第66話 テイムと王女
――【テイム】とは。
数々のスキルと同じように古より存在し、能力としては魔法系統に近いと言える特殊なものである。
そしてその本質は、モンスターを強制的に従えるモノ……だったのだが、既に歪められている。初代勇者【タロウ・タナカ】が世界に平和を与えた後、約100年後にまた現れた二代目魔王を討伐するために召喚された、二代目勇者によって。
古代文明時代の“旧テイム”は【調教】や【支配】に似通った、精神に直接影響を与え隷属を促すようなスキルだったようだ。
それが【モンスターマスター】として称えられた二代目勇者によって改変された。
あの家の文献には触り程度しか載っていなかった為に断片的な情報となるが……どうやら“勇者という存在”や【テイム】の超上位互換的なユニークスキルによって、副次的に【テイム】の概念が変わってしまったようだ。
初代勇者から続く10人の勇者達については今は置いておく。外に出てから調べればいいだろう。
さて肝心の改変された【テイム】についてだが、これがかなり特殊なものになっている。特徴を上げていくと……。
まず一つ目、精神に与える影響がほぼ無い。
まったく、ではないのは、主従間においてラインのようなものが出来るためだ。なんとなく通じ合っている安心感と、今まで俺がお世話になっていた感覚的で簡素な意思疎通が出来るようになる。
しかし、安心感は精々ハーブティーを飲むような気休め程度だし、意思疎通に至っては悪感情も何となく伝わるのだから、主従という関係を作るのはほとんど使用者の自力になってしまう。
二つ目、“魔物”に正気を持たせる。
この能力は基本的に【テイム】にしかない。他に出来るのは全てレアスキルやユニークスキルだけだ。逆に言えば、上位スキルの能力を通常スキルが使えるという事になる。
リザクラに行った、魔石内の“澱み”を押し流す作業。それがこれに該当する。
“魔物の狂気および澱み”についての詳しい事はまた文献が手に入れた時に考察するが、少なくとも【テイム】以外はきちんと魔物を従わせられないのだ。
三つ目は、ラインが繋がることによるレベル的経験値の共有化だ。本来ゲン達に貸していた例の青い花形結晶【魂片収集結晶】でしか出来ない経験値の共有化。
これも二つ目と同じく他の通常スキルには見られず、最大六人にしか経験値分配の出来ない制度を取っ払う反則性能だ。
魔獣を従えるスキルは【従魔術】【眷属化】【使役】【調教】【支配】【死霊術】【傀儡術】等いろいろあるのだが、この魔物を正気に戻すことと経験値の共有化はまったく出来ない。
そして、強制的に従わせるような能力は上記のスキルに比べて、【テイム】には何もない。
【テイム】が極めて特殊であり、尚且つ通常でも上位のスキルであることが分かるだろう。
「――それで、その【テイム】というスキルをそこにいるリザクラちゃんに使ったら、この森との繋がりが切断されたというのね?」
長い話し合いの末、俺達は協力する方向で決着が着いた。もたらされた門番の軽い情報、それに対する共闘など、こちらにメリットの多い話だったからだ。
そして今は、リザクラをこの森から切り離した方法について話し合っている。
方法はもちろん、あのリザクラと行動する分岐点になったスキル、【テイム】だ。
「そうだ。……仮説としては、
魔石内の澱みを押し流したから、
経験値の共有化との競合がうまく行かないから、
ラインが繋がることによってそれ以外の繋がりを削除したから、
等々色々考えられるが……あの時は混乱してしまってな。そんなことを調べる余裕は無かったんだ」
「どちらにせよ、結果として【テイム】をした後なら“名付け”は出来たのだし……可能であることは間違いないのよね」
「一つの例しかないのだから絶対とは言えないが、順当に考えればそうなるな」
そう言って軽く息を吐く。地味に長くなった説明だった。
だが、プリンセススライムは何か疑問があるのか、思案顔をしている。
「どうした?」
「……魔物に正気を戻させるのは本来出来ないって言ってたわよね」
「ああ。詳しくは知らないが、魔物は生物を、特に人間を見れば襲い掛かる生き物だ。そういう風に出来ているらしい。特に、この森の魔物は顕著だな」
「じゃあ、そこのリザクラちゃんと、私や部下たちはどうなっているの? いえ、私や部下は見当がつくのだけれど」
今まで様々な疑問をプリンセススライムは言葉にしてきたが、その中で一番訳が分からないと言った感じの雰囲気がある。リザクラの仲間にした経緯を簡単に説明したから、尚更その疑問が浮かんだのだろう。
確かに、話が矛盾している。
「まず、リザクラに関して……」
「ええ……」
今までになく真剣、そして沈痛とも深刻とも言える俺の表情に、彼女もごくりと喉を鳴らすようなそぶりを見せる。
森の進行の合間に解析し、分析し、そして出した究極の答え。それを、俺は宣言するように言い放った。
「リザクラの起こす事象に関してはもう深く考えない方が良いぞ」
「……えっと……返答になってないんじゃ……」
「あいつは訳の分からない存在だから。な?」
「もう少しちゃんとした答えはないのかしら?」
初めての俺のあやふやかつ結局全く解決できていない返答。プリンセススライムも苦笑いだ。当の本人であるリザクラは少し不本意そうであった。
「はぁ……考えられる可能性としては……」
「……としては?」
「努力、根性、情熱、執念、その他諸々の意思でなんとかした」
「いや、だから返答に」
「リザクラ曰く、気合いで何とかなった。だそうだ」
「そ、そう」
思わず互いの口調が崩れ気味である。難しい話をしているために参加していないリザクラは、それの何が悪いんだ? という感じで若干不貞腐れ気味あった。
深く、深く溜息を吐く。
「……こじつけるなら、【瞑想】という精神を制するスキルでどうにかしてた、と考えられる。ただこじつけという様に、そもそも魔物としての衝動に呑まれてたら【瞑想】の静の心など出来るかとか、後天的に得たらしいのにその前はどうしてたのかとか……最初から理論が破綻しているがな」
「……後で考えるわ」
頭が痛くなってきたのか、手で頭を押さえ始めたプリンセススライム。俺は悟りを開く様な面持ちで遠くを見つめていた。
「……一応私たちのも聞いていいかしら?」
「ん? ああ、そうだな。おそらくお前の予想通り、お前の持つ種族固有スキルである【王女崇拝】によるものだろう。そのスキルの能力は異常と言っていいからな」
互いの能力については先ほど話した。
俺が【叡智の選定者】を持ち、その結果俺の方が完全有利であり、プリンセススライムの能力を丸裸に出来るのだが、それすらも彼女は余裕を浮かべて了承した。
解析を許容した彼女に対して、俺がどんなスキルを持っているかは……概要を軽く話しただけだ。ハッキリ言って不誠実もいい所なのだが、これも分かってて彼女は承諾している辺り、計り知れないものがある。
さて、【王女崇拝】の能力は大まかにいうと、“使用者は王女として振る舞い、それを民は敬う”である。
具体的に言うと、
自己上位者意識保持と、
王女としてのカリスマ、魅力極大と、
魅せられて虜にされた者への絶対的で心理的な隷属化である。
さらに、先ほどスキルとしてとんでもなく希少と言ったばかりである“経験値”に関する能力もある。
まあ共有化ではなく、隷属した者達からの一部収集だけという一方的なものなのだが……。例えるなら民からの税と言ったところだろう。
【王女崇拝】の怖い所は、直接的精神干渉能力が無い所である。
どういうことかと言えば、つまり“自発的に隷属させる”という事だ。
例えるなら、美麗な絵画を見て美しいと、美味しそうな料理を見て食べたいと思うような、そんな感覚で“王女を見て付き従いたい”と思わせるのである。そしてそれを自発的に確定させ、信念とする。自分の意思で恭順を選ばせるのだ。
他の【支配】のように精神に干渉し、自由意思を封じて文字通り支配隷属させるものとは全く違う。
あらゆる感覚で魅了し、自然と膝を着きたくなるようなもの。
童話の魔女が洗脳するようなものでなく、イメージとしてはメンタリズムの究極形だ。
つまり、俺の【寵愛の継承者】の能力の一つである“精神攻撃無効”の対象外となってしまうのだ。【超越する魂】だった頃からあった能力だが、初邂逅でこいつに魅せられたのはそのためだった。
【支配】などの精神攻撃は防げるが、これは防げない。
防ぐためには……例えば、無感動というような自身の感性を制限するスキルが必要になるだろう。
まあ誰でも絶対隷属という訳ではなく、意思の無い者には効かないし、強い信念を持つような人や心の強い者にも効かないし、明確な理由を持って敵意や殺意を向ける相手にも効果が薄い。
「【王女崇拝】の能力にある自己上位者意識保持、これによってお前の精神は保たれている。魔物としての狂気の精神を無理矢理正常に戻しているために少し思考が鈍っているはず、なんだがなぁ……。
あとお前の部下たちは、その信仰崇拝が思考上の優先度で最上位になっている。後は【王女崇拝】によってお前を中心とした“国家という関係性”が出来るから、それらによってだろう」
スキルの脅威度で言うなら、【空間操作】に匹敵しかねない程。使い方次第で国落としすら可能な恐ろしい能力だ。
しかもそれをかなり頭が回るらしいこいつが持っているというのだから、その威力がどれ程のものになるのか。
「ん、一応予想通りね。さて、疑問も解消できたことだし、【テイム】をお願い出来るかしら?」
「……いいのか? 形としては主従であると本には書いてあったが」
「そう書いてあるからと言って何かが変わる訳じゃないのでしょう? 私は実を取るわ」
「……わかった。だが、【テイム】はスキルレベル分の人数しか出来ないぞ。今のレベルは三。お前は出来ても、お前の部下達の分が……いや……」
「わたしの部下よ?」
「……なるほど。まあ、やれるだけやってみるか。ほら、手を出せ」
「はい、どうぞ」
リザクラの時と同じように手を握り、【テイム】を発動する。
【テイム】は滞りなく行使され、俺の腕を魔力が伝い、プリンセススライムのコアであるらしい紫の球体へ流れ込む。
コアの中に内臓されている魔石、その中の澱みを【テイム】によって練られた特別な魔力で押し流し、繋がりを形成する。
二回目とはいえ、繋がった瞬間のどこか原始的な快感には慣れず、少し身震いしてしまった。
「んっ……」
「艶っぽい声出してんじゃねぇ。さて、これでテイムも終わりだ。繋がった事が何となく分かるだろう?」
「ええ。そのまま手を繋いでてね。じゃあこれに、……【王女崇拝】発動」
――その言葉を発した瞬間、プリンセススライム内で空間の穴が開き、俺からプリンセススライムへと大規模な魔力流が発生した。その量、上級魔法数百回分に相当する。
しばらくの間魔力は出続けて、そしてそれが止まる。
スキルの【銘】を始動キーとして、故意に発動。その効果は……。
「ちょっと出てきてもらえるかしら」
彼女が俺から三歩離れた後、プリンセススライムの足元にゲル状の体が広がっていき、水たまりのようになる。その水たまりの中に空間の大きな穴を形成し、中から芋虫型の一匹の魔物が出てきた。
その魔物の魔石を解析すれば……澱みは、見当たらない。
「ん、成功みたいね♪」
「……本当にやりやがった……」
プリンセススライムのやった事は、さっきの能力の応用。“国家という関係性”、つまり、国家の運命共同体という性質を利用し、“一つの生き物”と捉え――――部下達もまとめて【テイム】の一枠に、プリンセススライムの一部というように認定させたのだ。
「手伝ってくれて助かったわ。おかげで成功できた」
確かに、魔力流が起きた瞬間に【叡智の選定者】でオートサポートは行った。だが、それだけでこんな反則技が出来たら世の中苦労なんてするわけがない。
「……全にして一、一にして全。集団を前提とした、例えば単細胞生物の集合体や、菌類が集まって出来た生物、他にも煙のような魔物なら、確かに可能性はあった。だがその部下達はそもそも別の生き物だろう……そんな発想を浮かばせること自体が至難だ」
「ふふっ、まあいいじゃない。無理矢理な部分もあったからか、相変わらず部下達への【経験値】分配は出来そうにないけれど、部下から貰う事は出来るようね。私へ流れてきた【経験値】は貴方達に共有されるのだし、そちらにとっては良いこと尽くめよ?」
「確かにそうだが……この森の生き物はつくづく規格外だな」
「貴方も十分おかしいわよ。あと、リザクラちゃんと一緒に考えられるととても、そう、とても困るわ。ちゃんと理屈があるのだから」
リザクラの意味不明さの一端に触れて、既に若干の苦手意識があるようだ。その事実に苦笑いしてしまう。
「まあ、それは置いといてだ。どこまでの付き合いになるか分からないが、よろしくたのむ」
もう一度握手するように手を差し出す。
こいつと一緒にいる期間は、森を出た以降は決めていない。最低でも敵対は無いが、一緒に行動するかの判断は外に出てみないとお互いに分からないからだ。
「んー、その前に、名前を決めてもらっていいかしら? せっかくもう得られるんだしね」
「俺でいいのか?」
「もちろんよ、御主人様?」
「何故か知らんがそこはかとなく寒気がするからやめてくれ。名前でいい」
「わかったわ。テラスくん。じゃ、かわいい名前をお願いね?」
いきなり名付けろと言われても困る物がある。さらっとハードルを上げているし。
今まで名付けた者達をチラッと見ると、……メイレー以外話を聞いちゃいねぇ。邪魔しない様に黙っていたメイレーと、飽きたのか瞑想を始めているリザクラと、よだれを机に垂らして寝ているマナが居た。
今度はプリンセススライムを見る。鮮やかなピンクの体、そのまま行くなら桃などの名前だが……。
――ふと、体内にあるピンポン球サイズの紫色のボール。コアが目に映った。
「――ミムラサキ、でどうだ?」
「悪くない響きだけど、どこの言語?」
「俺の故郷の言語だ」
ふーん、と言いながら名前を噛みしめている彼女。満更でもないようで、しばらくミムラサキという単語を口の中で転がす様に呟くと、一度頷いて、今までで一番の笑顔を見せてきた。それでも不敵な笑みに見えるんだが。
「私の名前はミムラサキ。これからよろしくね」
「ああ、よろしく頼む」
互いに力強く握手し、協力を誓う様に挨拶をした。
さあ、あとの話し合いは……門番の攻略だ。
「あ、それと。部下たちの名前も後で考えてくれないかしら?」
「いや、それはお前が考えろよ」
「いいじゃない。まだ語彙はテラスくんの方が圧倒的に多いんだから」
「はぁ……まあ、何かが減る訳でもないし、構わないぞ」
「やった! お礼は弾むわよ!」
「んで、部下って何人いるんだ」
「7652匹よ」
「え」
「7652匹よ。全員は大変過ぎるし、女王蟻の子供のような群集もいるから冗談だとしても、隊長陣と各担当責任者、何かしら特に秀でてる者だけはお願いするわ」
「……何人だ?」
「ざっと30匹ぐらいよ」
「……そうか」
頭痛がしてきた。
以下、見なくても問題ない後書き。
忘れているだろう方たちの為の! 二章で出た設定。
魂片収集結晶
名前は【叡智の選定者】のログ欄で出たのみ。説明はその前の話終盤にて参照。
おしべやらめしべがある位置の円形と、それを囲うようにある五枚の花弁。
見た目はそのまま小さな青い花の平たい結晶。
これを切り離して各自が持つと、経験値が共有される。
以下、第三十六話の
なお、この結晶を持たずに複数で敵を倒すと、近くに居たモノに経験値が分配されるという非効率的なものになってしまう。
「この結晶があることによって、例えば直接戦わない少し離れたところにいる回復役への経験値分配が可能になり、さらに何もない時よりも多くの経験値が手に入る。欠点は、中央と五枚の花弁が一セットであるために六人以上の分配が出来ず、他の花弁による互換性が無いことだ。しかも、中央部分が欠落すれば、花弁の部位はなんの効果もないただの石になってしまう。高価だが、持っていると便利だ。無くさないように付けておけ」
ついでに言うと、この世界ではこれは当たり前の話であり、世界的に普及しているものだ。
この国が鎖国状態の為に輸入しずらく、そのせいで絶対数が少ないだけで、他国に行けばある程度の数がある。
だから、この世界の団体行動は六人一組が基本であり、その六人を俗に【パーティー】と呼ぶ。
以上。




