第70話 黄龍戦前編 圧倒的防御
現れた超巨大黄金龍。
事前に出現を予想していたとはいえ、約50メートルという規格外大きさに圧倒される。縦にすればビルにして15階建て以上の大きさだ。
容姿は、伝承の東洋龍そのまま。トカゲを鋭角的にした様な顔、鋭い牙、何本もある尖った角、黄金にも見える黄色の鱗、蛇のように細長い体。……細いと言っても長さの対比であり、サイズが大きすぎて実際にはとんでもない太さなのだが。
こいつが大ボスというならどれほど強いのか。唾をゴクリと飲み込むように緊張しつつも、手際よく解析を行った。
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コウリュウ ♂ 490歳
MLv39
[種族基礎値]Lv53 相当
[魔力] 252044/253007
[スキル]
硬化Lv8 指揮Lv6 気配察知Lv6
[種族固有スキル]
土法操作Lv8 自動判断Lv6 ブレスLv7
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総合レベルにして92。俺のレベル70から考えれば、正に圧倒的な差だ。
硬化、指揮、気配察知、土法操作、ブレスは今までの経験からある程度分かるが。自動判断とは一体なんなのか。
詳しく解析していきつつ、コウリュウの様子を窺う。
コウリュウは地上約10メートルを浮遊していた。起きたばかりなのか、未だ俊敏に動く気配はない。
されどその瞳は周囲をゆっくりと見まわし、状況把握を行っている。
そして何かに気付いたようだ。
おそらく気付いたことは、四聖獣が全員居なくなっていること。そして、俺達がここにいる事だろう。
俺は【思考加速】を存分に使って、コウリュウが状況を把握し整理する前に作戦を考え、全員に【念話】でそれを伝える。
作戦なんて大袈裟な言い方をしたが、まだコウリュウの全容を把握していないため、行動方針といった方が正しいか。
各々の役割をきちんと全員が理解したころ、俺達へ向けコウリュウが咆哮した。
「ギィアォオオオオオオオオオオオ!!!!」
ただの音声であるにも関わらず、ビリビリと物理的な威圧をぶつけてくる。その声に含まれていたのは憤怒と、弱者への宣告の様な物。自身こそが力の体現であり強者なのだと宣言しているように見えた。
とはいえ、その程度の咆哮で怯むような生き方をしている者はこの場にいない。気を引き締めはするものの過度な緊張をすることは無く、速やかに行動へ移る。
「散開ッ!!」
「「了解!」」「りょーかいっ」
四人で大きく四角形を書いて囲み、コウリュウの意識を分散させる。コウリュウは首を振って囲んできたものを見ているが、仕掛けてくる様子は無い。
そしてまず、コウリュウから見て右側面に移動したマナが牽制攻撃をする。
放つ攻撃は得意の“ブレス”。ほぼノータイムで放てるためマナの隙はあまり無いし、適当だろう。
様子見の牽制にしては少々オーバーだが、一方でコウリュウの大きさを考えれば妥当とも思える。
「ていっ!!」
ピカッッ――ドォォォォオオオオオオオオオオオオオン!!!
マナが突いた右手の正拳から広範囲殲滅砲撃が発射される。ただの土なら原子レベルに分解、長い間浴びせればプラズマ化すら起こす砲撃は、確かに顔付近に直撃した。
恐ろしきは、横からとはいえ広範囲砲撃に飲み込まれないその巨大さか。威力、精度共に悪くないモノだったのだが……コウリュウは、無傷だった。
――訂正しよう。真に恐ろしいのは、強固な鱗や【硬化Lv8】【土法操作Lv8】などに裏打ちされた、圧倒的な防御力だ。
受け流すのではなく真正面から受けて無傷とは……俺の瞬間最大防御力を常に持っているようなものか。
さらに当たり前のように【気纏】も使っていて……ここまでとなると頬が引き攣るのを感じる。防御力が高いのは分かっていたが、これほどまでとは。
俺は驚きながらも攻略法を冷静に考えるが、コウリュウも黙ってやられ続けるわけではない。
【土法操作】を使っての狙撃、環境変化させての不意打ち、あらゆるパターンを警戒し、コウリュウの動きを観察する。
コウリュウは無傷とはいえ攻撃されたことでさらに怒りを感じている筈なのだが、それがあまり見られない。しかし、気の波動は荒ぶりまくっていて、怒り具合が分かるというものだ。
つまり、感情の爆発を抑えている。
本能ではない、他四匹にはあまり見られなかった高い理性が垣間見え、俺は警戒心をさらに高めた。
そして、コウリュウが動く。狙いは――全員。
「ッ!! 跳べ!!」
ドゴンッ!
地面の魔力に違和感を感じ、咄嗟に発声による指示を全員に出して、その場から跳ばせる。俺を含め四人が居た足元からは、人一人を鷲掴みに出来るほどの巨大な土の手が生えていた。
――【土法操作】
コウリュウにとってこの場は、もっとも有利な地形。地面、壁、全てを味方に出来るのだ。
さらに、生えた腕からそのまま体部分も出現していく。ガキガキと岩の削る様な音と共に現れたのは、体すべてが土で出来た顔無しのヒト型ゴーレムだった。
全長五メートル程か。ただのゴーレムならいいのだが、この“溜め撃ちブレス”でも崩壊しなかった特別な土と【土法操作Lv8】の結晶の体は、つまりこれもまたブレスを防ぐ程硬いという事。
マナがポンポン使っているからそんなに硬く思えなくなってしまいがちだが、小さな町なら一撃で壊滅させられる砲撃だ。
そのクラスの攻撃をするには大体溜めがいるし、隙が出来ると言うのはそれだけ厳しい戦いになってしまう。
だが、ゴーレムはそんなに速くないと相場が決まっている。今までゴーレムと戦った数は少なくとも、確かにそうだったのだ。この不帰の森でも。
だからこそ、リザクラはあえてゴーレムを無視し、コウリュウへ【縮地】した。
「シッ!!」
神速移動。その速度にコウリュウは当然対応出来ず、リザクラの居合を許す。今まで機をうかがい鞘に溜め続けられた【闘気】が、その刃へ伝い異常な切断力を発揮する!
ガッギィィィィン!!!!
そして――50センチ程の深さまで刃を通す結果を残した。
胴体半ばの大きな傷、本気の居合故に【気纏】を容易く無効化し、そのブレスすら防ぐ規格外の鱗を間違いなく斬ったのだ。
「――浅い」
だが、俺達にとって深くとも、ビルのように巨大なコウリュウにとってはかすり傷に等しい。
リザクラはそれを瞬時に判断し、もう一度【縮地】して俺の隣に降り立った。
――瞬間。
予想していなかった事態が起こっていた。リザクラが【縮地】で移動する前の場所、コウリュウの胴体に、リザクラを狙っていたゴーレムが居たのだ。
リザクラがコウリュウへ【縮地】して居合、また【縮地】で離脱した時間は一秒強。つまり、――ゴーレムはその僅かな間に移動したと言う事!
「速いぞ!! 気を付けろ!!」
今までゆったり動いていたゴーレムたち。だがそれはダミーであり、油断を誘い一気に潰すためのフェイントだったのだ。
そして、ゴーレムたちは音速に近い速度で動き出す。明らかに常軌を逸した超高速機動。それが、俺達にそれぞれ対応する四体全員分だ。
嘘だろ……。そんなつぶやきを心の中でしてしまう。
魔法で作られるゴーレムはごく一部を除き手動だ。仮に自動でも、とても簡単な動きしか出来ない。
要するに音速機動のゴーレムなどはどんな手段であれ、一体を制御するだけで異常となる。
百歩譲って、力場やスキルや本人の特性などでスピードは可能として、実力から手動制御もなんとか出来るとして……それを四体同時とはどういう事か。
しかし、その答えはすでに“解析”されていた。
――【自動判断】。つまり、操る人形、ゴーレムの動きをオートに出来ると言う事。現在進行形で使用しているから、さらに詳しく調べられ、その使用範囲制限が自身の認識出来る範囲とイコールであることも分かった。
しかし、【気配察知】でその範囲もとても大きい。
厄介。その一言に尽きた。
少しでも状況を改善する手を考えつつ、俺を狙ってきたゴーレムへ対応する。音速で伸びてきた巨大な右腕。魔素や力場の関係でソニックブームは起こらないが、掠っただけで致命的なダメージを負う事には変わりはない。
それを少し余裕を持って躱し、そこから関節を狙い、【貫牙】など貫通攻撃スキルを応用させ、剣を突き通す。
しかし、数センチしか刺さらない。あまりにも硬すぎるのだ。
ちょっとした検証のつもりの攻撃だったが、その硬さに苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。
そんな俺に出来た一瞬の隙を狙って再度逆の拳を振るうゴーレム。
俺は下がるのではなく一歩踏み込んでゴーレムの影を踏み、スキルを発動して一瞬敵を拘束する。そして出来た僅かな隙に、俺は懐から脱出した。
スキル【影縫い】、前世の伝承と違い物理的拘束があるが、強者は拘束から一瞬で抜けやがるために、こういう使い方をしている。
それにしても……【ブレス】を防ぐ大地から作られたゴーレム。対処法はあれど、簡単には倒せない。
傷つけた部分がすぐさま直った事から、例え倒しても地面から素材が補給され、何の意味も成さないだろう。
音速機動も対応は出来るものの、各人の余裕を奪うには十分だった。
そして今、何よりまずいのは……。
「ギュォォオオオオオオオ……!!」
コウリュウがフリーであるという事……!
例えスキルの内【土法操作】【自動判断】がゴーレムに集中していたとしても、まだ【ブレス】が残っている。
スキルの同時使用が出来ないなんて甘い話は無く、容赦ない攻撃準備を奴は始めていた。
コウリュウの今の叫びは、【ブレス】の溜めの動作。吸い込むだけで轟音を響かせ、結果となる“ブレス”の威力を匂わせる。
あと数秒で破壊の嵐が迫りくるだろう。【ブレスLv7】ともなればそれ単体すら防ぐのは厳しいのに、ゴーレムを相手しながらとなると極めて難しい。当たれば大ダメージは絶対不可避だ。
しかし、俺達四人はゴーレムに手一杯だ。止めに行けるほどの余裕のあるものはいない。
いや俺は出来ない事も無いが……切り札をいくつか切ることになる。今の段階では出来れば避けたい。
メイレーも余裕が無いことを知りながらも、【念話】で少し無理言って俺達の強制転移の準備をさせる。成功率は低いだろうが、しないよりはマシだ。
そんな保険を一応用意したが、俺は何の心配もしていない。
大丈夫だ、これは俺達には、当たらない。




