第7話 父との初対面
母さんからあの話を聞いた次の日。俺は唐突に、父親から呼び出された。
今は侍女二人に連れていかれているところで、母さんも一緒にいる。
無表情な侍女に連れられ、これまで来たことのなかったエリアである家の奥に向かって進んでいく。相変わらず趣味の悪い無駄にキラキラした調度品が並ぶ広い廊下を歩き、俺は嘆息する。
母さんも呼び出されることを知らなかったようだが、あの話を聞かされた後に会うのは非常に遠慮願いたい。
人伝の印象だけで決めつけてしまうのはよくないかも知れないが、少なくとも自分の唯一とも言える心の許せる存在に全然いい印象を与えていない人に、何かを期待しろというのは無理な話だ。
「ねえ、テラスちゃん大丈夫?」
どうやらそんな溜息交じりの表情を見られてしまい、心配させてしまったらしい。母が小声で話しかけてくる。
母さんこそ会いたくないだろうに、心配させてしまったことを申し訳なく思う。
「大丈夫だよ、お母さん。少し緊張してるだけだから」
「そう……。無理もないと思うけど、どうしても嫌だと思ったらお母さんに言うのよ? なんとか頼んで、面会を断ってくるから……」
そう言ってくるが、断ってしまった場合、話し通りの人であれば何かしらの罰や嫌がらせを与えてくるはずだ。
母さんを悲しい目にはあわせたくないし、ここは我慢するしかないだろう。
「大丈夫だから、そんなに心配しないで?」
「そうね……わかったわ。じゃあ、一つ約束をして欲しいの」
「?」
母は一拍間を置き、真剣な表情をした。
「お母さんがあの人に何を言われようと、何をされようと、我慢して、怒らないようにしてね」
「それは……どういう意味……?」
「……たぶん、すぐに分かると思うけど、とにかく約束ね?」
釈然としない気持ちはあったが、これ以上は話してくれなさそうなので素直に頷く。
そんな話を二人でしている内に、とうとう父親のいる部屋まで来てしまったようだ。
「どうぞ、お入りください」
侍女の平坦な声とともに豪奢な両開きの扉が開けられ、部屋の中が見えてくる。
何処で会うのだろうと思っていたが、どうやら謁見の間のような場所ではなく食事処のようだ。
天井はまたかなり高く、ど派手に輝く金のシャンデリアが見え、中央にある細長い大人数用のテーブルには清潔そうな白いテーブルクロスに、色とりどりの料理が並んでいる。
そこのテーブルの端、俗に言えば誕生日席に一人の男が座って食事をしていた。
やや小太りで、服装はゴージャスを通り越して目が痛いほどの宝石があしらわれている。
金髪碧眼で、かなりの美形なのは確かなんだが、小太りなことと冷たい雰囲気が台無しにしている。
おそらくだが、この人が俺の父親なのだろう。
【叡智の選定者】で能力鑑定を行うと……
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クラップ=エンドルフ 人間族 ♂ 42歳
Lv26
[クラス] 魔導師
[クラススキル] 魔法増強
[魔力] 322/322
[魔法] 基本属性 氷 雷
火2 水3 風3 土2 無2 氷4 雷3
[スキル]
威圧Lv2
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スキルは少ないが、かなりの能力を持っていることがわかった。
エンドルフの家系は代々氷の属性を持つものが当主になると本棚の歴史書に書いてあったのだが、雷の属性もあるということはさらに他の貴族との子ということなのか?
ちなみに、他国がどうかは知らないが、派生属性を持っている者が貴族であることが多い。
血筋を重んじる貴族は自然とそうなっていったそうだ。
部屋の中に入り、母が跪いたので俺もそれに倣う。
父親は食事をやめ、こちらを向いて話しかけた。
「顔を上げろ」
一声で傲慢さが滲み出るその言葉と声音に、やはりか、と顔に出さないながらも嫌悪感と緊張が走る。
できる限り感情を顔に出さないよう気をつけつつ、父親へ顔を向ける。
「ふむ、お前がヒトモドキの子か」
瞬間、自分の母を侮辱されたことに頭が沸騰しそうな感覚を覚える。
今すぐに怒り狂って顔面をぶん殴りたいが、母との約束を思い出し、必死に感情を顔に出さないように耐える。
「お前に俺の容姿が受け継がれなかったのは助かる。ヒトモドキの子が俺と同じ見た目をしているなど虫唾が走って敵わんしな」
ああ、俺もお前と似てなくて心底嬉しいよ。
声には出さず心の中だけで罵倒して、心の安寧を保とうとする。だがそれも、ほとんど効果が得られない。
「余興の一つと思い育てることを許したが、改めて思うと気持ちの悪いことをしたものだ。俺の高貴な血がお前のその下賤な身に流れていると思うと食事がまずくなる」
こいつはまだ言うか……。
「お前の母親もマシな見た目をしていたから買ってやったが、とんだハズレだったぞ。泣かぬし媚びぬし怯えぬし、まるで人形のようだった。いや、確か種族も人形だったか?」
こいつは……………………
「せめてお前は何か楽しませてくれよ? そうだ、お前が七歳になったら家の暗部に預けてみるか。素晴らしい暗殺者になれるぞ? もっとも、使えん奴はすぐに殺されるらしいがな」
そう言い父は……、いやアイツは愉快そうに嗤う。
ここまで腐ってる奴とは、予想の上を行っていた。人を見下すことに愉悦を感じ、あまつさえそれを隠そうともしない典型的なクズだ。
ふと母の方を見ていると、アイツを睨んでいた。
自分の最愛の息子を徹底的にバカにされたせいで、感情が隠しきれなくなったのだ。
しかしそれは母が俺に言った注意を逆にしていないという事で……。
「……なんだ?その反抗的な目は」
アイツは椅子から立ち上がり母に近寄っていく。俺は咄嗟に立ちふさがり、止めようとしたが、
「邪魔だ、屑が」
アイツは俺を容赦なく蹴飛ばした。
いきなりのことで身体強化を使うこともできず、蹴りをもろにくらい、吹っ飛ばされる。
鳩尾あたりを蹴られたせいで肺から空気が抜け、息が出来なくなる。
「っっかはっ!! っぁ! っぐ……! ま、まって!」
そんな俺の声は届かず、アイツは母さんを拳で思いっきり殴った。
躊躇なく、顔をだ。
ゴッ! と音を立ててぶっ倒れた母さんの髪の毛を掴んで起こし、大声で怒鳴りつける。
「奴隷の分際で主人を睨むとは身の程を知れ! 出来損ないの人形の癖に生意気が過ぎるぞ、ゴミが!!」
アイツは母さんの顔を思いっきり地面に叩き付け、その後頭部を踏みつけた。
「ぁがっ!! ぁぎぎぁっっ!!」
悲鳴を堪えた母さんの呻きが聞こえてくる。
俺を出来るだけ心配させないように、我慢してるのがありありと分かってしまって……。
俺は、かつて無いほどの怒りに見舞われ、涙を流し、唇を噛んで血を流しながら、アイツを母の上からどかすために魔法を放とうと思った。
だが、魔法を放つ前に俺達が入ってきた扉とは違う片開きの扉から、執事だとひと目で分かるような使用人が入ってきた。
執事は今の光景を何でもないかのように無反応で、アイツに向かって礼をして要件を告げた。
「旦那様。ピラード伯爵様がいらっしゃっています。面会を御希望との事ですが、いかがなさいますか?」
「ッチ、無視すれば後がうるさい。すぐに向かう」
アイツは不機嫌そうに吐き捨てて、母さんから足を離し、執事について行こうとした。
しかしその足は、ふと、一度立ち止まった。そしてアイツは思い出したかのように言った。
「そうだ、あやつを紹介するのを忘れていたな。紹介しよう、先日雇った護衛だ」
次の瞬間には、アイツの隣に人が立っていた。
蜥蜴のような緑色の鱗を皮膚の一部に浮かび上がらせ、爬虫類のような黄色い目と尻尾を持つ男だ。
髪の色は茶色の短髪で、黒色の鎧を急所だけにつけた軽装をしている。
「呼んだか?」
「うむ、こいつらにも紹介してやろうと思ってな。それでこいつらを呼び出したんだが忘れてしまうところだった。貴様らにも紹介しよう。先日雇った凄腕の護衛、バンディットだ」
アイツはまるで自分の新しい玩具を自慢するような雰囲気で俺たちにその人を紹介した。
誰でもいいから自慢したいという気持ちがアイツから如実に伝わって来たが、そんなことはどうでもいい。
ヤバイ、と本能が警戒していた。
目を見るだけで足が震え、息が乱れ、動悸がどんどん酷くなる。
蛇に睨まれた蛙、まさにその心境を体に直に分からせるかのように、かつて味わったことの無いほどの圧迫感を感じる。
圧倒的強者の前に初めて対峙した自分に生まれたものは、畏怖そのものであった。
今すぐにでも尻尾巻いて逃げたいと全身が言っているような気さえする。しかし、逃げるにしても少しでも情報が欲しい、そう思った俺は【叡智の選定者】、鑑定を使った。
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バンディット 竜人族 ♂ 231才
Lv112
[クラス] **戦士
[クラススキル] **戦*の**
[魔力] ****/****
[魔法] ****
無* **
[スキル]
気*察*Lv*・バーサ*クLv*・****Lv*・剣*Lv7・捨て*Lv*・状*異常**Lv*
[ユニークスキル]
**の***Lv*
[種族固有スキル]
*の*命力Lv*
***化Lv*
[加護] **神の**
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抵抗された………………!?
成功しなかったことに驚き、その僅かに見れたステータスに恐怖する。
なんだこのレベル……それにスキル……完全に化物じゃねぇかよ……!
様々な本で読んだ勇者や魔王、それに連なる人外のバケモノ達が持っていたというステータスに近く、まさに災害そのものの力を持っていることが分かる。
可視化されたステータスだけではなく、それ以外になんとなく伝わってくる情報も……相手が強大過ぎて理解不能という解答とも言えないモノばかりであった。
そして俺の、通常スキルより完全上位であるはずの【叡智の選定者】を抵抗した張本人は……、
こちらを見て
ニィっと
ワラった。
っっっっっっっっっっっっっ!!!!!!
心臓を掴まれたような感覚を感じ、体全身が震え始める。
気を抜けば、その場で漏らしてしまいそうな、いやそれどころか気を失ってしまいそうだった。
思わず叫んでしまいそうな恐怖に耐え、倒れないように踏ん張る。
倒れてしまったら、俺が終わってしまいそうな気がして、歯を食いしばって意識を保った。
俺の恐怖する姿を見てアイツは満足したのか、「さて、伯爵に会いに行こうか」と呟き、その災害のような護衛と執事を連れて部屋を出ていった。
あとには、ボロボロの母と、緊張の糸が切れてへたり込んだ俺だけが残った………………。