佐藤と渡辺
大通りを一筋それたところにある飲み屋街。その通りから四本目の路地を入ってすぐ、北西の寂れたビルの三階。ゴシップ誌やアダルト雑誌を扱う出版社が佐藤の仕事場だった。社員わずか十人のこじんまりとした会社。世間の景気の悪さに抗うことなく、雑誌の売上は順調に右肩下がりだった。
数分前に昼休みを終えたばかりだがこれといった仕事もなく、デスクには気だるい空気が漂っている。社長ですら最近はそんな部下達に発破をかけることも少なくなり、今もデスクで足の爪を切っている。
(ここもそろそろ潮時かな)
佐藤はそんなことをぼんやりと考えながら、小さくウィンドウを開いてアダルトサイトを眺めていた。
「佐藤さぁん」
不意に後ろから呼ばれて振り向く。後輩の渡辺が、横着に椅子にも座ったままゴロゴロと近付いてきた。
「佐藤さん、ちょっといい感じの見つけたんですけど」
「後にしてや。俺今超忙しいねん」
「あ、橋山マナミだー」
「お、知っとるんけ?結構マイナーやろ、こいつ」
「俺結構詳しいっすから。でも、ダメですよ仕事中は」
渡辺は佐藤の直属の後輩で入社二年目のまだ新人だった。所謂イケメンで物腰も柔らかく、しかし会話のノリも悪くないため社内では可愛がられている。それでもこんな傾きかけた会社に入るだけあって、頭の方はあまり良くないらしい。確か入社したての頃、高卒でその後は土木関係でしばらく働いていたというようなことを話していたのを佐藤はうっすら覚えていた。
「仕事中も休憩中もさして変わらんけどな。で?なんや」
椅子ごと振り返り、佐藤はタバコに火をつけた。ちなみにこの会社の社員は全員喫煙者だ。
「はい。ちょっと面白いの見つけまして。ほらこれ」
渡辺が手渡してきたのは、webサイトを印刷した一枚のコピー用紙だった。どうやら心霊スポットの口コミサイトらしい。渡辺がこれです、と指した見出しを目を細めて見る。
「『トンネルに、自殺した女の霊』……?」
「はい。一年前にここで自殺した女がいるらしいんです。で、それから頻繁に事故が起こるようになって。それがこの女の呪いじゃないかって」
「しょうもな」
佐藤は鼻で笑ってコピー用紙をデスクに放った。渡辺があっと小さく批難めいた声をあげる。佐藤はタバコの煙を大きく吐き出してため息をついた。
「あんな、今日日誰もこんなもんで喜ばへんねん。ベッタベタやないか。これやったらその辺の売れへんアイドルを心霊アイドルとか言うて特集した方がよっぽど売れるわボケ。まぁな?こんな空気で真面目に仕事しとったっちゅうんは?偉いと思うで?そこは褒めたろ。でもなぁ、肝心のネタがなぁ……これじゃあなぁ……」
「で、でも!」
佐藤の遠慮ない説教に渡辺が口を挟んだ。
「これ、場所比較的近いから行きやすいと思いますし、俺の土方やってたときの先輩にも噂聞いたんですよ。だから信用できますし!」
土方の先輩に聞けばなぜ信用できるのかは佐藤にはいまいちわからなかったが、体育会系とはそういうもんなんだろうな、と灰皿に向き直った。その時ちらりとその心霊トンネルの名前が目に入った。
「屋馬橋トンネル……?」
「そうなんですよ。近いでしょ?ナビで見たら30分くらいで……」
「渡辺ぇ!!」
佐藤が突然大声を上げたので、渡辺の肩がびくりと震える。しつこすぎて怒ったのだろうかと身構えていたが、続く佐藤の言葉は予想外のものだった。
「でかした」
「え?」
「素晴らしい。渡辺、お前はやっぱりできるやつや。前からそう思ててん。ははははは!!ほな今晩下で待っとるさかい」
「え?今晩?行くんですか?」
「当たり前やろ!記者は足で稼ぐもんやからなぁ。今日夜九時。遅刻したら呪い殺すぞー」
上機嫌に部屋を出ていく佐藤を、渡辺は呆然と見送っていた。