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リツトの女神召喚記  作者: 三宝すずめ
第一話 女神の呼び声
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勇者を呼ぶ声

 構えた剣を握る拳が震える。


 その拳に込められた力よりも大きく、心臓がドクンと跳ねた。これから起こることに、不謹慎ながら心臓が跳ね上がることを止められない。


「ふぅ……」


 小さな勇者は、心の動きを押さえつけるように息を吐いていた。実際には、息をするだけでも精神は摩耗していく。それ程の窮地に立たされていた。


 頼みの綱は、最早己の身体のみ。


 であるというのに、心が躍るのは何故か?


「行こう――」


 誰に向けるでもなく小さく呟き、少年は駆け出した。呟いたのは、己の弱さを埋めるためだ。


 眼前に迎えるは、表現もし難い巨悪。だが、これを倒すために彼はこれまで旅をしてきた。弱い自分であっても、みなに支えられてここまで来れた。


 ならば、退くわけにはいかない。ここに立つまでに力をくれた人たちが、確かにいたのだから。


「おおおぉぉぉおおおおお!!!」


 これまでに出したことのない大声を上げて勇者――リツトは突き進んだ。




「ふあぁ……」


 大口を開けながら、リツトは自転車をかっとばしていた。


 まだ朝日が差し込み始めたばかりの時刻。街の中であっても、未だ彼以外に動くものはいない。


 リンリン――欠伸をした際に触れたベルが鳴る。だが、リツトはさしてそれには気も留めることはなく、これまでと同じくペダルを踏む足に力を込めた。


 早朝の街中を、一人疾走する。


「さっさと帰って、昨日のゲームの続きをしよう」


 誰もいないこととは知っていたが、ついつい言葉が漏れる。苦学生――もとい。新聞奨学生をしている彼は、さっさと配達を終えてゲームの続きをしようと決意していた。


 これまで一生懸命にアルバイトを続けていたことが実り、ゲームの一つが母親から買い与えられていた。勇者と魔王が戦うシンプルかつレトロなゲームであるが、これが何とも面白い。


 ゲームをするにもそれなりの初期投資が必要であったため、興味はあれど“ゲームが欲しい”とは一言も口にしてこなかった。


 だから、初めて手にしたそれは古臭いものであっても、彼が熱中するには十分だった。何せ、大切にしていると日頃から言って憚らない妹を差し置いても、続きが気になって仕方のないものなのだ。


「んでも……勇者って魔王を倒したら、どうなるんだろうな?」


 エンディングを前に、ふと疑問が過ぎった。言葉にするようなものでもなかったが、誰もいないことから、不意にそんな疑問が口をついていた。


 ゲームの展開に熱中して忘れてはいるが、勇者の目的は魔王を倒すことではない。魔王にさらわれたお姫様を助けることだ。だが、魔王に永らく攫われていたお姫様が人里に戻ってきたところで、そこに幸せはあるのだろうか。


 争いのない少ない世界に住むリツトですら、日々の世界の変化に戸惑うことが多い。否、彼が変わっていないだけで、世界はくるくると回り続けているのかもしれない。ふっとしたことでも世界が変わっていることに戸惑ってしまう。


 ならば、と思う。


 そう。お姫様を置いて、世界は回り続けている――


「あー、そう考えるとクリアしなくてもいいかもな……」


 年齢不相応にゲームに入れ込んでしまっているのかもしれない。そんな空想を繰り広げていたが、あるところで思考は中断された。


「あ――」


 気づけば、お気に入りの場所に辿り着いていた。


 考えている間に、自転車は坂道を登り切る。誰もが通る道ながらも、この時間帯の景色は彼だけのものだった。人が住んでいることは確かだが、この光景を見るものは少ないだろう。


 坂道の頂上で、リツトは声を失ったままその景色を見つめていた。


 登る太陽がもたらす光――それは、自転車をこいで幾度もみた光景であるが――は、彼の心を今も掴んで離さない。ここ最近熱を上げていたゲームの内容すら忘れていた。


「んー……」


 一番高い坂道を登りきったことを確認して、癖の一つである伸びをする。一日はまだ始まったばかりであるが、誰もいない場所で一人活動していることは、何とも得をした気分にさせてくれる。


「さって、行こうか」


 伸びのために組んだ手を下ろし、肩をぐるりと回しながら呟いた。頂上に達した時点で、新聞は配り終えている。後は自宅に帰るだけだ。


『――けて』


「え?」


 ペダルを踏み込もうかとしたところで、リツトは辺りを伺った。


 勘違いにしては随分とはっきりとした声だった――はっきりとは言ったが、耳に届いたものではない。それでも脳にこびりつく程綺麗な声だ。それはまるで、囚われの姫のような綺麗でありながら儚い声だった。


「あちゃー……ボクって、そんなにゲーム好きだったのか」


 むむぅ、と唸りながら自転車のハンドルを握り直す。寝ぼけいていたのかもしれないと、気合を入れ直しての行為だ。ここからは自宅に戻るまでの間、急な坂道が続いている。ぼんやりしたままでは事故を起こしかねない。


「よし、いくぞっ!」


 自分に言い聞かせながら、ペダルを一漕ぎ。次第にスピードは上がり、リツトの短い黒髪が風になで上げられた。


 もう少しで家だ。学校に向かう前に、クリアは出来ずともいいところまでは進められる――そう思っていたところ。


『助けて』


 綺麗な呼び声に、身がふわりと浮かぶ感覚を味わった。


「え?」


 妙な声を上げながらも、どこか安心感は損なわれない。


 瞳に飛び込む効果は、ゲームで村から村へと転移するそれにそっくりだった。




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