第50話 純粋な闘志
「はぁぁぁああああああ!!!! 【ブレス】!!!」
メイレーから手を一時的に離し、焦りのままに初っ端から【ブレス】を放つ。現在俺の使える攻撃の中で最大の破壊力を誇るスキルだ。
集中が乱れているからか、少し拡散し、不完全な【ブレス】になった。しかし、それでも前方のほぼすべてを吹き飛ばし消滅させる威力には変わらない。
このまま当たればそれで決着がつく!! 時間が無いんだ! 当たってくれ!!
ピッ――ドォォオオオオオオオオン!!
舞い上がる土、焼け抉れる巨木、その破壊の光は期待通りの威力を示した。
――だが、敵はもうそこにいない。
「ッ!? 後ろかっ!」
メイレーを地面にサッと下ろし、彼女を跨ぐようにして振り返り敵に構える。魂力感知で奴の移動を察知したが、その移動速度は最早空間転移と言っていい。移動の始まりと終わりしか分からなかった。
次に来るだろう敵の攻撃に備え、メイレーに括り付けてあった剣を抜く。
スキル構成的にこいつは物理攻撃しかないはず! 【思考加速】を使っている俺ならおそらく防げる!
――だが、相手はまったく動かない。
こちらを見てその薄いピンクの瞳をつまらなそうにし、攻撃的な意思をまったくぶつけてこない。左手に持っている刀の柄には触れようともせず、まるで戦闘など行っていないとすら錯覚させられる。
その態度に激しく困惑するが、それが罠とも限らないので、剣を構えたまま中級風魔法【ウインドスピアー】で牽制する。
空気の揺らぎという不確かなものでしか視認できないその魔法は回避がとても難しいのだが、当然の様に最低限の動きで避けられた。それも、跳ぶようにではなく、ただ重心をずらして片足動かしただけでだ。
本当に必要最低限の動きしかせず、その回避は完全にこちらを舐めきっている。
その行動によって俺は――――スッと冷静になる。
激昂などしない。こちらを舐めているという事は相手にその分余裕があるという事であり、そいつが愚者でない限り、それだけ強いという事だ。
それに、その姿勢はどうしても隙を生む。わざわざ自分からチャンスをくれている相手にキレる必要などない。強者達との戦闘で学んだ一つの教訓だ。
しかし、それはある意味悪手であったようだ。さっきまでこちらを見下したように観察していたらしいムシャゴブリンは、今の俺の態度に“ほう、”と感心したかのように頷いた。
そして楽にして立っていた姿勢から重心を少し落とし、警戒心を高めたようだ。相変わらず刀には触れる気配が無いが、避ける準備をしただけでも奴の隙は格段に減った。
っく、たったこれだけで攻め手が減った。どうする……如何攻め込むべきか。
メイレーは俺の股下で苦しそうに寝転がっている。メイレーを守るためにもここから動くことは出来ない。
となれば遠距離なのだが……。
俺の遠距離の攻撃手段は、魔法か、スキルの投擲、絃術。魔法スキルの火炎弾。あとはブレスと竜の咆哮だ。竜の咆哮は少なくとも使えないな、メイレーにまで被害が出る。
絃術で翻弄しようにも、まだサイレントアサシンスパイダーから取得したスキルは一切の練習を出来ていない。慣れていないスキルで戦うなど、同格もしくは格上の相手には愚の骨頂だ。
他のスキルでもすぐに決定打になるとは思えない。ここは魔法で少しでも隙を生み、ブレスまたは火炎弾で攻撃するか?
ただ、【過度身体強化】は解けない。解いた瞬間接近されれば成す術が無くなるからだ。
作戦とも呼べない稚拙な行動予定を考えた後、実際に行動に移す。
――魔法乱舞――回避難易度重視選定――
中級火魔法【ワイルドファイアータワー】中級風魔法【バイオレントウインド】中級雷魔法【エレクトリックスパーク】中級爆魔法【バイオレントインパクト】中級氷魔法【アイスランダムニードル】中級毒魔法【バッドミスト】
ギュォギゥブォファァザザザザヒュゥゥドォィン!!!
使用可能な【並列思考】をギリギリまで使って、避けにくい魔法を多数行使する。俺の周囲で同時に展開された色とりどりの魔法陣は、それだけで上級魔法下位の規模を誇っていた。
面制圧を目的とした即興多重魔法。その様子にムシャゴブリンは驚いた様子を見せるが、まだ刀に手はかけない。
到来する魔法を避けれるものは避け、弾ける物は弾き、【バイオレントインパクト】はその衝撃波に合わせて拳を撃ち抜き、【バットミスト】のような霧は腕を振るうだけで霧散させていた。その動きは一つ一つが次の動きへの布石になっていて、無駄を感じられない。
さらによく見ればその腕には赤い気――【闘気】を纏っている。
くっ……やはり使えるか。こいつなら纏う雰囲気から使えそうだと思っていた。
しかも、【闘気】の発現まで一切のタメが無く、俺よりも【闘気】の熟練度が高いのが目に見えて分かる。
隙を生んで攻撃するはずなのに、まったく隙が見当たらない。どうする。考えろ……!
だが、どうシミュレーションしても奴を打倒できる方法が浮かばない。達人のみが発することの出来る独特の威圧感が俺を苛み、一種の無力感を生ませる。
他の方法、なにか、なにかないのか……!
――上級土魔法【鋼雨】!
魔法乱舞を止め、上級魔法を使う。発動までに若干の時間が掛かり、明らかに俺の隙であるのだが、やはり奴は動かない。
はたして行使された機関銃のような魔法は、ドドドドドド! という激しい音を生むが……躱されている。
弾道を予測しているのだろうか。そう思い一つ回転させ変化球を生むが、それすらも容易く躱される。
他にも、考えれる限りの魔法を行使する。だが、発動するタイミングが完全にバレているこの状況では、児戯のようにしか思われていない。
奴はまた、段々と目を退屈にさせてきた。無駄な事を、とその目が語っている……。
このままじゃ負ける。そうなればメイレーは……! 冷静になっても勝てない相手に、また焦りが生まれ、苦虫を噛み潰したような表情になる。
打つ手が無くなってきて、もう【ブレス】乱射しかないか? と反動を考慮せず自棄になりそうなとき……ムシャゴブリンが、動いた。
咄嗟に剣を横向きに構え、防御する。気づいたときには奴は目前にまで迫っており、その動きはやはり見えない。
そしてムシャゴブリンはその右手に分厚く【闘気】を纏わせ、俺へ掌底打ちを放ってくる。
地面に根を張るようなどっしりとした構えから繰り出された一撃は、破城槌とすら錯覚させるほどの重い運動エネルギー。
剣の刃を胸の位置で相手に向けていたというのに、空いているボディを攻撃せずわざわざ刃に掌底打ちを叩きこまれた。そこからは硬質なガギギギッ! という音が鳴り響き、その【闘気】の精度の高さに畏怖すら覚える。
大岩すら容易く穿つだろう攻撃に、俺は耐え切れず吹き飛ばされた。顔の血の気が引く。
「メイレーぇえええええ!!!」
悲鳴のような叫び声を上げながら巨木に叩き付けられる。予想を遥かに超えた速度で叩きつけられ、受け身をとってもダメージは避けられない。だが、そんなことはどうでもよかった。
今、メイレーは完全に無防備。そのそばに、奴が、ムシャゴブリンが居る。奴の攻撃ならただのパンチですらメイレーは死にかねない!!
そしてムシャゴブリンはその手を――メイレーの襟へと伸ばした。そのまま掴まれ、持ち上げられる。もう奴はいつでも殺せる、そんな、状態へ。
まて、メイレーは、だめだ、ダメだ、はなせ、はなせ、やめろ! やめろ! やめろ! やめろ!!!
内から溢れ出すエネルギーを増幅させる。助ける! 絶対に! 絶対に!!
“白銀のエネルギー”を奴へとぶつけるために、光る腕を前へ!!!
「ヤメロォォォォォォオオオオオオ!!!! ……ぉ、お……。え……?」
喉が裂けるのではないかという俺の絶叫は、すぐに困惑へと塗り変えられた。
なぜなら、ムシャゴブリンはメイレーを片手で持ち上げたあと、そのまま後方へ、ポイッと投げたのだ。
病人に対する扱いではないが、レベルが高いメイレーはその程度では死にはしない。木の傍でもないから投げた先も危なくなく、殺そうという事ではないことが分かる。
俺から遠ざけられた形になったが、意図が分からないその行動に困惑する。発動直前にまで高められた“白銀のエネルギー”を放とうにも放てず、その状況に訳が分からなくなる。
どういうことだ、と相手を見やれば…………ムシャゴブリンは俺を見て、瞳に初めて喜色を浮かべ、全身に【闘気】を纏っていた。
――【気纏】。それも、ライフエナジーによる不完全なものじゃなく、もっと完全で統制された本物……!
なぜ、急に奥義とも呼べるものを使ったのかと考えれば、自身の様子を思い出した。
疲労の取れた体、冴えわたる感覚、なんでも出来そうな万能感、体から溢れる“白銀のエネルギー”。
冷静になって見れば、俺の髪が全て白銀へと変えられていた。元の黒色ベースがどこにも見当たらない。
突然の変化に戸惑うが、すぐに思い出す。
…………【寵愛の継承者】か!
ワイバーン戦からウンともスンとも言わず、変化を一切確かめることも出来ず調査を諦めていたユニークスキルが、顕現していた。髪の変化に気づいたのは初めてだが、それは後でいい。
今、ワイバーン戦の決着の時と同じ攻撃が出せるのならば、あのゴブリンを倒せるのではないか? それに、超強化されたと感じる今の体ならば、あの達人的な動きにすらついて行けそうだ。
そして、ムシャゴブリンを見れば、――すべてが理解できた。
目が、語っている。喋ったわけではない。頷いたわけでもない。だが、その目が、爛々と輝いたその瞳が語っていた。
――――――戦え、と。
「……そうか。なら、期待に応えないとな」
今までの行動も、全て、全力の戦いをしたいが故のものだったのだ。そこに邪念はなく、殺意はなく、好意は無く、悪意も無く、純粋なまでの【闘志】があった。
メイレーが相変わらず危ない状況であることには変わりない。ここで勝てなければ二人とも死ぬだろう。奴がメイレーに止めを刺すようには思えないが、同時に、治療も出来ないし、そもそもしない筈だ。
長い時間は掛けれない。メイレーの事だけではなく、俺のこの状態は長く持つように思えないのだ。
しかし、少し前までの焦燥はない。相手への憎しみ交じりの殺意も失せた。
だからこそ、今から行われるのは、無垢とすら例えられる、尊いまでの闘争だ。
片手に持っていた剣を正眼に構え、【威圧】と共にムシャゴブリンへの闘志をぶつける。
高レベルスキルの【威圧】に一切の怯みを見せず、ムシャゴブリンは初めてその表情を変え笑みすら見せる。
そして、この邂逅で初めて――居合いの構えを見せた。




