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リツトの女神召喚記  作者: 三宝すずめ
第一話 女神の呼び声
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勇者と旅立ち

「ごめんなさい」


 柔らかいが芯のある少年の声が、村の端に響いた。


『あなたが謝ることは、ないんですよ?』


 それに答えたのは、こちらも凛とした声だった。女神――デウセレナは己が呼び出し、そして自分を召喚した少年を慮って声をかける。


 大地の神が宿るジン、デイゴーの一撃を受けたデウセレナの腹部には、人間がクグれる程度の穴が空いていた。それを見て、感受性の高いリツト少年は涙ながらに謝っていた。


「でも、でも――!」


 自分より大きなジンの足へ抱きついて、リツトは言葉にならなくとも声を紡ごうと必死になった。


 魔法が使えようが、ジンという神の力は扱いこなせない。力不足の結果、女神に傷を負わせたことをリツトは嘆いていた。


『嗚呼……リツト、あなたを勇者に選んだのは正解でしたね』


「え?」


 金属質な顔は動かない。だが、デウセレナが微笑みに似た雰囲気を振りまいたことで、小さな勇者はその涙を止めた。


『あなたは、無理矢理私に召喚をされた。ですが、それに不平を言うでもなく、私をこの地に召喚した――あなたは、紛れもない勇者です』


 ギギィ、と軋む音が鳴れば、大きな手がリツトの頭を撫でた。硬質なそれに心地よさなどはまるでない。だが、大きな存在に褒められ、少年はこれまでの緊張を取り払って破顔した。


「デウセレナ、これが女神のジンの名か」


 しわがれた声が、リツトと女神の間に入った。


『ハル、お久しぶりです』


「ご無沙汰をしております」


 旧知の友を労うような声に、ウヤウヤしくハルバァは頭を下げた。


「リット殿、女神を呼び出す異世界の勇者よ、頼みましたぞ」


 女神へする以上に丁寧に、村長は少年へ頼んだ。


「……どこまで出来るかは、わからないけどね」


 勇者となることに重責を感じていたわけではない。ただリツトは自信のなさからこのように答えていた。


 カゲトラのような人物にも負ける気はしない。だが、ジンといったロボットを相手に何かが出来るとは思わない。今回は女神の力があったら何とかなった。これがこの先も続くとは思えないが――


 ごめんなさい!


 そんな、デジャヴを思わせる、彼が先程紡いだ言葉を聞いて、リツトは反対側へと首を振っていた。




「ごめんなさい!」


 リツトよりも尚悲愴な声が響く。少年の時とは違い、ガヤガヤと糾弾するような音が飛んでいた。少年勇者が振り返れば、そこには頭を地にこすりつける人――否、猫がいた。


「全然覚えてないんです!」


 周囲からは糾弾する声が続く。陣羽織を羽織った大きなトラネコだ。人間大までにはいかないが、リツトが知る猫よりは遥かに大きく、人語を語るところからそれがただの猫ではないと知れた。


 恐らくは彼こそが先程までこの村を襲った人物――カゲトラなのだろう。


「……はぁ」


 額を押さえて呻くライアが視界に入れば、勇者は気づけば猫の元へと歩んでいた。


「ねぇ……」


 何を言えばよいかもわからなかった。だが、一つわかっていることがあった。何も言わねば変わらないということだ――


「な、なんですか!?」


 怯えたように大きな猫はリツトを見つめながら飛び退いた。その様は猫と呼ぶには人間らし過ぎた。益々少年は、彼をどう扱っていいかわからなくなってきていた。


「キミは、さっきの神器使いかい?」


「あ、はい。多分そうです」


 至極落ち着いて猫――カゲトラは言葉を返していた。自分がカゲトラであると認めたことで、周囲の老人たちは一層避難の声を強めた。


「まぁ、みなさん落ち着いて」


 勇者がなだめようとするが、止まらない。どこからか投げられた石を払いながらリツトは苦笑いを浮かべていた。


「あー、もう、お前ら面倒くさいな!」


 乱暴な声がどよめく群衆の中を割って入った。燃えるような赤髪の女性――ライアだった。


「ライア……」


 ぽつりと名前を呼びながら、リツトは彼女の行いを見守った。


「今この世界はおかしなことになってるとこだろ? んで、攻めてきたジンも勇者殿が追い払ってくれたんだ。お前ら、これ以上何をしようって言うんだ?」


 ジロリと見つめる風の神器使い。実際にカゲトラに痛めつけられた人物がノーサイドと言えば、これ以上外野から追求できるものでもない。


「ありがとう、ライア」


「ん? いや、気にしなくていって。むしろ、リットにはこっちが謝らないといけないんだから」


「え、それって――」


 勇者が疑問の言葉を出していたが、更なる発言にそれはカットされた。


「はい、みなさん。ご飯にしましょう!」


 柔らかくも力強い声。出したのは村娘のメリカだ。大きな鍋を抱えながら、細身からは考えられない程の音を発していた。


「……むむぅ」


 唸るカゲトラであったが、次第に周囲から人は離れていく。なるほど、怒りが収まらなくとも、食事はそれらの意識を切り替える装置になるのだな、とリツトは思った。


『では、またお会いしましょう』


 あれこれと考えるリツトへ言葉をかけて、デウセレナはその姿を消失させた。取り敢えずは食事だ――己に言い聞かせるように少年は胸中で呟き、女神を呼び出した剣を脇に抱えて走った。




「え、ナニコレ!?」


 リツトは感嘆の言葉を漏らしていた。


 用意された料理を口に含んで出した一言がこれである――何の変哲もない麺。それがこの上なく美味であった。小麦のようなものを練りこんで作ったと思われる汁なし麺。簡素なそれであるが、アクセントにつけられた粉、それが味の秘密だ。


「リット殿はお世辞が上手ですね。こんなものでよければ幾らでも」


 空になった皿へ、メリカは鍋から麺を継ぎ足した。


「え、ああ、いや、お世辞なんて」


 リツトは直ぐ様麺を口へと運んだが、先ほどのような感想は得られなかった。


「ああ、リット殿、カリッカの粉をかけてから召し上がってくださいね」


 慌てて食事をする勇者を前に、村娘は微笑みながら調味料を振りかける。白色の粉――何の成分かはまるっきりわからない。だが、それがまぶされるだけでとんでもなくおいしいものになると、リツトは理解していた。


「ふご、むごご!」


 待つということすら忘れて、リツトはそれを頬張った。女顔のリツトであるが、リスのようにがっつく姿は少年らしくはあった。


 出汁すらない、単なる粉がこれ程おいしくなる。これまでに味わったことのない感覚に、少年は異世界に呼び出されたと初めて理解していた。


「これは美味であるな!」


 リツト同様、麺を絶賛する人物――否、猫がいた。その感動を見て、勇者はこの食べ物が実は相当に高価なものではないかと思い始めていた。


「まぁ、これはフォークリードにはない食材だよな」


 淡々と語りながら、ライアは小さくまとめて麺を口にしていた。その様に感動はない。当たり前のように食事をしていた。


 端では、メリカがにこにこと笑いながら食事をする大勢へ水やら何やらの給仕をしている。はいどうぞ――と、自分を苦しめたカゲトラにすら飲み物を勧めていた。


「馳走になった」


 ガヤガヤとする食卓のなか、意志の強い声が通った。木槌のような杖を小脇に抱えた村長のものだ。


「して、リット殿。これからのことだが――」


 水分を口に一拍を置く。その挙動にこの場に集った多くの人が注目を集めていた。


「カゲトラと一緒にフォークリードへ向かっていただくのはいかがか?」


「――ッ!?」


 リツトではないものたちから、驚きの声が漏れた。その中には、カゲトラ自身の声も含まれていた。


「え、拙者と一緒に、ですか?」


 箸を置いた途端に、反動で陣羽織が揺れる。人間の子ども程はある大猫は、疑問符を上げている。


「カゲトラ、お主の最期の記憶は?」


「――神刀を護って、大きな闇が迫って。そこまでです」


 そこに村を襲った野蛮な人物の姿はなかった。


「へぇ、大変でしたね。おかわりどうぞ――ああ、水をお入れしましょうか」


 自分をいたぶったものに対しても甲斐甲斐しく働くメリッカの姿に、村の人たちはいつの間にか悪態を吐くことを忘れていた。


「それが、結局のところ問題だよな」


 粗雑であるが、思慮深い音――ライアはニタリと笑いながら言葉を続ける。


「じゃ、行くか――」


 立ち上がったライアの先、広がる切り立った崖。そこには神々の棲まう――だが、その力が失われつつある世界が広がっていた。


「はい、行きましょう!」


 食事を終えたリツトは瞳を輝かせながら答えた。


 不安はある。世界を救うなど大それたものだ。だが、元の世界に帰る術も知らない少年は心を高ぶらせていた。


 妹を守れる程度には強くなりたい。それが彼の願いだ――この世界を救う頃には、自分は多少なりとも強くなっている筈だ。


「何見てんだよ?」


 美しい、妙齢の女性に睨まれながら、リツトは微笑んでいた。


 この世界には何かとやることが残っている。自分の力がつくことなど、少々打算的な要素を含んでいることを認めながら、勇者はその剣を眼前に掲げていた。




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