第41話 想定以上の敵
――!
かつてないほどの大きな魂力を感じる!
これは――ワイバーンか!!
遠くから高速で飛行してくる、自身が揺さぶられるような大きな存在を感じる。
その大きな存在は――そのまま墜落するように門の前に滑り落ちてきていた。
まずい――!
横方向に高速で墜落した物体がその場で止まるはずが無く、地面にいるたくさんの人々をすり潰しながら門へと進む。
五連魔法は間に合わない!
なら、全並列思考、最高思考加速を使って中級土魔法を一秒以下で作り出せばいいだけだ!!
――ソリッドロックシールド!
石で出来た頑丈なだけの小さな壁で、俺達四人全員の体を守る。ワイバーンが弾いた瓦礫を運悪く頭に受ければそれだけで致命傷もあり得るからだ。
この魔法じゃ、あの巨体自体がぶつかれば紙切れも同然だが、計算上ワイバーンは途中で止まるはずだ!
ドッゴォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!
まるで隕石が落ちたような轟音を放ち、ワイバーンの接近に気付き閉じようとしていた、50センチもの分厚さのある鉄門をワイバーンはぶち破った。
ここの南門の壁は、ここの北門や他の都市の門にある壁と違ってとんでもなく頑丈で巨大に作られており、高さ20メートル規模の壮大な外壁だ。
そこに作られた、壁に見劣りしない高さ10メートルもの頑丈な鉄門は――無残に曲がり、街の中ほどまで吹っ飛んでいった。
ソリッドロックシールドもさっきの余波だけでボロボロに崩れ落ちる。幸い俺達に目立った怪我は無いが、周りの建物も崩れかけていた。
辺りはまるで大地震があったような惨状だ。
ほとんどの兵、まだ待機されていた奴隷も死に絶え、運よく生き残っていても体の何処かが欠損していたりしている。
外壁の内側にいた指揮官と思われる騎士も死んでいて、一番強い騎士(Lv41の騎士)も少し怪我を負っていた。魔法使いたちも魔法使う暇もなく死に絶え、生き残っている者も恐慌状態だったりでとても魔法を使えそうにない。
まさに、地獄絵図の様な光景だった。
だが、そんなことは俺にとってどうでもいい。
重要なのはそこじゃなく、目の前で怒り狂ったようなワイバーンだ。
血走った目も、血の様な鱗も、血を浴びている体も、どれも吐き気と恐怖を催す。
大きさは、頭の先から尻尾の先までで12メートル程あり、尻尾が長い。
二本の脚で立ち上がった高さは、5メートル弱ぐらいか。
デカい。
デカいが、通常のワイバーンの範囲だ。おかしくはない。
ならなぜ……、門の外にいた奴隷に反応せず、自身も死ぬかもしれない特攻を仕掛けて、尚且つ成功してるんだ……?
予想していた行動とは違った動きに、違和感を覚える。
――――解析!
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マッドブラッティワイバーン ♂ 12歳
Lv44
[魔力] 6928/2320
[魔法] 無 火
[スキル]
バーサークLv6
ライフエナジーLv1
[種族固有スキル]
ブレスLv3
竜の咆哮Lv4
[状態異常] 暴走(思考力低下、全能力上昇)
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ステータスが魔獣タイプで表示された。どうやらこの竜は魔物ではないらしい。
見たところ、暴走状態だから門まで突っ込んで来たという事か……?
それにしても、こいつ、亜種か……。
亜種――稀に生まれる、同じ種族と違う特徴を持つ珍しい種。
変に強力だったり、運の良い時は弱かったりするが……目の前のワイバーンは、とても話に聞くただのブラッティワイバーンより弱いとは思えない。
俺は思考加速をした頭で考える。
魔力が最大値より現在値の方が三倍も大きい。普通こんな状態なら、体が壊れてしまってもおかしくないはずだ。
どんな方法であれ、自分が持てる最大の魔力を越えて保持すれば体が持つはずがなく、常にダメージを負うのだ。
だが、実際は死にかけどころか、虎視眈々と周りの生き物を破壊すべく目を光らせているように思える。
奴が暴走しているのは思考や肉体だけでなく、魂力もである。
魂力感知を使うと分かるが、今にも飛び出しそうな、激流のようなイメージを受ける魂だ。
詳しく解析した様子からは、スキル【ライフエナジー】で
本来干渉してはいけない“精神の源である魂力”を、
無理矢理に“肉体の源である生命力”に変換し、
さらに強引に“物理的な影響を出せる気”に変えているようで、
魔力はただの副次的効果で三倍になっているようだ。
メインで強化されている【気】は、考えるのも億劫なほど強化されているだろう。
こんなことをすればタダではすまないのは分かりきっている筈だが、ワイバーンの様子からして冷静な思考など出来ない事が窺えた。
そして、極め付けはバーサークで暴走し、思考能力を低下させる代わりに全能力を強化、と。
最後にレベルだ。
世間では、もし竜と相対するとき、ヒト基準ならレベルを20はプラスして考えろ、と知れ渡っている。
竜というのは力がそのまま具現化した様な理不尽な存在であり、それだけの素質と暴力を持って生まれるのだ。
下級竜だから補正は少ないにしても、最低でも10はプラスして考えた方が良い。
しかし、今のあいつはさっき述べた通り、全身強化漬けにしている。後先を考えない強化は絶大な効果を示し、結局のところ、低く見積もってレベルを20はプラスして考えた方が良い。
つまり……。
「くそっ! 忌まわしきワイバーンめ! この最強の騎士ジェシー=ブラウンが、貴様を一刀の元に切り伏せてくれるわ!!」
倒れていた一人、Lv41のこの街最強の騎士が声高に名乗り上げた。ボロボロの兵士たちの中で、持ち前のポテンシャルを生かし少ない怪我で済んでいたらしい。
見た目は大柄で、フルプレートアーマーをつけている防御主体の騎士の様だ。
彼の剣術はLv4であり、盾術もLv4とバランスがいい。
重心操作Lv2(自己のみ、技術補正系)というのも持っていて、【気】の質も高く、この都市最強というのも伊達ではないのだろう。
彼は馬上で持つようなロングソードの大剣と、体を隠す事の出来る大盾を持ってマッドブラッティワイバーンへと立ち向かった。
「やぁぁああああ!! せいやぁ!!」
大きな掛け声とともに繰り出された剣、それに対してワイバーンは反応すらせず、完全に無視した。
一体どうしたのか、防御が頭によぎらない程狂ってるのかと行く末を見れば……その剣はワイバーンの全身を覆う【闘気】に遮られ、鱗に当たることもなく停止した。
ああ――――最悪だ。
「なッ!? 【気纏】だと!?」
気纏――体から出された闘気で、そのまま体を覆う、気を扱う防御の奥義。
言葉にすれば簡単だが、実際は一部の達人しか出来ないほどの凶悪な難易度だ。今はなぜ難しいかの説明を省くが、その効果は絶大。
現に本来オークすら殺せるはずの騎士の一撃が、簡単に止められているのだ。
本当に最悪だ。下級竜の様な知能の低い竜は【闘気】すら使うのは珍しいのに、【気纏】。……どれだけ自信を強化すれば気が済むんだ。
これじゃあ、中級魔法以下は無効化されて、上級魔法も俺の未完成なものじゃ効くか怪しい。
「ええい! この俺をなめるなぁ!!」
騎士の起死回生を狙った一撃が、ワイバーンの目に放たれた。
十分な溜めを持って跳躍し放たれた高速の突きは、鉄すらも容易く穿つ、スキルレベルに恥じない綺麗な剣技だった。
だが……
ガっ! バギバギバギバギバギググググググ!!!!
「ギィヤアアアアアアア!!!! ぎ! ……ァァァ……」
ワイバーンは右足を上げて、振り下ろした。そして、足の下の騎士をグイッと、踏みつぶした。
たったこれだけで、騎士の剣は折れ、鎧はバギバギという破裂音をさせ、勝負は決した。
いや、勝負にすらならなかった。
ワイバーンにとってはこの戦闘など……ただの遊びだったのだ。
「グガアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ワイバーンは何かが楽しかったのか、咆哮をあげる。スキル【竜の咆哮】などは使っていないはずなのに、全身がビリビリと痺れるようだった。
――早く、逃げなければ!
ワイバーンが突入して、まだ一分ほどしか経っていないだろう。だが、その間呆けていてしまったのは致命的だった。
「ゲン! メイレー! 早く逃げるぞ! ゲンも呆けてないで早くハイリを担げ!! 行くぞ! っ!?」
ゲン達を促して逃げようとしたとき、ワイバーンは暴れ出してしまった。手当たり次第に周囲の建物を破壊し、生き残りに止めを刺し始めたのだ。
この街最強の騎士が破れ、指揮官と大部分の兵を失った兵団はもはや壊滅状態。だれもワイバーンの暴虐を止められるものはいない。
その時、ワイバーンが視覚化出来るほどの【魔力】と【気】を練り始めた。周りの景色が歪むような光景を作り出す溜め、そして顔をのけ反らせるポーズは……【ブレス】の予備動作!
さらに運の悪いことに俺達も影響を受ける方向に撃とうとしている。広範囲に破壊を齎す【ブレス】は、掠っただけでも消し飛んでしまう!
真正面では無いものの、当たらない位置まで逃げるのは三人が間に合わないか!
ちくしょう! それなら防ぐまでだ!
間に合え!!
並列思考と思考加速は常時発動できる出力から最大出力に! 万が一のために使っている【過度身体強化】は使用停止!
――中級土属性干渉型魔法陣五連並列展開
――【叡智の選定者】のオートサポート
――魔法陣連結
――【収束】による魔力効率補給
――単方向型―【王壁】!!――
咄嗟に、名前と効果だけは知っている上級土魔法【王壁】を真似、本来は全方向に展開するのを一方向だけにして高速化と強化をし、さらに角度をずらすことによってブレスを反らすように発動した。
もしかしたら過去最高かもしれないほどの速度で発動した擬似上級魔法は、ギリギリ、ブレス発動直前に成功。
横10メートル高さ5メートル厚さ3メートルの鉄の様に堅牢な壁はそれ相応の消耗を強いたが、防ぎきってくれるか……。
くっ! 【ブレス】の溜めが終わったか!
今は驚いているゲン達に注意を促し、魔法を全力で維持する!
「全員伏せろぉ!!」
ピカッヒュゥッッ――ドォォォォオオオオオオオオオオオオオン!!!!!
音が大きすぎて、衝撃波にしか感じないほどの轟音。既に耳鳴りしか聞こえない。
だがその体は轟音を感じとり、肺が圧迫されたように息すら辛くなる。どうなっているのか分からないほどの衝撃で、長い長い時間を体験した。
実際には10秒にも満たない時間しか放たれなかっただろう。
だが、俺は加速された思考で十倍以上の時間を感じ、さらに体感時間も伸びて、まるで数十分もブレスの余波を浴びていたような気さえした。
シン…………と、音が収まる。
いや……あまりに大きな音を聞いたせいで、鼓膜が破れてしまっているのだろう。
現に周りは……この【王壁】以外は、ほぼすべてが吹き飛んでいて、空に飛ばされた瓦礫は地上に大きな音を立てて落ちている筈なのだ。
ワイバーンのブレスは、まるでミサイルの爆発の様な効果を齎して、ここら一帯を平野に変えたのだ。
遠くに見える中央区、そこさえも、今はほとんどが瓦礫の山となっていた。
さっきも言ったが、この【王壁】以外はほぼすべて全壊だ。もちろんこれ自体もボロボロに痛んでおり、半分以上が崩れている。
本当にギリギリだったのだろう、様々な奇跡が起こってこの壁が守ってくれたのが分かった。
だがしかし…………これだけ残っているというのはそれだけ目立つという事で……。
「グラァアアアアアアアアアア!!!」
当然のようにマッドブラッティワイバーンに目をつけられ……絶望的な戦いが、避けられない所まで来ていた。




