第42話 気纏の脅威
「シッッ!!」
高速移動をしたことで、食いしばった歯から空気の漏れ出る音がする。
俺は瞬時に体をフル強化し、自分が創造した土壁から脱出していたのだ。
もしこのまま【王壁】の裏に隠れていれば、ワイバーンに狙われ一瞬で破壊されてしまうだろう。
そうなれば四人全員が即死する可能性すらありうる。
ならば、ワイバーンの注意を引きながら退避した方がいい。
幸い、ワイバーンは俺達の人数を知らないのだから、俺が出て行けば残ったこの【王壁】にメイレーが隠れていることは頭に浮かばないだろう。
暴走状態なのだから尚更の事目の前に出てきた俺に目が行くはずだ。
まずワイバーンから見て90度右側に周り、牽制に中級雷魔法を放つ。
いくつにも枝分かれした雷の魔法は見事ワイバーンに命中し、余波で掠った地面はそれだけで爆ぜる。
しかし、直撃したワイバーン自身はまるで鬱陶しいハエが居るかのように首を振り――たったそれだけで雷魔法は霧散した。
所詮雷と言っても魔法で再現しただけの電撃であり、その魔法級の出力分のパワーしか出ないのだ。
だが、最初から【気纏】持ちにこんな攻撃が通じると思っていない。俺はワイバーンが雷魔法へ気が向いているうちに、上空へと跳び上がった。
無理矢理強化した足で跳んだ為に足からギチギチという音すらなったが、一旦それは無視する。
ワイバーン頭上15メートル程まで跳んだ俺は一瞬だけ【過度身体強化】を切り、そして大質量の擬似上級土魔法【大岩落とし】を使い、下に尖った円錐状の巨大な岩を作り上げる。
そしてさらに火、水、爆発の中級合成魔法を円錐状の大岩の平らな部分に発動させ、落下する【大岩落とし】に絶大な推進力を加え撃ちだす!
手元で魔法陣を発生させたため爆発の影響が俺にも来る。水魔法のシールドでその衝撃を殺しつつ ドォオン!! という音と共にその一撃は放たれた。
そうして放たれた魔法は、並の大砲を遥かに凌駕するエネルギーを持ってワイバーンへと命中した。
行けるか――!
狙い通り、【大岩落とし】は【気纏】を貫き、ワイバーンの鱗へと達した。
そして……――ワイバーンの鱗一枚剥いだだけで、円錐の先は潰れ、後は衝撃をワイバーンの体へと伝えるのみに終わった。
その衝撃も気纏にかなり削られ、結果ほとんどダメージが見られなかった。
「グゥ??」
まさに、怯んだだけ、である。
話しには聞いていたが、気纏、硬すぎんだろ……!
俺は空中の無防備な状態から立て直すため、再度【過度身体強化】を発動しつつ爆発魔法を自身にぶつけ、地面へと墜落するように降り立った。
爆発魔法は、火の派生属性ではあるのだが、どちらかと言うと衝撃波の側面が強い。
爆発による熱は発生するのだが、炎は発生しないのだ。
まあそれ相応の熱量は持つので直接ぶつければ火傷は必至だが。
ワイバーンから何の攻撃も受けていないのに既に体はボロボロである。
俺は擬似上級回復魔法で体を高速で癒しながら、次の攻撃を考える。
初手から自身の必殺とも言える大技を繰り出したが、ダメージで言うなら体力1000に対し、5ダメージみたいなものである。
どう計算しても相手の体力、命を削りきる前に俺がやられる。
なにか他の攻撃を考えねばならない。
土魔法でワイバーンの地面を凹ませ、簡易落とし穴の様にする。
ック、距離があって魔法を発動するのに時間的にも魔力的にもロスが多い。
しかし、今ほとんどダメージが無いから余裕ぶって動いていないワイバーンも、迂闊に近づいてしまえば攻撃される恐れがある。
ロスを気にしながら無理矢理魔法を使い、ワイバーンを数メートル沈めることが出来た。
そこで、俺はまたワイバーンの上へと跳ぶ。手元で魔法陣を展開してロスを少なくするためだ。
俺は【過度身体強化】を切――。
――っと、危ねぇ!!
ワイバーンが俺に向かって地面の瓦礫を蹴り上げてきた。狙いは違わず俺への直撃コースを描いていたが、何とか剣で受け流す。
正直、俺の防御面はかなり低い。
ワイバーンの弾く瓦礫が直撃するだけで粉砕骨折ぐらいはするだろう。
さっきの行動を見て、俺が上に跳んでくるのを読んでいたのだろう。
一対一だからスピードを重視したとは言え、二回同じ行動は完全な下策だったか。
やばい、あまりにもデカい戦力差に焦ってしまっている。落ち着いて行動しなければ。
だが、瓦礫を受け流したことで攻撃する猶予が生まれ、今度こそ【過度身体強化】を切る。
空中への上昇が止まり始めた頃、俺は水の擬似上級魔法【水墜】の大質量攻撃をした。
本来はその水自身の重さで持ってして敵を圧殺する魔法なのだが、おそらくこれでもほぼダメージは無いだろう。所詮擬似上級魔法であり、俺の低いレベルでは【気纏】を貫けそうにない。
実際、ワイバーンはググググッと頭を下げるに止まり、若干苦しそうではあったがそれ以上の効果は見られなかった。
そして、落ちてくる俺を耽々と狙っており……俺はまた自身に爆発魔法をぶつけ、急加速して逃げた。
そして地面に降り立ったあと、自身の治癒は無視して、急いで擬似上級雷魔法【雷嵐】を発動させる。
まるで嵐のすべてが雷になったような範囲攻撃魔法は、狙い通りびしょ濡れのワイバーンに当たる。
ワイバーンの居る穴の中には、魔力的電気伝導率の高い魔造水で満たされており、二つの属性の相乗効果でさらに膨大な大電流魔法へと変わった。
「ギャォォォオオオオ!!!」
効いている――!!
これは流石にワイバーンも敵わないと思ったのか、その場から逃げだそうとする。
今まで余裕綽々の態度をとっていたワイバーンが焦りを見せたのだ。
その場に留めようにも、同時に二つの擬似上級魔法を扱う事は俺には出来ない。俺は全速力でワイバーンから距離を取り、自身の回復を優先した。
ワイバーンは跳び上がり、俺を探す。
電気から逃げることに集中して、一瞬だけ見失ってしまったのだろう。
周囲への無差別破壊を始めさせないためにも隠れるわけにはいかないが、少しの間息を整えるのに時間を使わせてもらう。
「ハッハッハッハッ、はぁ、はぁ……んぐ、はぁ、はぁ、」
予想以上に消耗が激しい。本来十秒以上掛けて形成する擬似上級魔法を、たった数秒で作っているのだ。
一撃で死ぬかもしれないという緊張、息つぐ暇のない動きを重ねれば、こうなるのは必然であった。
そんな緊張と疲労の中、直接展開式魔法を成功させる自分の胆力を褒めてやりたいところだが、死んでしまっては意味が無い。
ワイバーンの様子を見てみれば、鱗の表面が焦げたような跡が付いており、ちゃんと攻撃が届いていたことを物語っていた。
ただ、決して大きなダメージとは言えず、このまま同じように魔法を繰り返せば長期戦になり、【過度身体強化】などで短期決戦型の俺には不利になる。
かと言って少しでも手を抜けば、即、死んでしまうだろう。
そもそも地力で圧倒的に優っている相手に長期戦なんて下の下策だ。
次の攻防からは、ワイバーンも俺を本気で狙ってくるだろう。
……仕方ない。
遠慮したいが、物理で攻めるか。
俺は切り札である【闘気】を使用する。
そう、俺はあのオーク戦から【闘気】の修練を重ね、実用段階まで至っていたのだ。
【闘気】を使用しての攻撃は、現在俺の出来る単体攻撃の最高であり、正直さっき使った魔法以上の攻撃はもうこれしか残っていない。
【過度身体強化】と【闘気】を同時使用すれば、対人戦ならば相手の剣ごと叩き斬ることすら可能で、まさに戦鬼になれるのだ。
これが切り札である理由は、消耗が激しいからだ。
【闘気】を使用すればするほど体の【気】はどんどん摩耗され、消費される。
【気】は体力、スタミナに直結し、減れば減るほど回復魔法が効きにくくなるという副作用すら出る。
もちろんレベルを上げて【闘気】の修練を重ねれば消費が抑えられ長時間使用に耐えられる。
だが、俺にはそんな練度はないのだ。
長い間体は持たず、賭けの攻勢であった。
「グゥ!? グゥ! グ…………グァアアアアアアアア!!!」
キョロキョロと周りを探っていたワイバーンはとうとう俺を見つけ、怒りと共に突進を繰り出してくる。
ただの突進ではあるのだが、マッドブラッティワイバーンの突進ともなれば俺を肉塊にすることぐらい容易いだろう。速度も巨体に見合わない程速い。
攻撃にはいくら保険をかけても足りない。さらに一つ、使い辛いが追加だ。
――レアスキル 崩潰Lv1――破壊付与!
俺は突進に向かい撃つように走り、すれ違い様、加速された思考でまず……右翼膜を切り裂いた。
「グァヤアアア!」
首は特に硬い鱗に覆われていて、有効な斬撃を与えられるかはかなり怪しい。
ならば、硬い鱗の無い腹か翼膜かとなって、攻撃しやすく飛行能力を奪えるかもしれない翼膜を選んだのだ。
案の定、俺の【闘気】はワイバーンの【気纏】を相殺するに止まり、届いたのは俺自身の斬撃と【崩潰】のみとなった。
それでも何とか攻撃は通り、翼膜とはいえ硬いワイバーンの皮膚を切り裂くことが出来た。
それから同じような攻防が続いた。
俺は自身の小ささを利用して高速移動をし、それによってワイバーンは俺を捕えられない。
体格が幼いことがここまで幸いしたのは初めてかも知れない。
そうして幾度かの交差の末、ワイバーンの左右翼膜は無残にボロボロになった。
ワイバーンの体格からして物理的に飛んでいたわけではないだろうが、おそらく魔法的な制御の役目でもあるのだろう。
途中ワイバーンは逃げようとして飛ぼうとしたが、それでも翼膜を切り裂き続けると、それも出来なくなった。
「フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ! フゥーッ!」
口から漏れ出る息が激しい。
視界が狭まる。
目の前が白く染まり始める。
余波で来る衝撃では、逆に視界が真っ黒になる。
思考がうまく行かない。
【思考加速】が常時発動しているはずなのに、思考は加速と減速と停滞と始動を繰り返す。
一撃喰らうだけで死ぬ。
俺は無数の攻撃を与えているのに少ししかダメージは無く、それなのに相手は、一撃。
そのことが俺の精神をガリガリと削り取り、緊張で心臓が圧迫される。
暴走状態だからこそこれだけ避け続けれている。
単調な攻撃を繰り返すからこそ、何とかしのげている。
「グァア!! グゥ!!! ガァアァ……!」
次は腹だ。
目を狙いたいが、目は特に【気纏】が強く、とても貫けるものではない。
腹を狙って、何度も何度も何度も何度も交差する。
音が聞こえなくなってきて、途切れ始めた。
いくら柔らかいといっても、それはワイバーンの中でであり、実際はそこらのモンスターの皮より余程硬いのだ。もう俺の手は、痺れが広がって感覚が無くなってきた。
脚もだ。
【過度身体強化】で強化と破壊をされ、回復を繰り返す足は、棒の様に感じて、鉛の様に重い。
俺に残っていたのは……一つの意志だけだった。
単調な攻撃だった。
単調な攻撃だったからこそ、――――急速な行動変化に、ついて行くことが出来なかった。
「グガァァアアアアアアアアアアアア!!!」
ワイバーンは自身にダメージが来るのも厭わず、ガっと体の動きを止め、急にその場でバク転をした。
ただそれだけだが……腹を切ろうとしていた俺は、目の前に極大の破壊力を持った尻尾が迫っても、避ける力も時間も、残されていなかったのだ。
あっ――――――――…………。




