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黒銀の決意 ~混沌転生~  作者: 愛卯
第二章 忌まれる狐編
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第38話 静かな不穏

唐突な三人称注意(前半だけ)

 



「くっ…………!」



 ゲンと相対する三匹のゴブリン。

 森を探索していると再び遭遇したその魔物は、さっきと同じく木の棒しか武装は無く、脅威とは言えない。


 しかし、ゲンとハイリにとっては初戦であり、実戦。


 テラスに褒められたいからという渇望によってネジが一本外れていたようなメイレーと違い、正常であるからこその緊張。


 さらにゲンを緊張へとかきたてるのは、メイレーとゲンが戦えば一瞬でメイレーが勝つという事実だった。

 溢れ出るメイレーの才能と鍛錬への貪欲さは、短期間でとんでもない戦鬼を生むには十分であった。初めはメイレーの体調もあり、以前剣に触れる機会があったゲンがそれらのアドバンテージで勝っていたのだが、僅か三日、三回目の模擬戦にてメイレーはゲンを下してしまったのだ。


 そんなメイレーと違い、ゲンは特殊なスキルも、狂ったような才能もない。だが、ゲンの才能が無いわけではなく、人並み以上、時代によっては天才的とすら言われるほどの才能を持っている。

 たった一か月で剣術スキルを上げるというのはそれほどまでに困難なのである。


 ゲン自身、この一か月で以前とは比べ物にならない程強くなったという自負はあった。

 しかし、近接戦闘において比較対象がテラスとメイレーなのだ。どちらも紛れもない天才、鬼才であり、どうしても自分が劣っているような気がするのは仕方のないことだと言えた。


 その過去が、感情が、ゴブリンへ切りかかるという行為への枷となっていた。



 アタッカーであるメイレーは、今回はサポートとハイリの護衛に徹するという事になっていて、暴走して前に出たりせず、しっかりとゴブリン達の様子をうかがっている。



 手に持つテラス印のロングソードがやけに重く感じて、革の手袋の中が汗で蒸れる。

 膠着した時間はそう長く続かず、先に切りかかってきたのはゴブリンだった。



「ギィイィイイイイイ!!!」


「うわっ!」



 上から殴りつけてきた棒に対し、剣を横に傾けることで防ぐゲン。


 膠着状態を抜けたことで体が動き、そこからフッ! と息を吐いて、木の棒を押し返した。


 押し返されたゴブリンは、よろめいてたたら踏んでしまう。

 そこへ、体に染みついた連続的な動作で、ゴブリンの首へと水平に切り払った!


 ジュプッ……。



「なっ……!?」



 ゲンのイメージでは首を飛ばすはずだったのだが、剣はゴブリンの首半ばで止まってしまう。切り払った体勢が悪い訳でもないのにと、予想と違った現象が起きてゲンはパニックになってしまった。



「クソッ! 抜けろ!!」



 食い込んだ肉がゲンの剣を絡めとり、抜く事さえも困難にする。首を切り裂いたゴブリンは死んでいるのだが、死ぬ瞬間筋肉が硬直してしまっていたのだ。


 そもそも、テラスやメイレーが首をポンポン飛ばせることがおかしいのだ。


 ゴブリンとはいえ筋繊維は硬く、骨は岩より頑丈、の筈なのに、抵抗が無いかのように切り去る技量と力強さは、一級の戦士の技だ。メイレーの武器スキルがLv2であることが不思議であるぐらい、ゲンとメイレーの技量には大きな差があった。



 ようやく剣が抜けようとしたときには、二匹目が殴りかかってきていた。



「――が資格に示し、我が魔力を源としここに現れよ。汝、水球と化し、敵を撃て!』 【ウォーターショット】!!」



 ゲンへ殴りかかってきていたゴブリンの頬に、水の質量攻撃が襲い掛かる。早口で唱えられた呪文の後、タイミングを見計らったハイリの的確なサポートが決まったのだ。



「ハイリ! 助かる!」


「しっかりしなさい!!」


「おう!!」



 味方からの心強い援護に、一つの安心感を覚え、手に持つ剣を正眼に構えしっかりと止める。

 いくらゲンがまだ未熟とはいえ、テラスが回復魔法併用で鍛えた(いじめた)のだ。才能もあるのだから、心を平静にすればゴブリン程度に負けることは無い。


 水魔法の援護によって怯んだゴブリンの手に持つ木の棒を弾いて、その体を蹴り飛ばす。

 さらに迫っていた三匹目のゴブリンの打撃を横ステップで避け、流れるように頸動脈を切る。深く切って剣を埋まらせるようなことはもうしない。


 噴き出す血を浴びない様にバックステップして、最後、蹴飛ばされていたゴブリンへと走る。


 数歩で間合いへと入られたゴブリンは苦し紛れに石を投げるが、それすらも剣で弾く。



「はぁぁぁあああああああああ!!!!」



 ゲンの叫び声と共に、全力を込めた兜割りが、ゴブリンの頭の天辺に振り下ろされた。ギャリッっという音と共に確かにめり込んだゲンの剣は、初戦の勝利を物語っていた。





 ◇  ◇  ◇




「初戦にしては、なかなか良かったと思うぞ? 恐慌することもなく、怪我もなく終えられたんだからな」



 俺はさっきの戦いの評価をゲン達に語っていた。

 実際、初戦としてかなりの出来だったと思う。曲がりなりにもゴブリンはヒト型だ。

 いくら醜いとはいえ殺すのを躊躇う人も珍しくないし、その醜悪さ故に怯む人もいる。


 そう考えれば、拙い部分もあったものの、問題なく終えれたのだから十分だと思う。



「反省点は分かるか?」


「えっと……緊張して動きが鈍かったことと、剣が首に挟まって何も出来なかった事」


「だいたい正解だ。細かい注意点はもちろん他にもあるが、今考えるべき反省点はそんな所だろう。次の時は体術で捌けるようにするか、予備の剣を持つようにするか決めないとな。あまり重い武器をつけるのはダメだが。とはいえ、これは初戦だ。自分の実力もしっかり把握できていないだろうし、そんなに落ち込むことじゃない。

 ハイリのサポートも中々のものだ。無駄撃ちをせず、冷静に的確な魔法攻撃を行えたことはかなり良かった。多少呪文詠唱がいつもよりゆっくりだったが、それも焦ってミスを犯すよりよっぽどいい判断だ。これからじっくり練習していけばいい。MVP(優秀賞)はハイリだな」



 俺の賞賛にハイリはフフンっと胸を反らし誇らしげな顔をする。いつも大人っぽく振る舞っているが、こんな所は子供らしいな。


 ゲンもいつものアホな感じを収めて、真剣な表情で話を聞いている。

 こいつはアホだが、集中力は高いし、ダメな所を自分で見つけ、修正する。武芸において一番必要とも言える要素は揃えているのだ。

 アホだから三回目には忘れているという欠点を持っているが、体はすぐに記憶し、そのまま“勘”として発揮されるため、学習能力は高めである。


 それに、こいつらはまだ戦闘の鍛錬を初めてたった一か月だ。

 本来この世界でも、こういう修行は最低でも年単位でするものであり、最初の一か月など下積み、基礎訓練だけというのが当たり前だ。


 それを無理を通して、短期間で実戦へと進めているのは推奨されない訓練方法だろう。

 なにしろ、モンスター戦でのミス=死、なのだから。



「さて、次のモンスターを探すぞ。まだまだ時間はあるんだ」



「おう!」


「わかった!」


「んっ!」



 次はメイレーも参加しての戦闘である。

 三人は気合いを入れ直して、探索へと向かったのだった。



 ………………

 …………

 ……




 夕方に差し掛かった頃。

 まだ空は青いが、太陽の位置からもうそろそろ帰らないと帰っている途中で夜になるので、既に帰路についていた。


 途中何度か休憩を挟みながらの探索だったが、計ゴブリン23匹、イエローホーンラビット5匹、グリーンラビット2匹(足が速いだけの緑兎)、クイックキャタピラー12匹(高速で動き回る全長50センチ程の太い芋虫)とかなりの成果だった。


 群れを作るが逃げることの多いラビット系はあまり倒せなかったが、それでもなかなかの成果だろう。


 途中で出てきたオークはさすがに危ないという事で俺が二匹ほど倒したが、それ以外は俺の助けなしで倒すことが出来たのだ。


 おかげでレベルも、ゲンが12、ハイリが11、メイレーが14と全員第二魂節を越えて基礎能力が高まり、上手く三人でやればギリギリオークを倒せる強さになった。

 スキルも、ハイリが【気配察知】を覚え、メイレーの【薙刀術】がLv3まで上がり、戦闘経験を積むことで急成長を見せた。


 そんな充実した初の探索の帰り、みんなは若干疲れた顔を見せながら、それでもしっかりと周囲の警戒をしていた。



 荷物は、メイレーが“繋げれる”ようになった異空間に入れて持って帰っている。


 メイレーはスキル【空間操作】を高い精度で扱えるようになってきた。

 代表的な転移は、長距離は無理だが目に見える短距離なら出来るようになったし、空間拡張、収縮も短時間だができるようになった。


 転移は、O(自身)地点とA地点の空間を入れ替える“入れ替え転移”と、A地点に無理矢理割り込む“割り込み転移”があるが、メイレーは一応両方出来た。


 ただし、そのA地点に何か物が置いてあると“割り込み転移”は失敗するし、“入れ替え転移”は時間が掛かる。

 特に生物の場合は、相手が強力であれば強力であるほど失敗する確率が高くなってくる。

 その空間に干渉するという特殊で精密なスキルは、不確定要素が少しでもあれば乱れが生じ、なかなか成功しないのだ。


 他にも、“ゲート”という所謂ワープホールのようなものを開くという転移も可能になった。

 離れているA地点とB地点を繋げる“ゲート”は、だいたい50センチほどの大きさまで開けるようになっており、その正円のゲートはメイレーならギリギリ通れるようになった。

 しかし、どうやっても開くのに少し時間が掛かるため、今はあまり使っていない。


 あとは、空間断絶や空間圧縮、空間歪曲や空間振動等、色々試してみたが、未だ実用範囲までには至っていない。

 精度が低く、生物などの不確定要素が混じると制御出来なくなるのだ。

 出力的に可能なようだが、意識して使えるようになるのは時間が掛かるだろう。



 それで、一番重要な荷物運搬のための“空間拡張”と“異空間収納”だが……一応可能になった。

 最優先で着手してもらった技能だが、空間拡張は常にスキルを使わないと保てないので、異空間へのゲートを開くときにだけ【空間操作】を使えばいい異空間収納を使うようにさせている。


 異空間、その先は、とある“何もない世界”へと繋がっており、広さだけなら太陽の表面積と同等の広さがあるため、そこが荷物で埋まることは無い。

 色々とよく分からない理屈が働くその世界では、限りなく時間が遅く流れるので、劣化が進まないという利点がある。

 一度自分の荷物を置く場所をマーキングするために最初に空間掌握をする必要があるが、様々な点で収納に適したこの世界は、【停界】と呼ばれており、空間魔法の説明文として本に載っていた。



 ちなみにその他の世界については、文献に載っている程度の知識しかないし、勇者の故郷“二ホン”は何かしらの理由で接続不可だ。

 そもそも、“天界”、“魔界”などの世界も接続は一切不可能で、どこからでも繋げられるのは【停界】だけなのだから、今はあまり考えなくてもいいだろう。



 収納できる量だが、一回の空間掌握の範囲によるので、今後も増えていく。既に25メートルプール五杯分程の収納スペースがあるので心配する必要はない。


 なお、生物は【停界】に入れられない。

 具体的に言えば、意思の無い微生物なら入れられるようだが、意思のある生物は入れられない様だ。

 細かい境界は検証してないのでわかっていないが、そんなことより、予定してた荷物運搬は出来るようになったのでそれで十分だ。


 異空間収納は、空間魔法の方にも同じような魔法があるのだが、希少な空間魔法使いの中でもさらに優秀で極稀に出来る人間が出るというような超難易度だ。

 スキルであることと、【叡智の選定者】で調べた時は出力的には可能という事でやってもらったのだが、うまく行ってほっとした。




 さて、長々と【空間操作】について語ってしまったが、簡単に言ってしまえば、荷物の問題が解決し、後はメイレーの鍛錬と武具の調達が終われば不帰の森に出発だ。


 金は減ったがまだそこそこの余裕はあるし、問題なく着々と準備は進んでいる。


 焦る必要はない。夜、嫌な夢を見た日には、焦りが出てしまうが、焦ってはすぐに死んでしまう。


 俺は旅で、そのことを学んだのだ。



「……テラス? どうしたの?」



 メイレーが心配そうにこちらを見つめてきている。

 どうやら暗い顔をしてしまっていたらしい。

 ここ一か月間は、俺自身に何も変化を起こせていないから、その不安が表情に出てしまっているのかもしれないな……。



「大丈夫だ、心配するな。――もうすぐ家につく。最後まで気を引き締めて行けよ」


「う、うん……」



 メイレーを安心させる様に話しつつ、ゲン達の様子を見てみると、ちゃんと気を引き締めたままの様だった。



 ……それから間もなく家につき、三人は溜まった疲れを吐き出すように大きく息を吐いた。初の探索だ、疲れるのも仕方ないだろう。



「あ~! 疲れたぁああ!! 足が痛いし腕が重いし眠い!!」


「さすがに私も疲れたよ……お疲れ様……」


「…………ふぅー……あっ! テラスっ、えと、水……要る……?」


「……ふむ、貰おうか」



 メイレーがコップに呪文詠唱式干渉型魔法で水を出す。呪文を教えたとはいえ難しい魔法をポンっと成功させるメイレーは本当に多才だと思う。

 まだ水属性は生活魔法の出力でしか出せないが、飲み水を出せれば十分だ。



「ありがとう、メイレー」



 メイレーの頭をゆっくりと撫でる。



「……えへへ……ほめ……ら……れ……たぁ…………」


「はいはいよしよし」



 恍惚としたような、(とろ)けたような笑顔を見せるメイレーに、少しでも心が癒えたかと安堵する。

 メイレーがむふむふと笑っているのを眺めていると、ハイリが呆れたような顔をしながら話しかけてきた。



「……いちゃいちゃするのもいいけど、話聞いてた?」


「ああ、すまない、聞いていなかった。あと、いちゃいちゃと言うが、ハイリもよく寝てるゲンに――」


「なんで知ってるのよ!!! あと言われたからって言い返さないの!! 子供じゃないんだか……ら…………子供だったわね……」


「ついでに言えばハイリも子供だからな。見ろ、ゲンの顔。疲れてるんだからあれぐらいポケーッとしていてもいいんだぞ?」


「いやよ、アホみたいじゃない」


「ん? よんだかー?」



 ゲンはアホと自分の名前と、どっちに返事したのだろう。



「って、話が逸れたわ。ゲンももう一度聞いてね。最近、この街の領主率いる兵士団が何か準備をしているらしいわ。でも、団って言ってもそんなに多くないそうよ」


「ああ、その話ならもう調べているさ。だいたい小隊規模、少し多めで10パーティー60人の兵を集めているようだ。特に魔法使いを集めているようだな」


「なんでそんなに詳しく知っているのよ……それで、なんで集めているかは知ってる?」


「たしか、近隣の森で大型の魔物が見つかったんだったか? 特に不自然な動きは無いからあまり詳しく調べてないが、確かそういう理由だったはずだ。精鋭を集めているそうだし、かなり強い魔物かも知れないな」


「なんの魔物かは分からないの?」


「報告書を写したものを見せてもらったんだが、偵察した兵士が恐慌状態に陥ってまともな報告が成されてないんだよ」


「うーん、ここも危ないかなぁ……」


「基本的にこの家から出なければ流石に大丈夫だ。人のいる街の中心地からもかなり離れているしな。万が一の逃走経路も作っておく」


「わかったわ、ゲンも分かった?」


「おう! 任せとけ!」


「…………やっぱりもう一度説明しておくわね」



 ハイリはゲンへの説明に入ってしまった。


 さて、大型の魔物か。

 強さとスキルによるが、俺の成長のためにも仕留めておきたい。しかし、兵士団に目をつけられているなら、諦めたほうがよさそうだな。


 今は不帰の森に抜ける事だけを考えよう。



















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