第6話 母の過去
「今まで黙っていたけど…………お母さんね、人間じゃないの」
母さんの過去の告白は、そんな爆弾発言ともいえる物から始まった。
ステータス鑑定にて知っていたとはいえ、俺が気になっていながらも聞けなかった話である。
母の真剣な表情と雰囲気を感じてしっかりと耳を傾け、どんな話が来てもいいように心構えをする。
「この前、最初の魔王が現れるより以前に古代文明と呼ばれるものが栄えた時代があったって話を教えたわね? 私は……その古代文明の技術によって改造された、改造人間という兵器なのよ……」
母は、俺に分かりやすいようにしっかりと真実を伝え始めた。
古代文明。
それはまだ解き明かされていないことが数多くある約千年前の歴史。
一般的な現代書籍には、この時代は人類が大きく繁栄していた素晴らしい時代だと記されているが、母さんから言わせれば真逆であり、醜悪で最悪な時代だったそうだ。
なんでも、戦争と環境破壊と種族差別と身分格差が蔓延していた暗黒時代であったらしい。
昔から魔物はいたが、その時代の技術が今よりかなり発達していたため、災害級と呼ばれるような魔物以外は脅威ではなくなっていた。
そんな高度な技術発展をした人間族たちはやがて、人間が最も優れた種族だ! などと傲慢な考えを抱くようになった。
そして、人間族は自分たちより文明レベルの低い他種族を見下し、侵略戦争を仕掛け始めた。
他種族より圧倒的に多い人口と、優れた文明により人間は勝ち進め、ますます増長してしまう。
今度はこともあろうに大国の王達が、自分はこの世の王だとか、もっと酷い奴は神だなどと僭称し始め、人間同士でも戦争をし始めた。
そうして、国同士で勝ち負けが別れ、負けた国から大量の戦争奴隷が作られた。
しかもその奴隷たちをまた戦争のために駆り出し、また国を潰して奴隷を作るという負のスパイラルが続く地獄のような時代だったようだ。
その中でも、母さんは小国の王女であったらしい。
他種族とも差別なく暮らす数少ない国で、襲われた種族らを助ける良心的な国だったようだ。
だが、それを疎ましいと思う大国によって難癖をつけられ、戦争になってしまう。
必死に抵抗するも小国が故に力押しで負け、母さんは奴隷となってしまった。
母さんの一族は、人間であるのにも関わらず大きな魔力を持つ珍しい一族だったそうだ。
特に直系である母さんは魔力量の多いエルフをはるかに凌ぐ潜在魔力を有しており、そこに目をつけられとある研究者に被検体として売り渡された。
その研究者の題材は、【人間兵器】
強力なスキルを人工的に増やす研究をしていたそうだ。
母を含む様々な人間たちは、その実験体として改造された。
ここまでが母の昔の記憶。
壊れた研究所で母さんはゆっくりと目覚めた。
なぜ研究所が壊れているのかわからないが、研究員の姿がないのをこれ幸いと思い、近くに置いてあった服を着て外に出た。
外に出ると、そこは人の手の入っていない鬱蒼とした森であった。
目の前に映った光景が研究所に入れられた時に見たことのある風景と違い、脳裏に疑問を浮かべつつも周囲を探索する。
しばらく森の中を進んでいくと村があり、警戒をしつつもそこを訪ねて情報収集をおこなった。
すると、なんと私達が生きていた時代から千年近く経っているというではないか。
驚愕の事実に戸惑いつつも、混乱せずにこれからどうやって生きていこうか考えた母さんは、まずは改造された【同胞】とも言える人たちがどうなっているのか調べることにした。
来た道を戻り、研究所に入って【同胞】を探してみると、自分が入っていたカプセルと同じ容器に人が入れられているのを見つけた。
私以外で目覚めているものは見つけられなかったが、寝ている者は仮死状態で保存されているだけで、死んでいるわけではなかった。
同じ苦しみを味わったことによる同情もあり、放っておくわけにもいかず、全員起こすことにした。
目覚めた【同胞】達は、まずいい思い出のない研究所から一刻も早く出たいと願った。
そして母さんから聞いた情報を吟味して、彼らは下手に動けないことを悟った。
もしこの技術が衰退した時代で自分たちの存在がバレれば、捕えられてしまうかも知れない。
望まぬ戦いを強いられていた【同胞】達は、その力を利用され戦いに身を投じぬよう、静かに暮らすことを選んだ。
そこで母さんは王女だった頃の経験を生かし、皆をまとめ、自分たちで村を作ることを提案した。
【同胞】達はそれに賛同し、協力して村を作り静かに暮らしていくことにした……。
だが、その静かに暮らすという彼らの小さな願いさえも届くことはなかった。
何処からか、改造によって特殊なスキルを持つ母さん達の噂を聞きつけてきたヴァンス帝国が、大軍を率いて攻めてきたのだ。
一人一人が百人力の力を持つ改造人間達でも、人数差による物量と長期戦での兵糧攻めには敵わず、ある者は殺され、ある者は逃げ、そしてある者は捕まって奴隷にされてしまった。
そして、その奴隷にされた一人が、母さんである。
奴隷として売られた母さんは俺の父親にあたる人に買われ、慰み物にされた。
希望が何もかも絶たれた母さんは、そのまま哀れな人生を終える……はずだった。
だが、母さんは子供を身籠った。
これは、体をいじくられた改造人間にはありえないことだったのだ。
改造される際に強力な力を得る代わり、子供を作る力はなくなってしまう。
研究者から言われた言葉で、母さんの記憶にしっかり刻まえており、諦めていたことだった。
実際に【同胞】の村で夫婦になった者達には子供が産まれなかった事もあり、研究者の言葉は嘘ではないことが確認されていたのだ。
本来ありえない筈の我が子に大きな期待と微かな不安をもった母さんは、一縷の望みをかけ、そのことを父に話した。
父は話を聞いて珍しいものを見つけたように、面白い、と呟き育てることの許可を出した。
この世界では、別種族同士で子供を生んだ場合、子供は母親の種族になる。
そのため父は、産まれてくる子供を戦力として期待したのかもしれない、というのは母さんの予想だ。
”種族スキル”を円滑に受け継がせるためには、出産後七年間は母親がそばにいて育てた方がいいというのは世間一般に知られている。
そのため、最初の七年間だけは育てていいと約束してくれた。
そうして生まれたのが、俺、というわけだ。
話終わった母さんは、心配そうな表情をしながら俺を見つめてくる。
「つまり、あなたは誕生しないはずの子だったの。でも、テラスちゃんが産まれてきたことを悪くなんて一切思ってないし、逆に産まれてきてくれたことをとても嬉しく思ったわ。
体験することは不可能だと思っていた、母親の幸せという夢を叶えることができたのは、あなたが産まれてきてくれたからよ」
ありがとう――と母さんは呟いて、俺の頬を撫でた。
俺は、面と向かって感謝の言葉を言われることに少し気恥ずかしくなってしまい、母さんに抱きついて気恥ずかしさを誤魔化そうとした。
そんな俺に微笑みながら、母さんはゆっくりと俺を撫でる。
「話を戻すけど、改造人間の子供であるテラスちゃんが、どんな能力や障碍を持っているか検討もつかないの。産まれるときに私からあなたに【何か】が移ったのは、感覚的に分かるんだけどね。だけど、あなたがどんな能力を持っていても、どんな問題を持っていたとしても、それで自分を責めたり嫌いになるのはやめてほしいの。
テラスちゃん、あなたは私の生きた証で、生きる希望そのものなんだから…………」
母さんは本当に幸せそうに、慈愛を込めた表情で俺に語りかけた。
そして、俺は静かに母さんの温もりを感じながら、今の言葉を噛み締めていた……。
………………
…………
……
次の日、父親との謁見が決まった。