第60話 まっさらな白
眼前に広がる凄惨な光景。
魔樹や土には幼い少女から放射状に吹き飛んだような痕がある。
そして彼女を囲むように存在する、体の一部を抉られた強大な魔物達……いや、傷跡から見て抉られるというより吹き飛ばされたような感じか。
そんな戦闘痕を残し、その中心にて血の海に浮かんでいる白き少女。白いと言うが、その顔や体は、血で赤く化粧されていた。
両手は半ばから爆破したように消し飛び、両足は曲がってはいけない方向に曲がっていた。
体中も傷だらけで、その傷を一つ一つ上げればキリがないだろう。小さな傷も探せば、五十はくだらない。
もっと遠くの視点、俯瞰的に見れば、この少女を中心に爆発が起こったことが窺える。そんなことを冷静に考えられる俺は、もしかしたらこの狂気の場で一番狂ってしまっているのかもしれない。
耐性の無い者が見れば嘔吐必至の惨状を、冷徹に観察していた。
「……ァァ……」
!?
まだ息がある!
そのことを確認できた俺は、その幼い少女に対して“戦闘態勢を取る”。やっていることは外道のようだが、ここまで警戒しても不帰の森ではまだ不足しているぐらいだ。
だが、その行動に意味は無く、ボロボロの見た目通り彼女はまったく動けないようだった。
――【叡智の選定者】の解析が終了しました。
この場に来てからすぐに始めていた解析が終了したようだ。……やけに時間が掛かったが、この幼女はそんなに特殊な存在なのだろうか。解析対象が特異であればあるほど時間が掛かることから、そんな感想を抱いた。
……いや、思考が変な方向に麻痺しているだけで、この状況を普通に考えればまともなはずがないか。
とりあえず、ステータスを見よう。
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ク■Aシし?シォ? 界祖の白龍 ♀? 0歳?
Lv27
[クラス] 現?■ゆIいい??ん
[クラススキル] 世ああア
[魔力] 12/84203?
[魔法] ???火? 光 龍 ??
[スキル]
体術Lv2 隠密Lv2 直感Lv7 気配察知Lv5 回避Lv3
[ユニークスキル]
源龍の具有者Lv1
[種族固有スキル]
じょだ?sdふ?ぁgだgh?
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……おい、バグってんぞ。
ステータスをもう一度解析するように操作する。だが、文字化けのようなものが変わっただけでまったく読み取れない。
何度やっても出来ず、他のやり方をやろうにも、スキルに頼らず自力で解析は出来ないので無理だ。前にも述べたが、ステータス解析をマニュアル化すれば頭が物理的に割れかねない。よって、とりあえず今は置いておく。
それにしても……分かる部分だけで異常しかない。
この森に出てくる生き物は全て魔物である筈なのに魔獣型。しかも名前があるような表記。
聞いたこともない大仰な種族名。生まれてから一年経っていないという年齢、しかし見た目としては3、4歳程度。珍しい魔法属性。
極めつけは、ユニークスキル。
これぐらいの通常スキルならこの森では驚くに値しないが、ユニークスキルは出たことが無いのだ。
謎だらけの生き物。最善を考えるなら……ここで始末するべきだ。
敵対の可能性。どう見てもおかしいステータス。謎だらけの状況。推定される強さ。こちらにかかる負担。
そして、殺したときに【根源を喰らう者】で得られる……ユニークスキル。
ユニークスキルは通常スキルやレアスキルとは文字通り格が違う……絶対的なレベル差すら覆すことのある重要な要素だ。
今後、生きるのにも復讐するのにも役立つこと間違いなしであり、今それを楽に手に入れられる最高のチャンスなのだ。
利益を考えるなら、殺すしかない。
しかし……。
「……ぁぁ……ぁ……」
これを、殺すのか?
目の前の苦痛に喘ぎ、目に絶望を宿すその子供を、殺すのか?
ここで殺してしまったら、それは自分の都合で殺す理不尽な者たちと全く変わらないのではないか?
――今更何を言っているのか。
たとえ罪人だとしても、いままで百を超える人間を殺してきている。
不利益から弱者を見捨てたこともある。
復讐のためなら、どんな手でも使うと、あの時誓ったじゃないか。
それを、今更外見が小さな女の子というだけで、躊躇うのか。
それこそ冒涜というものじゃないのか――。
「ぁぁ…………あ、うぅぅぅ……」
――その目が、虚ろだった瞳が、俺の顔を移す。
白い少女の乾いた黄金の目は、一つの強い感情を抱いていた。
俺はその白い少女に手の平を向け、魔法を放った……。
………………
…………
……
「はぁ…………」
「テラス、元気出してっ」
俺の顔をメイレーが覗き込んで来る。
潤み始めた赤い綺麗な瞳は俺を心配そうに見て、その言葉通り元気を出してほしいと言う気持ちが強く伝わってきた。
周囲の警戒を頼んでいるリザクラも、あからさまでないにしろややこちらに気をかけているようだ。
パーティーの二人を心配させるようなことはしたくないんだが、やはり落ち込みは簡単に取れない。
原因は……すやすやと寝息を立てる、目の前の白い幼女だ。
消し飛んでいたり折れていたりした四肢は一切痕を残さず治り、体中を汚していた血は綺麗に落とされている。
洗うまで血で分からなかったが、とても短いベリーショートの白い髪は、生まれたての子供の様に柔らかい。
身長は、80cm程度だろうか。まだギリギリ赤子と言ってもいいほど体躯は、絶妙に保護欲を誘っていた。
結局、この幼女を殺せなかった俺は、自分の甘さに落ち込んでいたのだ。
視覚情報に惑わされる俺の感情は甘ちゃんだと言えるだろう。
別に殺人鬼になるつもりはないのだが、もし殺していればその分復讐が早く確実になっていたかもしれないと思うと、なかなかクルものがある。
たまにある悪夢のおかげで復讐心が薄れた訳じゃないのだが……。
「……落ち込んでいても仕方ないか。それに、敵対した場合はまた変わるしな」
「その子、どうするの?」
「とりあえずの所、経過観察。起きて、敵対したら排除。
敵対せず逃げたなら、まあ、放置でいいか。これ以上何かする義理も無い。
訳も分からず留まったら、多少の食事と選択肢を与え、どうするか決めさせる。
友好を示すなら……強そうだし、仲間にするのも悪くないか」
「ん、わかったっ。私はどうすればいい?」
「敵対した時、攻撃を回避するように俺達を転移させてくれればいい。それ以外の時は俺が対応する」
「了解」
ふむ、最初の対応は【気魔分身】にさせるか。これでだいたいの初見殺しを防げるしな。
実際そこまで警戒しなくても、この子供の体はまだ万全と言えない。
俺の特級回復魔法で四肢損壊を完全に治し、痛んだ体を隅々まで治癒したが、気の器官の消耗や、栄養不足が治ったわけじゃないからだ。
最高クラスの特級まで至った回復魔法なら、間接的に気や魔力の体内器官を治せるとはいえ、急激な治癒はそれだけ体に負担をかけるためにしていないのだ。
勿論必要な部分は治したが、手を尽くしても数時間で全治する様な甘い怪我ではなかった。
とはいえ、スキル構成からして強者であることは間違いなさそうだし、警戒するに越したことは無いだろう。
――不帰の森進行を止め、休憩しつつ様子を窺い、それから二時間。
もうそろそろ寝床を探さないとまずい時間になって、ようやく白き幼女は目を覚ました。
「んっ……ふぁぁぁ……んっ…………」
外見そのままに子供の様に目をこすり、大きな欠伸をする。半分ボーっとしたまま周囲を窺い始めた少女を見て、俺達も行動を起こす。俺達三人全員は既に数歩間合いを外した位置で警戒態勢を取っていた。
起きた幼女の目の前に、【気魔分身】で俺そっくりの分身を送る。この分身に対し、どんな行動を取るかで今後の行動を決めるのだ。
そしてゆっくりとその幼女に歩いてゆき……彼女が分身に気付いた。
さあどうする。敵対か、困惑か、恭順か……。
「――あぁぁぁぁぁああああぅぅぅぅぅぅううううううううううううう♪」
よく分からない叫び声を上げ、分身に突進、そのまま踏ん張った分身の腰に引っ付いた。
「あう、あうあうあぁ♪」
そこに警戒の色は無く、親に子が甘えるように分身に頬を擦りつける。動きがいちいちアニマルチックであり、体全身をひしっとくっつける様は、小動物そのものだ。
……恭順、というか、これは、懐いた……?
予想を遥かに上回る行為に、こちらが困惑しつつ、俺達三人も姿を現す。
当然彼女にとっては二人目の俺に驚くのだが、そこから警戒にはつながらない様だ。
ゆっくりと分身に近づき、融合するように重なって分身を消す。別にこんなことしなくても分身を消すことは出来るのだが、下手に今彼女が懐いた分身体を消して混乱されても困るので、一つになったというような演出をしておいた。
「うぅ……? うぅっあ!♪」
彼女的にはそれで問題ないらしい。軽く首をひねって考えるような仕草をしていたが、すぐに笑顔に戻り俺(本体)に抱き付いてきた。
念のため今も警戒して各種スキルを構えてたのだが、まったく攻撃する気配が無い。常に最高レベルの警戒をしていた自分が馬鹿らしく思えるような面会になった。
「こんにちは。言葉は、分からないか?」
「あぅ?」
「……まあ、わからないよな。うーむ」
言葉が通じないというのはとても不便だ。リザクラとて、【テイム】の効果で曖昧な意思を伝えることが出来た。短期間で日常会話に必要な言葉を覚えられたのは、そのスキルの効果の助けも大きい。
ジェスチャーや幻覚系スキルなどでイメージを伝えられることはできても、その精度は劣るだろう。言葉を覚えさせるとするならば、リザクラと違い本当の意味で一から教えなければならないということだ。
「まあ、乗りかかった船だ。今の戦闘能力は未知数でも潜在能力は高そうだし、復讐時に戦力になるよう鍛えればいいか」
「あう!」
「主、つまり、あらたななかま、ということでいいんだな?」
「テラス。この子は、新しい友達、ってことでいいの? ハイリみたいに白い……でも、目が黄色だね」
今まで警戒しつつ傍観していた二人が話しかけてくる。言っていることは概ねその通りであり、頷いて返事をする。
リザクラは特に心配はしてなかったが、メイレーも特に嫉妬や嫌悪感は抱いていない様だな。たまに見せる俺への傾倒ぶりから発生する、危惧していた感情の発露が無く、安堵を覚える。
リザクラが仲間になった時もそうだが、メイレーには誰かに取られる等の心配や嫉妬は無いのか? 真意は分からないし、少しづつ話し合って変な爆発にならない様にしよう。
「その通り。とりあえずの所、仲間にする方向で進めていく。サポート頼むな」
「了解」「わかったっ」
はてさて、この選択が吉と出るか凶と出るか。“俺の勘”は大丈夫だと言っているが、よく当たるとはいえいくつかのダメなパターンもしっかり考えておこう。……今まで感覚が麻痺してて忘れてたが、こいつに親がいる可能性もゼロじゃないしな。なぜか分からないが、ステータス解析からの印象と“勘”で、親どころか同種族すらいないような気がしてならないんだが――――。
「ねぇテラスっ、その子名前は?」
「ん? ああ、決めてなかったな……元の名前はあるようだが、いくら解析しても読み取れんし、仮の名でもいいから付けておくか」
「あう?」
目の前に映る白き幼女を見て、その魂に名を刻む。本人に拒否られたらお笑いものだが、この態度を見る限りその心配はしなくてよさそうだ。
「シロ……じゃ流石にペットみたいだし、そうだな……ブランシュ……マナブランシュだ」
「まぁ……うあんす?」
「マナブランシュ、だ」
「まなぶあんす!」
「まあ、今はそれでいいか……」
不帰の森では、ある筈のない出会い。違和感だらけの存在だが、そもそもこの場所そのものが意味不明空間なのだから今更愚痴っても仕方ないだろう。とりあえず今からは、寝床を探すとするか。
ああ、名を設定したならステータスが変わっているかもしれない。特にクラス関連。一応見ておくか。
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マナブランシュ 界祖の白龍 ♀ 0歳
Lv27
[クラス] 龍闘士
[クラススキル] 龍鱗拳
[魔力] 1721/102345
[魔法] 十大属性 光 龍
[スキル]
体術Lv2 隠密Lv2 直感Lv7 気配察知Lv5 回避Lv3
[ユニークスキル]
源龍の具有者Lv1
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いや、変わり過ぎだろ。
…………今は寝床を見つけてからだ。その後細かく調べて行こう。




