第55話(閑話) メイレーの決意
最初に抱いたのは、驚き、だったような気がする。
誰も私を見てくれなくて。体の特徴しか見られなくて。でもそれは私で……誰からも認められなくて。
それが、当たり前の生活を送ってきた。だから、見たことも感じたことも無い声を掛けてくれるテラスに、驚いた。
その後は、ずっと暖かかった。冷たくない水。お腹いっぱい食べられるご飯。薄っすらだけど、微笑んでくれるテラス。
産まれてから、ずっとずっと羨んでいた、なでなで。他の家の子がされているのを見て、その気持ちよさそうな顔を見て、とてもうらやましかった。
それを、なんでもないように。だけど、私が怖がらない様にって、私なんかに気まで使って。
まるで、私が普通の子供に成れた気分に浸れた。
心地よくて、暖かくて、ふわふわして。食べ方を、教えてもらったり、それも、手をぎゅっと握られて。手を離された時は、思わず泣きそうなくらい寂しかった。
何をしても叩かれて、何をしても怒られて、いつも体が痛くて、苦しくて、お腹の中の物を吐いたり、お熱が高くなって苦しくなったら、かあさまに外に出されてた、そんな日々を思い出すと、今が夢なんじゃないかって。
もしかしたら、実はもうしんでしまっているのかもしれないって思ってしまうぐらいで。
そんな不安が溢れたら、気づいたときには頭を撫でられてて、また胸がきゅってなって、ふにゃってなった。
他の子と同じように名前まで付けられて、浮かれてた。もう、大丈夫なんだって。でも、それはテラスが特別なだけで、本当は何も変わってなかった。
またたくさん頭を撫でて、褒めてほしいって思って、テラスのお手伝いをしようとした。それで――食べ物が出されるところで、コケて、顔を隠せなくなって、また、里と、暗い檻と、同じ目で見られた。
何も、変わってなかった。体が凍ったように、目がよく見えなくなって、頭が痛くて、聞きたくなくて、息が苦しかった。誰も私を認めてくれない、皆私にしんで欲しいと願ってて、ほら誰か来た、また、殴られる、大きな男の人、前殴られた時は、どうなったっけ、また痛いのかな、でも、もう、どうでもいいな。たくさん殴られたらまたどこかにいくから、少しだけがまん。でも、また、もう、いや――。
でも、前には、テラスが居た。私が愚図でも怒らなかったテラスが、怒っていた。なんで、怒ってるんだろう。私に怒るんじゃなくて、他の人に怒っているのは、なんでなんだろう。
もしかして、でも、そんな――。
考えている内に、体を抱えられてどこかに移動していた。これは、えっと、確か、お姫様抱っこ、だったっけ。顔が近くにあって、その顔は無表情で怖かったけど、目が合ったら、ただ、「大丈夫だ」って言っていた。
まるで心配してくれたみたいで、嬉しくて、服の裾だけ、握らせてもらった。
その後の宿探しでも、私はずっといらない子だった。私が居なければ泊めてくれる場所はあったのに、テラスはそこを選ばなかった。
嬉しかったけど、でも、段々と不安になって、捨てられるんじゃないかって、泣きそうになって。でも、泣いたら、泣くなって叩かれたことを思い出して、でも、テラスに泣いていいって言われたのを思い出して。
あたまがぐちゃぐちゃだった。
そんなダメな私なのに、テラスは受け入れてくれて。でも、いずれはダメなんじゃないかって、同時に怖くなった。
気が付いたら、二人増えていた。
白い子と、黄色の子。淡々とした白い子は初めて見るような子だったけど、元気な黄色い子は里にも似た子がいたような気がして、怖かった。
それでテラスが、人間がきもちわるいって言う私の眼を、その子達に見せた。とっても怖かったけど、その子はなんだかよく分かんないこと言ってた。
テラスが言ってたけど、黄色い子はアホの子って言うらしい。
でも、白い子もアホの子も、私を怖い目で見なかった。テラスも仲良くしてた。大丈夫なのかな。
………………
…………
……
それから、四人の生活が始まった。
テラスの魔法で作られた洞窟はすごく立派で、やっぱり他の人と違う特別な人なんだって思った。そのあと、年下って事が分かって驚いたり、性別に驚いたりした。
私も一応、鼻がいいから、ヒトの性別なんて間違えない筈なんだけど、テラスのは間違えた。改めてすんすんって嗅いで確かめたけど、どっちか分かんなかった。嗅いでいると気づいたらふにゃふにゃになってて、テラスに撫でられてた。えへへ、しあわせ。
今までとは全然違う食事の光景に戸惑って、やっぱり夢なんじゃないかと再び疑って。それもテラスによって、宥められて。それから毎日同じ布団で寝ることになって、本当に幸せな日々が続いた。
最初、二人がいるから私はいらないんじゃないかって、不安に思ったりしたけど、私には“力”があるから大丈夫。
朝起きてテラスが私に微笑みながら撫でてくれてて、体も心もポカポカして、その後も、ずっと隣にいて、知らないことたくさん教えてくれて、私が欲しいモノを全部くれた。
お返しに頑張って鍛練したけど、最初の戦闘でミスしてしまった。かなしい。でも、テラスは怒鳴ったりしないで、次頑張ろうって言ってくれた。頑張る。
色々あったけど、その度に、テラスの傍を離れたくないって思った。暖かくて、大好きだった。
ある日、初めてあまいモノを食べた。とってもおいしくて、とろけてしまいそうだった。その時に、テラスから「この飴はメイレーから貰ったお金で買ったもの」って説明されて、ハイリとアホ……じゃなかった、ゲンにお礼を言われた。
小さなお礼はテラスとハイリとゲンに言われた事があったけど、こんなに面と向かって言われるのは初めてで、戸惑いとこそばゆい嬉しさを感じた。
それでハッと気づいた。テラスも飴を食べれば褒めてくれるかもしれないと。
私のかんぺきな作戦で、テラスはお礼をしてくれて、褒めてくれた。やっぱり、テラスから褒められるのが一番うれしかった。
――――楽しかったのは、そこまでだった。
突然聞こえてきた悲鳴。あの里の終わりを彷彿とさせる絶叫に、心が締め付けられるような不安を感じた。だけど、テラスは私の手をきゅって握ってくれた。だから、怖くなんかなかった。
テラスは強い。私が敵わないような大きなエモノ――ええと、オークだったっけ? そんなモンスターを一撃ですり潰してた。
そんなテラスが居るから、大丈夫。と、思ってたのに、そのテラスから今からくるモンスターが自分より強いかもしれないなんて聞かされた。
どれだけ強いんだろう。もしかしたら、一口で大地を全部飲み込んでしまうようなモンスターなのかもしれない。
自分の顔が青ざめたのを自覚しながら、テラスの次の言葉を待った。どうやら逃げるらしい。確かにそんな怖いモンスターがいるなら逃げたほうがいいと思った。
皆で逃げている途中、大きな声が聞こえてきた。テラスはそれを確かめに行くって言った。テラスと離れるのが嫌で、わがままを言った。テラスは悩んだみたいだけど、連れてってくれた。
連れて行ってもらった先では、兵士の人と、獣人の人がたくさんいた。黄狐人族もいるようだから、もしかしたら里の人もいるかもしれない。三人は苦い顔をしていたけど、私はテラスが傍にいるからどうでもよかった。
その内、ハイリが「父様が!」って叫び出した。父様っていうのがよく分かんないけど、大事な人みたい。助けてあげたいけど、テラスが無理って言ってるから、無理なんだろう。可哀想だと思ったけど、我慢してもらうしかなかった。
そして――災厄が来た。
圧倒的な暴虐。私より明らかに強い男の人を一撃でひき肉にしていた。その後の爆発は頭を全力で殴られたような衝撃だった。
爆発から、実はテラスが守ってくれていたらしい。横に大きな壁があった。その後すぐにテラスは壁から出ていってしまった。ついて行きたかったけど、上手く体が動かなかった。
怖かった。あの大きなわいばーんが。
壁の端に行って、顔だけ出してテラスの戦いを覗いた。
私の住んでいた里なら半壊できるような大魔法の連発。それでもあのわいばーんには効いていないようだった。
テラスが近接戦に変えた。その動きは辛うじて見えるぐらい速くて、たぶんゲン達じゃ見えない程に速い。
手に汗を握りながら、思う。私は何か役に立つことは出来ないのかと。このままではお荷物でしかなく、今までのテラスの期待を裏切ってしまうんじゃないかと思ったのだ。
とはいっても、あの中に飛び込んだところで邪魔になるだけなのは簡単に分かるし、私の持っている攻撃じゃあの膜のような物を貫けそうになかった。
だから、テラスに教えられて、テラスが出来ない、【空間操作】を。それを、テラスが必要とするタイミングまで溜めて構えることにした。
種類は入れ替え転移。座標は私の隣と、テラス自身にして、捕捉し続ける。動き回って、【闘気】まで使っているテラスを転移させるのは、反動でたくさん怪我しそうだけど、テラスの役に立てるのなら構わなかった。
そしてそれは成功した。テラスがあのわいばーんの尻尾で攻撃されそうなとき、“直感的に”転移を発動して、テラスを呼び寄せたのだ。
それをテラスがみて、私に重大な仕事を与えてくれた。期待に応えるため、頭をフル回転させてテラスを観察した。
二度目の転移も無事成功。テラスはわいばーんをやっつけた。と、思ったのに……体の半分ぐらいが無くなっているのに、わいばーんは動く。
――周りが全て吹き飛ぶような咆哮が撃たれた。
テラスはその衝撃波で吹き飛んでいた。思わず助けに行こうと思ったけど、周り全てに“空間の壁”が出来ていて動けなかった。――本能で、体が勝手に“空間断絶”を行使していたのだ。
故意にしようと思っても出来ない技を無意識に使ったことに驚く。だけどその壁も咆哮が止むと消えた。
【空間操作】のことなんて気にしてられなかった。急いでテラスの元に向かう。わいばーんは怪我に苦しみながら休憩をとっているようだった。
テラスの元に着くと、気絶していた。そのことに頭がパニックになりそうだった。だけどそれを落ち着けて、呼びかける。でも、自分の声は泣きそうだった。
呼びかけて呼びかけて、それでもテラスは起きなかった。あれだけの戦闘をしていたのだから、仕方ないのかもしれない。
息はしていて、心臓は動いていた。だから、しんではいない。大丈夫。
――わいばーんが、最初の爆発をもう一度放とうとしていた。
わいばーんはテラスを狙っているようだった。このままじゃ、テラスは死んでしまう。
考える、どうするべきか、考える。もう、遠くの物を動かせるほどの“力”は残っていない。回復魔法を使われていないから、手も怪我したままだ。
でも、手に触れているモノを、遠くに転移させることは出来るかもしれない。えー地点からびー地点への転移より、ぜろ地点からえー地点への方が消費が少ないとかなんとか、テラスが言っていたような気がする。
なら大丈夫。テラスは助かる。
こんな状況なのに、その事実が心の底から嬉しかった。
テラスが生きている。それだけで、今までの幸せな日々が守られるような気がした。優しくて、暖かくて、私の全てと言っていいテラスが生きているのなら、それでいいと思えた。テラスがしんで私が生き残るのはいやだけど、逆ならいいかなって、自然に思えた。
だけど、そうはならなかった。テラスが白い炎のようなモノを纏って、わいばーんを打倒したから。
その時は髪の色が白銀になっていて、いつものテラスとは少し違う感じがした。
………………
…………
……
その後、戦いが終わって、私の尻尾が増えた。尻尾が奇妙な形になるのは、また嫌われる原因になるんじゃないかって不安になったけども、テラスは嫌わずにいてくれた。その後会ったゲンにも、起きたハイリにもモフモフだね、としか言われなかった。とっても嬉しかった。
ハイリが目覚めた後も、鍛錬をつづけた。前よりテラスの動きが見えるようになったり、なんとなくでいろんなことが解る様になったりして楽しかった。体もたくさん強くなってて、速く力強くなった
そして、お別れ。初めて出来た友達で、とっても寂しかったけど、ゲンとハイリとお別れして、テラスが何度か説明してくれた“かえらずのもり”へと入った。
森の中は息苦しい圧迫感があった。誰かに見られているような、すぐそこに罠があるような。そんな錯覚を持つような空間だった。
途中出てきたゴブリンを倒して、その後もゆっくり進んだ。ちなみに尻尾は三本に増えてさらに体が動きやすくなった。
そうして唐突に襲い掛かってきた、見えない攻撃。
“なんとなく攻撃が来そうな場所”からテラスを引っ張って遠ざけ、避け続ける。その後もテラスの指示に従って、なんとか倒せた。
私はそこで意識を失った。
………………
…………
……
ふと、今までの生を思い出している自分に気づいた。なんで、思い出していたのだろう。
そういえば、今私はどこにいるのだろう。暗い、昏い、何もない場所。
体に激痛が走っているような気もするし、何も感じていないような気がする。
沈む、沈む、体が沈む。黒い水のようなものに、沈んでいく。
くらぁいばしょへ。
なんだか行っちゃいけないような気がする。でも、止まらない。それにほら、奥にたくさん光が見える。小さいモノから大きいものまで。とってもきれい。でも、本当は見てないような気もする。誰かの目を借りているのような気がする。
疑問。でも、なんだかどうでもよかった。
《そこ》にいけば、全てが平等。
それが確信できたのだ。
なら、行こう。
差別されず、平等に――。
――――もう……ひとりは、いやなんだ――――
……ひとり、一人、独り? 私は、今から、独りじゃなくなるよ?
――――メイレー……――――
だれかの呼ぶ声がする。ううん、誰かなんて分かってる。世界で一番好きなあの人だと、判っている。
だけど、あの人が弱音を言っていることが信じられなかった。
今まで何も疑問に思えなかった思考が、途端に動き始める。今まで霧散していた意識が集まる。そしてその疑問へ考察する。
――――おねがいだ、おいていかないでくれ――――
いつも何をすればいいか一瞬で考えつき、誰よりも完璧な行動をしていたあの人が。
私と、私の友達と、みんなから理想の存在として見られるあの人が。
――――なぁ……めいれぇ……――――
懇願するように。今にも頭を地面に擦りつけそうなほど情けない声で言っているのが、信じられなかった。
でも――嬉しかった。
あの人は、私の“力”が欲しいと言っていた。でも、どんな状況でも諦めず、どんな強大な敵にも立ち向かい打倒していた。誰よりも強く、だからこそ、私は実は必要ないんじゃないかって、いつも不安になってた。
完璧、最強。そんなイメージを真っ先に浮かべさせられるあの人は、本当は私と同じで、寂しかったのだ。
“力”があるから傍にいるというだけなら、あんな泣きそうな声で懇願なんてしない。
その事が、打ち震えるほど、堪らなく嬉しかった。
大丈夫。
あの人にいつも言われた言葉。根拠のない時もあったけど、その言葉だけでどんな恐怖にも立ち向かえる気がした。
なら、今度は私があの人に届けてあげないと。本当の魔法の様な、その言葉を。
だから、《あっち》にはいけない。
どうにかして、あの人の所に戻らないと。そして、安心させて、暖かくしてあげないと。
そう考えていると、私の中に侵入してくるナニカに気づいた。神々しくもあり、でも何よりも禍々しい、恐ろしい力の塊。今までの私なら、怖くて拒絶して、耳も目も塞いで逃げたような恐怖の根源。
だけど、あの人が――――テラスが私を求めてくれる限り、私は無敵だった。
ならば、怖いものなど何もない。
それに、その恐怖の根源は、おそらくテラスの中にあるものだ。尚更恐れることなんてない。
受け入れよう。例え、私の体も、魂さえも壊れても。
テラスの元へ帰れるのなら、構わない。
大丈夫だよ、テラス。一人になんて、絶対にしないからね。




