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リツトの女神召喚記  作者: 三宝すずめ
第一話 女神の呼び声
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勇者リット

 視界の暗転から立ち直ると、リツトは瞳を瞬かせた。


 当然と言えば当然だろう。いつもの新聞配達を終えたかと思えば、見知らぬ地にいるのであるから。


 コンクリートは一切見えない。いや、その世界の全容すら伺い知れない。木製の屋内に彼は鎮座していた。


『えーっと……』


 心を落ち着かせるために、声には出さず独り言を呟く。


 先程から目に付く木製の建物にあって、天井は高い。壁には布が掛けられており、ぐるりと首を回せば、彼の頭ほどの大きさを保つ水晶が目に入った。


 祭壇――そんな言葉をリツトはイメージしていた。既に違う世界に来てしまったのではないかと、ぼんやりと考えている。だが、木箱に乗せられた水晶を囲むようにしめ縄が垂れ下げられていることから、理解できない文化圏ではないと理解をする。


 ものの配置はわかったが、状況はまったく理解出来ない。彼を囲む人々は、どう見ても人間であった。だが装いが彼の記憶からすれば違和感を生じさせる。


 和服だろうと思う。だが、その細部は異なる。彼が暮らす日本の文化よりも、もっと西よりの民族的な衣装のイメージを受けていた。


 ただ、わかることは自分はあの“綺麗な声”に呼ばれてここに来たのだということだけだ。


「よくぞおいでくださいました――勇者殿」


 忙しなく首を振っていたリツトであったが、眼前から届いたしわがれた声に注意が奪われる。


「おや、どうしましたかな?」


 かすれてはいるが、しっかりとした声だ。その声と同時に、彼を囲んでいた群衆が割れる。


 現れたのは、小さな老婆だった――身長は百五十程度のリツトよりも更に低い。先端が膨らんだ、木槌のような杖を手にした老婆が穏やかな目をして彼へと歩み寄る。老婆の視線は、間違いなくリツトを真っ直ぐに捉えている。


「勇者って……ボク?」


 自らの鼻を指差して、リツトは疑問の声を上げる。ただの中学生、とは自分ではとても言えないものの、他人から見ればただの子どもに見える筈。にもかかわらず、老婆は彼を勇者と呼んだ。


「その通りですじゃ。異国より女神に招かれし御身は、紛う事なき勇者。私はハル。みなからはハルバァと呼ばれておりまして。ここ――バウンダリィの長を務めておりますじゃ」


 して、勇者殿の名前は? 声同様、しわがれた顔の奥で鋭い眼光がトモっていた。


「はぁ……リツト、です」


「リット殿! よい名前じゃ!!」


 何が嬉しいか、老婆――ハルバアとやらは集った民衆に向かって両手モロテを広げて彼を称える。状況が呑み込めないので文句もないが、リットではなく、リツトだ、と少年はついつい訂正しそうになっていた。


「……ハルバァ」


「何ですかな、リット殿」


 思わず言葉をリツトはもらしていた。勇者として呼ばれたにもかかわらず、彼を迎え入れた人の数は少ない。この部屋が天井に比して狭いからとも考えられたが、三十人にも満たない。


「ここの村、なのかな。全部でこれだけ?」


 疑問を口にすると、ハルバァは細い瞳を一層鋭くさせた。それど同時に、一度はおさまったどよめきが部屋を満たす。


「ふむ……ここが小さな村であることには間違いないのですが、これがすべてではありませぬ――勇者殿、こちらへ。まずは、この世界を見て欲しい」


 導かれ、リツトは後を続きその部屋を後にする。二人へ道を譲るように分かれた群衆からもたらされるは奇異の視線――否、少年が日頃向けられることのなかった期待に満ちたそれであった。


 それらを適当にいなして、リツトは進む。だが、違和感が付きまとう。


『大人が、少ないのか?』


 彼が思ったように、集まった人たちの半分は老人で、半分は子どもだ。労働力である大人はここには来ていないのだろう、と自分を納得させてリツトは外へ出た。


「あ――――」


 瞬間、言葉を失った。


 建物はある。だが、そこにはやはり彼が見慣れたコンクリートも車もない。自生する木こそ枯れかかっているが、自然豊かな光景が視界一杯に広がっていた。


 単純に、綺麗だと思った。


「お見苦しいものを見せて、申し訳ございません」


 風景に目を奪われていたリツトへ、心底すまなさそうな声が響いた。


「勇者殿、本来ならば咲き誇る花々であなたを迎えたかった。だが、それは叶わぬ。勇者が呼び出されたということは、この地に――いや、この世界に危機が訪れているということなのです」


 勇者見習いは、その言葉に苛立ちを覚えた。


 綺麗と思った景色が大したものではないと告げられたからではない。彼が素敵だと感じた風景が、実は毒されたものだと知らされたからだ。


「……のどかなところだと、思ってました」


 “生きていれば異世界の一つにでも飛ばされることはあるものさ”これは、彼の師の言葉であったが、今更ながらそれを噛み締める。


 実際に彼は、別の世界へと飛ばされて――呼び出されているのだ。


 きょろきょろと視線を回せば、村の様子がよくわかる。彼からすれば、美しい景色であったが、まばらな建物とそれ以上に人間が少ないことから寂しさを覚える。


「これ、は?」


 視線を彷徨わせていると、先程まで居た建物の上方、石でできた像が目に入った。


「この世界の、守り神ですじゃ」


 自然と、ハルバァは説明を行う。


 建物の入口直上。そこには真に立派な鳥の石像が備えつけられていた。屋敷に飾るには大き過ぎるそれは、綺麗でありながら、どこか寂しそうな印象を受ける。


 呼び出された建物の内側こそ木が目立ったが、外観は像と同様に石で覆われた造りとなっている。それをして、リツトは神殿のようなイメージを持っていた。


 他の建物は木で出来ている。むしろここが異質であるかのように聳えるのは、見た目同様異なった役目が与えられていると理解が出来よう。


「わー、ゆうしゃどのっ」


 あどけない声がリツトの耳へ届いた。そちらへ目をやると、小さな男の子が瞳を輝かせて彼へと走っているところであった。


「あぶなっ――」


 何となく察知をして声を上げたが、とき既に遅し。男の子は地面の窪みに足を取られ、顔を土に埋めていた。


 数秒後に上げらたその顔は涙でくしゃくしゃになっている。


『あーあー……』


 内心毒づきながらも、リツトは子どもへと近づく。その様をハルバァが困惑したような瞳で見つめていたが、気にしない。日頃は人目が気になって出来ないことであるが、異世界まで来て自分を押し殺すことはないと思った。


「ほれ、みせてみな」


 呟くが先か、勇者見習いの少年は子どもの額に手を当てる。


 イメージするは安らかな色――淡い黄色がかった緑を想像した。


「え?」


 その声を出したのは誰だったか。子どもか、ハルバァか、はたまた彼らを囲む群衆か。否、それらの誰もが声を上げていたのかもしれない。


 淡い緑色の発光とともに、子どもの顔――地面にぶつけ擦りむいた箇所の傷が塞がっていくではないか。


「ボウズ、大丈夫か?」


 にっこりと微笑むリツト。頭をぽんぽんと撫でられた子どもは、一瞬は何が起こっているかが理解出来なかった。だが、次の瞬間には痛みが消えていることを自覚して笑顔を見せていた。


「ゆうしゃのお兄ちゃん、ありがとう!」


 純粋な笑顔を向けられ、勇者見習いも破顔してみせた。


「な、なんと――」


 状況を裂くように言葉が告げられた。


 ハルバァが溢したのであるが、驚きは他の村人も同様といったところか。触れるだけで傷を治す、この行為に誰もが恐れの瞳を向けていた。


「あれ……まずかった?」


 呑気に答えるリツトは、何も考えてはいなかった。むしろ、この力こそ彼が勇者として別世界へ呼び出された理由だと思っていた。


 魔法。


 リツトのいる世界では存在が眉唾とされる奇跡。その存在を知るものはそれが世界と交渉する術であって、偶然が呼ぶ奇跡ではないと理解をしている。しかし、それも極少数だ。その魔法を扱うことが出来る僅かな中に彼は、リツトは身を置いていた。


 笑っているのは、怪我を治してもらった子どものみ。他の老人たちは恐ろしいものを見るような目で、リツトから距離を幾分か取り始める。


『ま、こんなもんか』


 頭を掻きながら、少年は観念する。この異世界でも、魔法というものは受け入れられないのだ、と。


 周りがざわめくことが気にならないと言えば嘘になる。それでも子どもが、妹に近い年齢の男の子が泣き止んだ。何はともあれ、それだけで構わないかとも思っている。


「ええい、情けない!」


 驚きの声を上げたのも彼女なら、怒声を張り上げたのも彼女だ。ハルバァは身体からは想像も出来ない程大きな声を上げて、周囲の人間たちを叱責した。


「この世界を救う勇者は我々とは異なる力を持っている!」


 これはみなも知っておろう? やや小さく告げ、後に言葉を続ける。


「リット殿は、幼子を泣き止ませるためにその力を使った。その心は我々と、どこが違うのじゃ?」


「……」


 この言葉に、反論するものはいなかった。むしろ、これまでこの魔法によって奇異な視線を投げかけられてきたリツトも黙っていた。


『ボクがこの世界に呼ばれたことには、意味がある、のか』


 生まれた世界とは異なる地へ呼び出され、勇者と呼ばれる――未だに状況は理解が出来ていない。だが、師が言っていたように、呼び出されたからには、彼は何かを成し遂げねばならない。


 それはこの世界のためでもあり、己のためでもある。


 何を求められているかもわからない。何が出来るかもわからない。だが、少年は先程子どもを癒したその手のひらをじっと見つめていた。


「――はんっ、そんな小さいのが本当に役に立つのかい?」


 突如、高い声が空間を裂いた。誰もがリツトが勇者であることを認めつつある中でのこと。ただ一つ、彼を頑なに認めることはしない。そんな声が響いていた。


「こ、これ、ライア。勇者殿に向かって、何とバチ当たりな!」


 焦るハルバァの視線の先に、その声の主はいた。


『何だ、こいつ?』


 状況の読めないリツトは、村の長がしたように視線をその人物へと投じる。


「勇者の伝説なんて曖昧なもんに頼らないでも、オレが何とかしてやるよ」


 自信とも慢心とも取れるような声。


「……女?」


 つい、こんな言葉をリツトは零していた。


 年齢に比べれば、やや背の高い彼ではあるが、目の前の人物は彼よりも一層背が高い。成人男性程の背丈をしたそれは、女性にすれば高すぎる部類だろう。オレという言葉と相まって、リツトは疑問の声を上げていた。


 ついでに言えば、彼の回りにキツイ言葉遣いの女はいたが。自称が“オレ”である人を見たことはなかった。


「勇者様には、オレが女に見えないようだな。いいさ、女扱いされても困る」


 どうせ今から、お前を叩きのめすんだからな――呟きは自信に彩られ、同時にこれから起こることの宣言でもあった。


「やめよ、ライア!」


 ハルバァの制止も虚しく、ライアと呼ばれた女性は腰から身の丈に匹敵する戦斧を抜き放った。


 リツトの眼前に、分厚くも鋭い鉄の塊が迫る。




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