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黒銀の決意 ~混沌転生~  作者: 愛卯
第三章 淵源の開花編
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第59話 不帰の森的日常における出会い

 






「んっ、んん……」



 まだまだ寒々しい外気と、左右両方から伝わってくる暖かな熱。


 右手に感じるは軽い熱。熱源が小さい訳ではなく、ぴったりとくっついていないだけだ。

 薄く目を開けば桃色の髪、幼げながらも整った顔、リザクラだ。仰向けに、規則正しい姿勢で寝ている。


 彼女のイメージ的に俺より早く起きてそうではあるのだが、実は睡眠時間が長い。リザクラ曰く「ゆめの中のせんとうがひとだんらくしてから起きる」だそうだ。寝ながらシミュレーション瞑想が出来るらしい。

 戦闘狂にも程がある……だからこそ強いのだが、そんなんで疲れないのだろうか。



 左手に感じる熱は大きく、腕を覆う様に、体にもぴったりとくっつくように人肌を感じた。

 毛先へ黒くグラデーションした金髪、僅かに覗く五本(・・)の尻尾。

 目を開けばそこにメイレーがいる。そのことに自然に笑みを浮かべながら、少しづつ意識を覚醒させ、手慣れた気温上昇型火魔法で部屋の温度を上げていった。



 場所はいつも通り地下である。外の森にしても、感覚が狂ってしまいそうなほど植生に変化がなく、初期の頃と違いはほぼ無いと言っていい。

 いや、多少部屋が機能的になったか。事前に一日分のミニ貯水タンクを作成して自由に手洗いうがい等出来るようにしたし、外気が入るところの設計を少し変え、直接風が来ない様にはしている。




 変わった事と言えば、こうやって三人同時に寝るのも変わった所か。

 以前であれば、ローテーションを組み誰かが夜番をしていたのだが、メリットとデメリットを考えれば大人しく寝てしまった方がいいと結論を出したのだ。



 まず、夜番が居ない危険性についてだがこれは最小限に抑えられている。


 精神的に研ぎ澄まされ何段階も上に至ったリザクラは、例え地下にいようと半径一キロ以内の気配を寝ながらでも逃すことは無く、睡眠状態から戦闘態勢に移るまでコンマ一秒程度しかかからない。

 モンスターが高速で接近し寝首を掻くのはまず出来ないだろう。



 俺の魂力感知はどんな隠蔽能力も無視し魂を感知する。

 ユニークスキルのレベルが上がったことで最大500メートル、寝ている時は精々100メートル強だが、その中に生物が入れば俺は一瞬で跳び起きる。毎日毎日、こんな異常な森で気を張り続け、それが体に染み込んでいるのだ。

 例えノンレム睡眠の状態だろうと戦闘態勢に移るのに一秒かからない。


 その他、【殺気察知】に【視線感知】、【気流感知】に【明暗感知】に【震動感知】等々、眠っている間でも動かしているスキルは多い。まあ俺の場合はリザクラのように気合いでやっているのではなく、【叡智の選定者】にプログラムして任せている部分も多いのだが。



 そして最後に、例えそれらを超越的隠蔽スキルで潜り抜け傍に接近したとしても、それをメイレーが【超直感】で察知し、俺達三人を転移させる手筈になっている。


 なお【超直感】はどんな方法で周囲を察知してるか未だに解明できておらず、意味不明理解不能なスキルだ。しかしその第六感的な能力の性能は極めて高く、あのサイレントアサシンスパイダーを含め、何度も命を助けられた。



 つまり俺達を暗殺するには、

 俺が動くのが間に合わない程の超高速高機動で接近し、

 リザクラの【気配察知】に引っかからない、水を蹴って水面を揺らさないような完成された気配隠蔽をして、

 最後にメイレーが【超直感】という理不尽な原理の即行空間転移を使う前に俺達へ攻撃しないといけない訳だ。


 そして思ったこと。


 ……仮にこれが出来る相手がいるとして、夜番付けたところでなんの意味も無いだろ。



 そんなわけで、日中の探索時に少しでも万全な状態とするためにみんな一緒に寝ることにしたのだ。


 ここまで探知能力が上がったなら日中じゃなくても探索は可能なのだが……長時間の探索は疲労が濃すぎるので無しだ。




 さっきの暗殺の条件をクリアしそうなバケモノが“時々出る”不帰の森の探索は、首に刃物が突きつけられたまま進むに等しいからな。


 幸い、傾向としてそういうバケモノは縄張りを持っていることがほとんどだ。サーチアンドエスケープの精神で行けば……運が良ければ逃げれる。




 話がネガティブな方に逸れたが、そんなこんなで三人で寝ることになっているのだ。


 ちなみにリザクラも一緒に眠っている理由は、守れやすい、ぬくい、特に離れる理由がないの三つである。俺としても特に反論は無いのでそのまま一緒の布団で寝ることにしている。




 さてそろそろ起きるかとメイレーを起こそうとすると、リザクラが起きていることに気づいた。



「……おはよう、リザクラ」


「おはよう、(あるじ)


「…………なぜ、無言でずっと天井を見つめているんだ? 瞳孔開いてて怖いんだが」


「テラス二人と戦ったらまけた。敗因をこうさつしている」


「そ、そうか」



 リザクラは一体何のシミュレーションをしているのか。たまにリザクラがわからない。

 リザクラの睡眠瞑想シミュレーションは超高性能で、一度夢に入るスキル【夢侵入】で入らせてもらったが、現実と寸分違わない仮想空間だった。もちろんリザクラ自身が現実で一度見た相手としか戦えないが。


 というかそもそも、俺は分身はできるが分裂は出来ないぞ。分身体は本体の能力をそのまま受け継ぐわけじゃないし、二人っておかしいだろう。俺をなんだと思っているんだ。


 と言ったところで「?」と首を傾げられるだけなので、大人しく朝支度をする。



「メイレー、起きるぞ」


「――ふぁ……うぅ……てらす、おはよう」


「ああ、おはよう。抱き付くのはいいが、もう起きるからな」


「うん……」



 眠そうにしているメイレーが俺の肩に腕を回し、コアラのようにくっついたところで体を起こす。メイレー程度の体重ならなんの問題も無い。

 こんな眠そうにしているメイレーだが、こいつも危機が迫ると一瞬で戦闘態勢は取れるので特に問題ない。


 ……むしろ、この中で戦闘態勢を取るのは俺が一番遅い。察知は速いのでその分相殺は出来るのだが。


 ねむねむとあくびをするメイレーを背中に装備したまま歯を磨いたりし始める。


 リザクラは睡眠瞑想シミュレーションのせいで寝汗を掻くのか朝風呂を好んでいるので、それに合わせて俺達も入る。なお、夜は疲れを癒すことも考え湯船に浸かるが、朝は例の洗濯機風呂である。




 そんなこんなで、朝支度が終わった。

 朝支度と言っても、まだ外を見れば暗く、所謂早朝である。


 朝食は、リザクラを含めてしっかり食べた。



 あれから分かった事だが、不帰の森の魔物は水も食料も摂取しないでいいらしい。


 だが、リザクラは今、飲食を必要としている。

 なぜ、リザクラが飲食を必要としているのか。原因は、俺との【テイム】による主従契約が施された際、不帰の森との“リンク”のようなものが切れたからのようだ。それによって、不帰の森から供給されるエネルギーを貰えなくなったらしい。

 不帰の森の事を詳しく調べきっていないので、エネルギー供給の原理は把握できていないが、少なくともリザクラが不帰の森から“切り離された”ことは確認できた。



 そんな事情もあって、水の飲み方すら知らなくて二日間水分を摂っていなかったリザクラには本当に焦ったものだ。体に脱水症状が出てしまっていた……つまり、神経をすり減らして作ったあの水は無駄だったのである。





 今ではリザクラもしっかりと食文化に目覚め、炒り豆や帝国産サキイカ、燻製肉などが大好物となった。……チョイスが、なんか、少なくとも五歳の少女じゃない。


 ちなみにサキイカは日本語で呼ばれており、勇者が伝えた食品加工らしい。いままで計10人呼ばれているそうだが、一体誰が伝えたのやら。


 片手間で作った魔物の燻製肉(叡智の選定者で食べられるかは検査済み)を、リザクラを含めた三人でモリモリ食べた後、今日も軽い鍛錬を行う。



「さて、今日は昨日の反省も含めて、メイレーの【空間操作】の練習をやるか」


「はい! がんばるね!」


「いつも通り、まず最初に出力訓練――」



 そう言って手の上に赤く発光する気体のようなものを発生させる。もちろん気体などではなく、濃密な【闘気】だ。



「――これを高速で潰す鍛錬からだ」


「任せて!」



 メイレーはその【闘気】に両手を向け、一寸タメを入れて……バシィン! っと潰した。いとも簡単に潰された哀れな【闘気】は、もし中で人が纏っていたら諸共潰れていた事だろう。



 だが、“一寸タメを入れなければならなかった”。



 ……その後、メイレーの鍛錬をそこそこに切り上げて、俺達は不帰の森を進んでいった。




 ………………

 …………

 ……





 少し、話をする。

 この森……いや、おそらく、世界でも成立する法則を確認できた。

 簡単に言えば超脳筋理論。レベルを上げて物理で殴ればいいというアレである。


 そこまで簡単な訳じゃないが、少なくとも【気】と【魔力】を使えれば、それは成立する。


 具体例を挙げるとすれば、メイレーの空間断絶はあらゆる物質を断つ絶対の刃であるのだが、リザクラの【気纏】で防げるのだ。

 タメの度合いによるが、絶対の刃が防がれる。それはつまり“絶対が存在しない”ことを表す。



 象徴的例えで言えば、かの有名な二字熟語【矛盾】が最適だろう。

 “ありとあらゆるものを貫く最強の矛と、ありとあらゆるものを防ぐ最強の盾”。

 どちらが強いか、様々な哲学者達が議論した命題だ。


 これに対する答えが、この世界では存在していた。それを身をもって体験した。


 曰く――――より質のいい武具が勝つ。


 そういう問題じゃねえよ! とか、身も蓋もねぇこと言ってんじゃねぇよ! とか、俺も言いたいぐらいだが、事実だ。だからこそ、最初言った超脳筋理論なのだ。



 まあだからと言って、技が全て無駄と言う事はそれこそ絶対にない。


【気】を手に覆って攻撃するのと、【闘気】を手に纏って攻撃するのとでは、効率が段違いなのは言うまでも無く、

 生活魔法の【火】を生活魔法の【水】で消すのが容易いように、それぞれに相性があり、

 効率、弱点、強制力、干渉力等の要素があって、戦いがあるのだ。



 だが、行き過ぎた大火が少量の水を蒸発させる事態があることも、頭の中に入れなくて置かなくてはいけない。つまりはそういうことである。




 技と言えば、さっきも例に出したがリザクラを見れば分かるか。



 まず俺の話をするが、俺はあれからとんでもなく全能力が強化された。あの日、メイレーの治療を終えた日に強化されたのは魔力だけじゃなかったのだ。


 気の総量も十倍近く上がっていた。握力も数倍に上がっていた。スキルを扱う力も上がった。目が、耳が、鼻が、舌が、触感が……五感が鋭くなった

 そして何より、“全体的な才能が底上げされた”ように感じだ。


 色々疑問に思う事もあるし、調べもした。でも結局分からなかった。何かに邪魔されているような気もしたが――。

 まあ、そこらは置いておいて。とにかく俺のステータスは上がったのだ。それもリザクラの身体能力の上がり幅を軽々と凌駕するほど。


 前にリザクラが一手動くうちに三手動けると言ったが、今はそれより多く動けるかもしれない。



 そんなリザクラと、【寵愛の継承者】も惜しみなく使った全力の俺が戦った場合……これは互いのスキルで成立した夢の中での仮想空間の話だが、16戦中13敗2勝1引き分けである。


 こいつもうやだって言いたくなるほど強い。メイレーの腹に顔を埋めて拗ねてしまうぐらい強い。素に戻った時の羞恥などない。断じて。



 なぜそこまで強くなってしまったのか。

 リザクラとの初戦。最後のリザクラの【居合い一閃】を俺が防いだのが余程悔しかったらしく、あれから鍛錬を続けさらに威力を増し続けたのだ。

 正直これ以上威力上げてどうすると思ったのだが、これがまた際限なく上がった。



 俺だって、【闘気】による【気纏】を習得したり、【寵愛の継承者】を自分の意思で動かせるようになり、それを【気纏】に混ぜて強度を増したり等、急激な成長をしているのにも関わらず……俺の方が能力的に圧倒しているにも関わらず、真っ二つにされるのだ。もうわけが分からないし、仮想空間じゃなければ普通に死んでいる。


【思考加速Lv5】によって知覚速度を32倍にできるのに未だに【縮地】が見えない。初戦において、俺はよくリザクラに勝てたなと、本気で自分に感心した。



 ちなみに、2勝と1引き分けは新スキル連打の不意打ちである。卑怯じみた攻撃をしまくってこの勝率である……。リザクラの俺に対する呼び名【主】は実は皮肉か? などと、穿った考えが浮かぶほどの実力差だった。本人にその気は一切ないことは分かっているがな。



 まあ、差が広がり続けている訳じゃない。

 俺には、純粋に強者との戦闘が足りてなかったことが大きかった。それをかなりの数こなした今の俺は、リザクラの戦闘術に少しはついて行けるようになった。まだ全然勝てないが……。







 リザクラとの戦闘に囚われていた思考を現実へと浮上させ、前を見据える。

 今は探索、進行中。もちろん警戒を怠ってはいなかったが、もう少し集中した方が良いだろう。何事も慣れが一番怖い。


 俺の前を歩いていたリザクラをふと見てみると……その眉を(ひそ)めていた。


 いつも淡々と敵の発見を知らせるか、声を上げて逃亡を促すかのどちらかなのに、進行中にこんな表情を見せるのは珍しい。一体何があったのだろうか。



「どうした、リザクラ。何かいたか?」


「……みょうな、けはいがする。よく、わからない。しに、かけ?」


「死にかけ?」



 疑問に思いつつ歩いていると、距離が近くなったのか俺もメイレーも察知できた。俺は色々な探知スキルを持っているのである程度対象の状態が分かるのだが……うむ、確かに死にかけだ。


 血の臭いが風に乗り運ばれてきていて、対象の大きさは小さく、心臓の鼓動はここからでは分からない程弱く、熱を失っていて、呼吸は乱れていて、発せられる気や魔力や意思は脆弱もいいところだ。


 だが、それだけならリザクラは眉を顰めなかっただろう。リザクラの言う通り、妙な点があったのだ。



「うーん、えと、凄い雰囲気があるね」


「こういうのは神々しいと言うんだ、メイレー。にしても、気配からして今にも死にそうだな。罠という可能性もゼロではないし、傍まで行くか行かないかは俺の魂力感知に入ってからにするが、少しだけ急ぐか」


「了解っ」「りょうかい」




 結局、【魂力感知】の範囲内に問題なく対象を収めることができ、近くにその他の生命体は無かった。


 ――いや、今は無いと言った方が正しかった。



 罠を警戒しつつも、死にかけが居るという事は比較的安全にスキル吸収が出来るかもしれないと、接近していく。


 メイレーには空間転移の準備をさせ、リザクラは居合の構えを取り、俺はこの時点で【気魔分身】を放つ。気と魔力によって作られた俺の姿と寸分違わぬ分身が隣に出現し、そのまま死にかけの対象へと向かって行く。残り百メートルもない距離、まだ【気魔分身】には慣れてないが、この距離なら問題なく動かせる。

 サポートにいくつかのスキルを併用しつつ、【視覚共有】して対象に近づく。



 そこにあったのは、戦場。血の墓場。


 四メートルはある獅子の様な個体が、二つ頭のあるリザードマンの様な個体が、手に刃がびっしり浮き出ているオークの様な個体が――全て、体の何処かを吹っ飛ばされて、命を散らしていた。



 その中心、血の池が出来ている中で。



 ――白い白い、俺よりも小さな小さな少女が、四肢損壊状態で、どこまでも虚ろな目で、こちらを見ていた。





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