第69話 四聖獣との戦い 各々の成長
俺は目の前にいる白き虎を見据え、【気魔分身】を使う。気と魔力で出来た分身。
分身の能力は、自身の素の能力と込めた気と魔力に依存し、技量の再現度はスキルレベルに依存する。
スキルレベルもLv4と低めでまだ使いこなしているとは言い難いが……気配は本体と同一であり、実体があるため見分けるのが非常に困難。
基本的には最初の“意思を強く込めイメージした命令”に従い行動するが、スキル【人形操演】で魔力ラインを繋げれば自由に動かせる。特に【並列思考】を持っている俺ならば精密な動作が可能だ。
その分身を現在最大数のより一体少ない三体出現させ、全員で囲む。
突然増えた俺に困惑するビャッコ。分身という概念が無ければ、全てが本体とすら錯覚してしまうだろう。
「グゥ……」
ビャッコが戸惑っている内に、次の手に移る。
分身を含めた四人で魔力を拡散させ、俺の魔力を周囲に充満させる。ビャッコも警戒し、じりじりと包囲を抜ける機会を窺っているようだ。
俺の魔力が周囲へ完全に行き渡った時、スキル【暗闇空間】と【無音空間】を発動した。
瞬間、ビャッコの周囲が一切光を通さない煙に包まれ、一切の音がしなくなる。
【気配察知】は、気の波動と五感から周囲を察知するスキル。当然、同じ臭いと気の波動を持つ分身に囲まれ、光や音を封じられれば何も分からなくなるのだ。
俺はビャッコがその空間にいる間に【気魔分身】をもう一体作り、入れ替わる様に自分は隠密系スキルで姿を消した。
これでビャッコの目に入るのは、分身のみ。
ビャッコは野生の勘に従いその場から跳躍する。一足で100メートル程度も跳ばれ、音も無い暗闇からいとも容易く脱出されてしまった。別に拘束していたわけじゃないのだし、当然だろう。
「グルルルル……」
静かに、しかし強い憤怒を込めこちらを睨むビャッコ。普通なら萎縮するそれを無視し、分身四人を向かわせた。
音速には届かないまでも、高速で走る分身体。【気纏】……に見えるだけの【闘気】の膜で風圧を相殺し、駆け抜ける。……【気纏】はまだ分身体には使わせられないんだ。
誰ともない者に心の中で言い訳しつつ、本体の俺もビャッコの傍にそっと近づいて行った。
そして――分身体が、ビャッコへ接触する。
「ガァァアアア!!!!」
空気を震わせる、巨大な猛獣故の重低音の叫び。掌だけで俺の身長ほどもあり、その巨大な前足にある【剛爪】で、俺の分身体を一撃で粉砕した。
その攻撃力は、本体の俺ですら致命傷間違いなしだ。
――だがしかし。
「――接触攻撃で、破壊したな?」
血も流れずバラバラになる分身体が、俄かに輝きだす。
――種族固有スキル【爆体】――
本来は、体の表面を爆発させ相手を攻撃するスキル。それを【気魔分身】と併用し、分身体の芯を爆発させる。
大量に込められた魔力を火薬としたそれは、上級魔法を越える爆発となる!
ドォォォォォン!!!
「ガァッ!! アァァアアアッ!!!」
零距離の爆発。ビャッコはその強靭な皮膚故に分かりやすいダメージは無いが――衝撃は通る。
しかし、ビャッコの【気纏】により幾分か、肝心の衝撃も減らされている。持ち直すのも容易だろう。
だからこそ畳みかける。
ビャッコが爆発で上体を浮かせている僅かな時間に、残り三体の分身も連続して接触する。
一人一人が目、口、関節の内など金属の皮膚が薄い所を狙い、突きを繰り出す。弱点を的確に狙った攻撃。怯んだ状態からは避ける事は出来ない。
故に――分かっていても、フリーなもう一方の前足で防がざる負えない。
ドォォォン! ドォォン! ドォォォン!!
「グッゴアァアアアアア!!!」
そこからの三度の爆発には、ビャッコも我武者羅だった。上体が持ち上がっている姿勢から立て直すことも出来ず、さらにガードする度にダメージを負う。
痺れる前足で無理矢理分身体を破壊し続けて、ひっくり返る寸前まで上体が反らされる。
しかし、それも終わりは来る。ビャッコは四体目の分身を倒し、後続は無いと意識的にも無意識的にも――気を抜いてしまった。
上体が地面に降りていく。地面に着いている後ろ脚も体勢が悪く、この動作を止められない。
だからこそ、下に俺がいるッ。
今の攻防で衝撃は多少通ることが分かった。剣での斬撃は余程のクリーンヒットでなければ傷が着かず、打撃に変えた方が良い。剣を鞘に納め、狙いを定める。
……とっておきだ。
「グゥ!?」
今になってやっと俺が真下にいることに気付くビャッコ。俺は腰を落とし、踏ん張りを利かせ、筋肉を収縮し――爆発させた。
【剛腕】等身体強化スキル発動!
拡散させ破砕する拳ではなく、収束させ衝撃を貫通させる刺突の様な掌底を!!
「【心停掌打】!!!」
ドムッ!!!!
「――――ッ!?」
胸部、正確には心臓部に突き刺さる掌底。俺の小さな手から膨大な衝撃がロスなく伝わり、体格に見合った巨大な心臓へ達する!
その結果起こる現象は――心室細動、致死的不整脈。心臓の痙攣。
タイミング、必要衝撃を全て満たし、スキルによって奇跡的な技術を成功させた。
俺はサッとその場から離れる。離れた瞬間、ビャッコは崩れ落ちた。
ズゥゥゥン……。
ビャッコが倒れただけで重低音が響く。
打ってみて思ったが、ビャッコが意味不明な程重かった。5メートルの巨体と金属のような皮膚は伊達じゃないらしい。
そんなビャッコの様子を窺えば、白目を剥きかけてぶっ倒れていた。心臓が痙攣し血液が送れていないのだ、肉体を持つ生物である限り当然だろう。
俺は一つのスキルを練りつつ、様子を窺う。
「……ゥ…………グ……ガ……」
ややあって…………ビャッコが体を起こし始めた。……予想範囲内とはいえ、一時心臓機能を完全停止したにも関わらず起き上がるその姿は、まさに化け物と言ったところだ。
「はぁ……」
俺はこれからすることに溜息を吐きつつ、――ビャッコへ今一度疾駆する。
速度は初回と同じく超音速。脳へ血液が上手く回っていないらしいビャッコは、しかしその超常的な肉体故に反応を示し、俺へカウンターを決めようとしている。
とはいえ、弱り切った一撃。窮鼠猫を噛むという可能性に気を付けながら、迫りくる前足をひらりと避け、ビャッコの口端に手刀を向かわせる。
ボロボロの体でまだ【気纏】が解けていないビャッコに驚き呆れつつ、それを【闘気】【崩潰】等で相殺して確実に口端を少し切り裂いた。
それだけで俺はバックステップして離脱する。大きく距離を取り、俺はビャッコへ追撃を仕掛けるでもなくただただ見ていた。
そんな俺の様子を訝しみつつ、少しでも体を休めようと動かないビャッコ。よく見れば、血液、気の器官、魔力器官などすべてが高速循環し、自然治癒力を高めているようだ。
スキルなどではない、重ねた年月の経験による技術だろう。
その姿を憐れみつつ、俺は周囲を睥睨する。
さて、単独特攻をしていた俺が、なぜ今まで他の四聖獣たちに狙いを定められていなかったのか。
それは――周囲の光景を見ればよく分かる。
メイレーが、リザクラが、マナが、各々の担当する四聖獣と戦っているのだ。四聖獣が全員持つ【連携】を封じるための戦法だった。
まずはリザクラ。
東洋龍の様な体を持ち、空を蛇のように進むことの出来るセイリュウを相手に、大立ち回りをしていた。
というか蹂躙していた。
リザクラは、500メートル程となかなか遠い左右の壁を反復横跳びのように【縮地】して、見えない速度でセイリュウへ跳んでいる。そしてセイリュウへ接敵する瞬間、居合で切り裂いているのだ。
セイリュウはそれに何の抵抗も出来ていない。
全長20メートル、幅2メートル程度の巨体がボロッボロに切り刻まれていた。もはや青く綺麗な鱗は血だらけで赤く染まっている。
本人があまり好きではないから刀を【闘気】で伸ばしてないだけで、もし伸ばしていたらセイリュウは輪切りにされていただろう。
いやむしろもう殺してやれよって言いたくなるぐらいに、ザンッザンッザンッザンッザンッザンッザンッ!!! とリズミカルに切り裂いていた。
セイリュウに視線を定めればリザクラが速すぎて見えないため、突然体が切り裂かれているだけに見える。
もはやホラーだった。
……何の弁明か分からないが弁明しておくとだ、セイリュウは【生命活性術】【気脈活性術】【魔力活性術】で自分を含めた味方を全能力を上昇させるスキルを持っている。一つ一つが【テイム】と同等かそれ以上の希少性、有用性を持つスキルだ。
それでサポートしつつ、自身は鞭のように体をしならせ大質量攻撃、または【木法操作】で魔法攻撃と言った具合だ。
【木法操作】は【空間操作】と同じくの属性単体最上位のスキル。空間という属性自体が珍しい為に希少性では劣るが、しかしその能力の幅や出力は同等。
例えば、地面を操作し無数の蔓を発生させたり、種を銃弾のように撃つ植物を創造したり。
セイリュウの体内構成上、恐らく触れたモノに植物を発生させ仕留める“植物生成レーザー”のようなものも使えた筈だ。
……音速の豆粒すら悠々と目視できる俺でも影すら見えないリザクラへ、狙いを付けられたらの話だが。
まあそんな訳で味方のサポートなど出来るはずも無く、セイリュウは哀れに叫び声を上げるしか出来なかったのだ。
「ギャォォォォ……」
あ、堕ちた。
大質量が落ちたためにドッゴォォォオン!! という音が響くが、それを流して、今度はメイレーの方を見る。
見れば、弱弱しく火を揺らめかせるスザクと、空間断絶を地面に平行に発生させ、その上に乗っているメイレーが居た。傍目には空中を踏んでいるように見える。
空高く結界の天井ギリギリで戦っていたメイレー、優勢に戦えていることがここからでもよく分かった。
ここで少しこのスザクについての特殊性に触れよう。
スザクは所謂、魔法生命体というものだ。実体は核である魔石しかなく、それ以外は全て魔力で構成された火で出来ている。
伸ばした翼の全長が5メートル、胴体部分は1メートル程度と四聖獣の中では小さめで、見た目は火炎がそのまま鳥の形をしている感じだ。
種族特性――スキルには表示されない、体が持つ能力――で、温度と魔力を感知できるらしく、それで周囲を見ているようだ。
さて、そうなると物理攻撃は10センチ程の魔石にしか効かない訳で、例えばリザクラなどとは相性が悪い。
燃え盛る火炎に埋もれる魔石を探し当て破壊するのは困難だからだ。
逆にメイレーだと……かなり相性がいい。
メイレーは……空間断絶でスザクの体を切り裂き、その炎を結界のように囲んで異空間収納へ送ることにより、魔力を削り続けていた。
異空間収納の広さは現在東京都の半分ほど。まだ広められるが、意味が無いので止めてもらっている。
その異空間収納は荷物があるので、他にもう一つ収納場所を作り、そこへスザクの炎を送っているのだ。
異空間、つまり【停界】は生き物は入れないが、魔力は問題なく入ることが出来る。
故にスザクが生きている間、魔石は入れられないが、その体から切り離された炎は入れることが出来るのだ。
スザクの体は魔力の火。なら、火が生成出来なくなるほど魔力を削ればいい。35万という膨大な魔力だが、体を再生する時、片方の翼を回復するだけで5000もいるようだ。
メイレーは、この森を進んでいく中ずっと練習し続けた【空間操作】を巧みに操り、絶え間なくスザクを切り、削り続けていた。
もうそろそろ魔石を守る炎の膜が消え、【空間操作】を阻害できなくなる。
【空間操作】を防ぐための、強靭な【闘気】もしくは強力な魔力の塊が無くなってしまえば…………あとは物理的硬度を無意味にする絶対の刃。防ぐことは出来ない。
ちなみに、【空間操作】の“溜め撃ち”なら最初っから一撃で仕留められるが、スザクがそれを避けるからこその戦法だった。
スザクも致命傷を避けるために要所要所で魔力を爆発させ空間の壁や圧縮を破壊したりしているようだが、その度に魔力を減らしている。
一か八かの大魔力火炎攻撃をメイレーに仕掛けても、転移でシュッと逃げられる。
範囲攻撃も威力が下がれば空間断絶で防がれるし、その分魔力を減らす。
【羽根針】という燃え盛る羽根の遠距離攻撃も当然、空間断絶で防がれる。
結果、残る魔力は二万。
詰み、と言ってよかった。
戦況に安心し、最後にマナを見る。
マナの相手は残るゲンブ。防御特化の巨大な亀であるゲンブを見た俺の感想は……亀を虐める物語を思い出す、と言ったものだ。
【結界術】で出口を塞ぐ役割を持つゲンブは一番硬くタフだ。
全長30メートルの超巨体。陸亀の様相と、蛇の尾を持つ強力な敵。【結界術】で身を守りつつ、【守護】で味方を守る魔力の膜を作れる優秀な防御役だ。
遠くにいれば【水法操作】で、近くに居れば蛇から出せる【毒霧】で迎撃する、単体でも中々の能力を持っている。
じゃあなぜそんなゲンブが虐められているように見えるかと言えば、マナの“ブレス”無限掃射のせいだ。
ほとんど負担なしに放てる“ブレス”など正に反則。
まるでエクササイズと言わんばかりにえいっえいっと、両手を交互に前へ突くだけで“ブレス”が連射される。
ゲンブが【結界術】で辛うじて防いでいるその姿は流石と言ったところだが、その分負担は大きいらしく苦しそうだ。
【毒霧】なんて当然のように“ブレス”で消し飛ばされ、
【水法操作】で水を高速噴射、水の刃を作っても“ブレス”で消し飛ばされ、
左右に魔力を送り水を遠隔生成して、高速螺旋水弾を作りマナにやっとぶつけられた! と思えば、体からそもそも“ブレス”と同じ対消滅エネルギーを発しているため直前で消し飛ばされ……。
虐めだった。完全に虐めだった。楽しくなってきたのかマナは「えい♪ えい♪」なんて声を発しているし、……楽しそうで何よりである。
既にヒビの入り始めた【結界術】の壁を見て俺は終わりを悟った。
二重三重と用意していた策が無駄に終わりそうで少し微妙な顔になりつつも、最後にまたビャッコを見る。
「グッガァァァァアアアアア!!!」
俺が意識を逸らしていた事に気付いたのか、全速力で向かってくるビャッコ。その巨体に見合わない程の超高速で迫ってくる様は恐ろしいが……。
「もう終わってるんだ。悪いな」
「アアアア!! ア……?」
俺の所に走っている最中、突然ビャッコが崩れ落ちる。ズザァァっと地面を削りつつ、俺の目の前で停止した。
俺は今、何の攻撃もしていない。ビャッコも何が起きたのか分からないようだった。
「……【起衰終消】。忌々しき超即効性致死毒だよ」
自然回復力を高めるために魔力を高速循環させていたビャッコ。それが毒の回りを速め、残り少ない寿命をさらに減らしていた。高速で魔力が漏れ出て、生命力に変換される魂力が止まり、循環不全が起きたのだ。
「……おやすみだ」
「アァ……ァ……」
その目が光を失っていき……完全に消えた。その様子に少し複雑な気持ちになりつつ、そっと息を吐く。
周りを見渡せば、他の四聖獣も仕留め終えたようだった。全員あと少しだったようだからな。
いち早くこちらへ来たメイレーに四聖獣の死体の回収を指示すると、メイレーは俺の傍を離れずに遠隔【空間操作】で死体や魔石を異空間収納した。回収が終わった頃にマナもリザクラも俺の方に来て、改めて状況を確認する。
まだ俺達のレベルアップは起きていない。倒してからの魂の収集、魂が吸収して再構成するのにタイムラグがあるからだ。そのため本能的な部分で、戦闘が終わってからでないとレベルアップは起きないようになっている。
そして、俺は戦闘が終わったと思っておらず、全員に戦闘態勢を解かせていない。つまり警戒しているのは…………これで終わりじゃないってことだ。
……ズゥゥゥゥゥン! ガタガタガタガタガタガタガタガタッ!!!
「「「「!?」」」」
俄かに、地震が発生する。震度5、いや6はあるだろうか。
俺は“勘”に判断を委ね、叫んだ。
「離れろぉぉぉおお!!!」
全員が疑うことなく離脱する。俺達が壁際に寄り、それから暫く地震が続いた後……地面がグンッと盛り上がった!
ガタガタガタガタッッバァァァァァン!!!
弾ける硬い土石を各々が防ぎ、または避ける。
中から出てきたのは全長50メートルはあろうかという東洋龍。黄色のその超巨体は、この広い空間が狭く感じるほどだ。
「……ッ出やがったか!」
その名を、コウリュウ。
超強固な地面と同等の堅さを持つ、本当の門番の登場だった。
以下、見なくてもいい補足。
いずれ詳しく触れる予定ですが、少なくとも今章ではないので軽く種族特性のイメージに対して補足を。
種族特性はようするに、蛇が体内に毒を持ち、温度を感知できる。鳥が飛べる。魚が海の中を泳げるという当たり前のもの。
ファンタジー世界に置き換えると、竜が飛べる(物理的に大質量の竜が飛ぶのは本来不可能)、スライムが生きている(菌にしても無理がある)、スケルトンが周りを認識できる(骨)など。
さらに補足として、種族固有スキルは、その種族でも持つ持たないに差が出て、必ず持っているとは限らないモノです。言い方を変えると、その種族しか取得できないスキル、と言った具合です。
【停界】については第38話参照。今はまだ生き物は入れなくて時間超ゆっくりな便利空間の認識でOKです。




