショートボブの可愛らしい女の子が苦笑いを浮かべていた。
『こんなことなら、髪は切っておくんだった……』
放ったらかしていた髪は少々伸びて、耳元を隠していた。長髪という訳ではないが、彼の暮らす世界の男がする髪型にしては少々長い。
「リット殿。私が保証しますから、そのままで」
「あ、はい――」
苦笑いを続けていたところ、メリカが今度は肩を掴んでリツトへ顔を近づける。村娘に保証されたところで、とは思わなかったわけではない。ないのだが、輝きながらも血走った瞳を向ける彼女を前に、少年は同意の返事しか出来なかった。
『何で、この村の女の人はみんな顔を近づけたがるのだろうか』
何とか胸中に留めたが、大きなため息を吐きたい気分になって天を仰いだ。すると、不意に彼の肩を掴んでいた筈の力が消失する。様子を察してか、ライアが二人の間に入っていた。
「リット、許せ。メリカの可愛いもの好きは、神でも治せない病なんだ」
「ああ、はい……」
小声、且つぶっきらぼうに風のジン使いが呟くが、心底申し訳なさそうな顔がセットで示されていた。
装備に関しては諦めつつあったリツトであったが、ライアの表情を見て完全に諦めることにした。聞けばメリカの親友である彼女がそう言うのだ――料理は上手なのに、とリツトはメリカの奇行ぶりに、どこか残念な想いを浮かべる。
「では勇者殿、フォークリードへ移動をしましょうぞ」
着替えの騒動が収まったとみて、村長は声をかけていた。嗚呼、ハルバァも格好いいとフォローしてくれないなー、などとぼんやりリツトは考えている。背後では、可憐だとトラネコが繰り返し口にしていたが、それは無視することにした。
程なくして、村の端へ一行は到着した。
「うわぁ……」
村の端――その言葉の意味を理解した少年には、先程とは別種の震えが走った。見やれば、ある点から先は地面がなくなっている。視線で追えば、その下には空が広がっていた。更に視線を上げれば、空の先に浮かぶ大地――ここからでは崖しか見えない――がある。
「ここがバウンダリィの端。そして、あの崖の上に神々の大地が広がっております」
とうとうと語られているが、ハルバァの瞳はやや険しい。リツトには未だ理解出来てはいなかったが、これから勇者を神々の大地へ送り出すのであるから、当然と言えば当然のことだ。
「さて、この先はこの老いぼれはついては行けません。申し訳ない」
足でまといになりますので、と深々と頭が下げられた。自分の祖母よりも年齢の高いであろう老人がそうするのを見て、リツトは気を引き締め直す。
「うん、任せて……なんて胸を張っては言えないけど、出来る限り頑張るよ」
気を引き締めることと、緊張することは異なる。少年は心のスイッチを入れると同時に、笑顔を見せていた。緊張して動きを鈍らせないよう、癖である伸びを一つしてみせる。
『あ、全然違和感がなかったから気付かなかった』
肩当てがあるにもかかわらず、いつもどおりに伸びが出来ていた。金属の重厚さは安心感を彼に与えていたが、その重量は限りなくゼロに近い。流石は異世界、流石は勇者の装備、とぼんやりと感想を浮かべていた。
「でも、どうやってあっちまで行くの?」
伸びを終え、いつもの彼らしい姿勢が取り戻されれば、気軽に質問が飛び出していた。少年の年相応な口ぶりに、老婆は皺を深めて笑みを作った。
「それは勿論、女神の力で行きます。そうですな、まずは彼女を呼び出してくだされ。後は同行するものが説明をしますぞ」
「同行ってカゲトラだけじゃ? ……ああ、ライアが来てくれるんだ」
納得したと神器使いへ視線を送るが、彼女はバツの悪そうな顔をしている。リツトはその様に小首を傾げて返していた。
「いやぁ、オレだけじゃなくてだな――」
「ライアだけには任せられないので、私も行きますね。リット殿!」
声とともに、ポンと誰かが少年の肩を叩いた。肩当てに守られている筈なのに、リツトは何やら危険なものを感じてしまう。
「……メリカさんがっ!?」
「はいな。お婆さまに代わって私、メイセリカが旅のお世話を致しますとも」
にこにこと笑うメリカの姿に、邪念は一切窺えない。先程の一件から、彼女へ反射的に恐怖感を抱いたことを、リツトは心の中で詫びる。
「まぁ、オレは能力が偏ってるからな。メリカに来てもらえると、こっちも安心なんだよ」
ライアの諭すような声に、彼は疑いなどの念を取り払った。彼女がそう言うのであれば、ジンとの争いが待つ旅にメリカを同行させてもよいのだと思えてくる。
そして、改めて少年は村娘――もとい、村長の孫娘へと視線を合わせた。勇者は助けることに夢中で、自分を呼んだ人物をきちんと見てはいなかった。メリカは彼の瞳が向けられたことに、キョトンとした表情で応える。
長い黒髪は片側でまとめられていた。顔立ちは素朴で、平凡な村娘であると言われても疑う余地はない。だが、どこか違う点をと言われれば、その瞳を挙げるだろう。琥珀色の双眸は、焦点がどこに置かれているかよくわからない。不思議な瞳だと、リツトは思っていた。
「リット殿、よろしくお願いします」
「はい、メイセリカさん」
差しのべられた細い手を少年は握り返した。が、何となく相手が不満そうな顔をしている気がしてならない。
「メリカとお呼びください。勇者殿」
「はい、メリカさん」
震えながらも先程同じ語調で答えられたことは、奇跡だと勇者は思った。
何ともバカ丁寧な言葉遣いと睨みをかまされて、リツトの背には本日、何度目かの冷たいものが流れた。詳細こそ窺い知れないのであるが、この底の知れなさこそがライアが彼女を連れて行きたいと言った理由なのかもしれない――と。
「リット殿、二人のことを頼みます」
「あ、リット殿、拙者のことも頼みますぞ?」
ハルバァがお願いするのに倣って、カゲトラも礼をしている。便乗しやがって、と思えなくもないが、必要な説明を受ける間待っていたのだと考えればかわいいものだ。
「よっし、じゃあ三人と一匹で旅が始まるんだね!」
気負うことを嫌うリツトではあるが、声に張りを付けて響かせた。これは己ではなく、他の人――特に少し離れて見守るバウンダリィの村人たちへのポーズであった。
「行くよ、みんな」
今度は同行者、旅の仲間となる彼女らへと向けて小さく言葉を発す。
背中から引き抜いた剣は、少年が持つには少々大ぶりなもの。だが、初めて手にしたときに比べて今は一層馴染みを感じている。なるほど、装備というものの影響が働いているのだな――勇者はにこりとほほ笑んだ。
世界を救うなどというご大層なものへも、気負わず臨むことが出来る。どこまで行けるかは知れないが、この世界で己を試す――挑戦者の心境で、リツトは女神へ呼び掛けた。
「来てくれ、デウセレナっ!」
天に向かって突き出された剣。その柄に埋め込まれた宝玉が輝けば、勇者の目の前に大きな光が含んでいく。戦闘の際は彼を包み込んだ光であったが、今は彼らの前に白きジンが現れる。
『呼び声に応じ、この身は貴方の前へ』
凛とした美しい声が、世界の境界で響く。それはこの世ならざる神のものであると、その場にいるものたちは認識していた。ですが、リツト――そのように続けられた言葉は如何なるものか? 勇者一行は、女神の言葉を待った。
『ですが、リツト――旅の仲間の数には、私も含めておいてくださいね?』
少しばかり怒ったような声音であったが、微笑む雰囲気を醸し出した女神に、リツトは満面の笑顔を返していた。