第33話 (閑話) 赤目の狐の生まれ
※今回の話は暗めでご不快になる部分があるかもしれません。
わたしは、生まれつき、尻尾が無かった。
黄狐人族の里の中で、尻尾が無いという欠陥を持って生まれた私は、誰からの祝福も受けずに誕生した。
耳と尻尾は黄狐人族達にとって美醜を見分ける指標であり、毛並みが美しく形が綺麗であるほど良いと言われている。
もちろんそれだけで判断しているわけじゃないが、尻尾と耳が美しさのかなりの割合を示していると言っていいだろう。
そんな人たちの中で、尻尾が無いという欠陥を持つのがどういう意味を持つのか。
母は私が生まれたことに三日三晩嘆き悲しみ泣きつくした。
お手本のように仲の良かった夫婦は次第に喧嘩ばかりするようになった。
父は狂ったように狩に行き、そのうち戻ってこなくなった。
私は、致命的なまでに望まれない子だったのだ。
それだけじゃなかった。
私という子が生まれた弊害は、私だけの問題で済まなかったのだ。
母と父の仲の良かった友人はこぞって距離を取り始めた。
近所の人たちはバケモノの子を産んだ親と罵り始めた。
同じ場所に住むことを糾弾され、里の端に住まざる負えなくなった。
食料のお裾分けが無くなった。
生活道具の貸し借りは出来なくなった。
里の仕事を割り当てられなくなった。
今まで尻尾が無い子なんて生まれたことはなく、不気味に思った人たちが噂を流し始めたのが原因だった。
最初は、気味が悪い子、程度の会話だったのだろう。
そこから話を誇張する者が出始めて、いつの間にか災厄の前触れだとか里を滅ぼすバケモノだとか言われ始めた。
碌な娯楽や教育の無い里では、まるでそれが真実であるかのように語られる。
森の中という閉鎖的な空間にある里では、その噂は瞬く間に広がり、こうして私は全ての黄狐人族から【忌み子】の名を貰うことになった。
………………
…………
……
母は……かあさまは、いつも私を叩いて、いつも私に怒鳴る。
ちいさなちいさな頃、よく思い出せないほど小さな頃は、口元を引きつらせていたけど、ちゃんと遊んでくれたり、ごはんを食べさせてくれた。
でも、顔も思い出せない“とうさま”が帰ってこなくなった頃から、かあさまはずっと怒っている。
お腹がこわれちゃうんじゃないかってぐらいご飯をたくさん食べて、そのまま吐いたり。
ずっとずっと髪の毛をグシャグシャしてて、髪の毛がたくさん抜けてたり。
家のものをたくさんガシャーンって壊したり。
そして私をたくさん叩いて、最後にたくさん泣いて、そのまま寝る。
かあさまはいつもそんなことばかりしてる。
今日もかあさまが苦しそうだから、水を持っていったの。
少しでも、楽になってほしいな。
「来るなッッ!! 近づくな!!! あぁぁああアアアアウウウゥ!!! なんで私ばかりなんでわたしばかりなんでワタシばかりなんでわたしは悪くないのに私は悪くないのに私は悪くないのに!!!!!」
水、叩かれちゃった。
コップ取りに行かないと。
「全部お前が悪いんだ全部お前が悪いんだ全部お前が悪いんだ全部お前が悪いんだッ!!! お前が忌み子なせいで私はみんなに見捨てられて蔑まれて!!!! お前さえ産まれなければ全部うまく行っていたのに!!!」
かあさま、今日も同じ話してる。
私には、むずかしいから、よくわからない。
わからない。
わからない。
「お前さえ死んでしまえばまたもとに戻るのに!!! どうして殺せないの誰なの掟なんて作った奴は!! 自分の子供の生死を親が持ってて何が悪いのよ!!!」
また同じ話。
子供をころしたら、里から追い出されるんだって。
この話は何回目だったかなぁ。
かあさま、のどガラガラで痛そう。
大丈夫かな……?
「お前の! せいで! お前が! バケモノだから!!」
痛い。
かあさまが、叩いてくる。
上から、ガっ、ガっ、ガっって。
――でも、慣れたから、大丈夫。
「かあさま、うで、うごかなくなったら、かり、いけない」
「うるさい!!! しゃべるな!!! くそ! くそ!! くそ!!! はぁっ、ハァっ! ………………そうだ、狩だ、狩に行かないとね。忌み子でも、狩に行くのは普通よね……」
「うん」
「じゃあ、前に教えた場所に、今日も行きなさい……。獲物を仕留めるまで。帰ってきちゃだめよ? 出来るだけおっきい獲物を狩ってくるんだよ?」
「わかった。がんばる」
「うふふふふ……」
かあさまが、期待してくれてる。
がんばろう。
でも、かあさまの今の笑った顔、あんまり好きじゃないな……。
………………
…………
……
里を抜けて、森に入る。
道の途中で、石を投げられたり、追いかけられたりして怖かったけど、わたし足早いから、ちゃんと逃げられるもん。
だから、へいき。
森の中には、怖いエモノがたくさんいる。
かあさまから、エモノだって教えられたけど、全然勝てない。
私を一口で食べられるぐらい大きなエモノは、どうやって勝てばいいんだろう?
今日も、ヒトと同じ形をした、鼻の大きなエモノに石をぶつけた。
だけど、やっぱり怒らせただけだった。
「ンゴォオオオオオオオオ!!!!」
怖い。
怖い。
急いで逃げないと、私が食べられちゃう。
だから、追ってくるエモノが私を追いかけなくなるように祈って、走る。
でも、エモノの足も速くて、追いつかれそうになる。“エモノの足が無くなって”、私だけあったら、逃げ切れるのにな。
「ンゴォオオオ!! ンゴ? ガ!? グガアアアアアアアアア!!!! ガア! ガァ! グファ……ン……ガ…………」
たくさん走ってたら、エモノは追いかけて来なくなった。
逃げるのは得意だから、大丈夫。
それに、逃げてる途中に急に足が速くなったり、体が前より動きやすくなったりするの。
さっきもあって、これで十回目かな?
たくさん逃げたら、もっと動きやすくなって、それで、大きなエモノを狩って、かあさまにほめられるかな?
でも、エモノが追いかけて来てた方から、たっくさん血の臭いがして怖い。
もっと離れなくちゃ、危ないかもしれないから、もっと逃げる。
「ハァっ、ハァっ、ハァっ、ハァっ……あうっ!」
走ってたら、バランス崩してこけちゃった。
森の中は走りなれてるから、大丈夫だと思ってたのに。
ふと、お尻に違和感を感じて、後ろを振り返って見た。
目に映ったのは、長い金色の毛が筆のように生えそろった、触り心地のよさそうな尻尾だった。
そう、尻尾だった。
「……ふぇ?」
頭が働かなくなる。
あるはずの無いものがあることで混乱する。
なんで尻尾?
だれかの尻尾?
でも、私以外誰もここにいないし、だからこれは…………私の尻尾?
「しっぽ……尻尾……あっ」
そうだ、みんな、私の尻尾が無かったから、嫌なことたくさんしてきたんだ。
なら、尻尾が今、なんでかわからないけど生えたから……。
「そうだ、かあさま、かあさま!」
そうだ、かあさまに教えないと!
教えたら、きっと褒めてくれる。
あたまを、他の子供と同じように、なでてくれる!
わたしはその場を全速力で駆ける。
いつもよりずっと速く走る。
みんなといっしょになった!
もう大丈夫だよね!
私、もう忌み子じゃないよね!?
木々を通り抜け、走り過ぎてわき腹が痛くなるのも我慢して、エモノ達から隠れることも忘れて、全力で走る。
そして、息をたくさん切らせながらも、とうとう里に辿り着いた。
そこは、火の海だった。
「……え?」
たくさん大きな声が聞こえる。
肉や木が焦げ付く臭いがする。
ピクリとも動かない人がいる。
血の臭いがたくさんする。
壊れて焼けた家がある。
目の前は、痛くなるほどに真っ赤だ。
「どういう……こと?」
それに帰ってくる返事は、悲鳴と怒号だった。
「雌は出来る限り無傷で捕獲しろ! ガキを人質に捕れば大人しくなるはずだ!!」
「逃げろ!! 早くお前達だけでも逃げるんだ!!!」
「反抗する者は切り捨てろ!! そこのやつ! そいつを見せしめに目を抉れ!」
「いやだぁぁぁぁぁああああああ!!! 助けてぇえあアアあああ゛あ゛!!!!」
「犯すのは捕獲が終わってからだ! サボるな! 処女を散らせばその分報酬から引くからな!」
「ママ!! パパぁ! どこぉ!! ぇぇぇええええええん!!!!」
まるで、全部が終わってしまうかのように、激しい。
いつもの静かな里の空気は吹き飛ばされて、狂った熱気に覆われていた。
目の前の事があまりに非現実的に思えて、考えが纏まらない。
自分の体じゃなくなってしまったかのように、思うように動かない。
そんな呆然とした私の視界に、かあさまが映った。
かあさまは男の人二人に引きずられるように連れていかれてる最中だった。
ああ……そうだ、助けなくちゃ。
助けないと、かあさま、褒めてもらえない。
私はかあさまの元へ駆け寄った。
「ん? おい、ガキが一匹いるぞ?」
「お? んじゃあこいつは俺が抑えとくから、お前はそっちな」
「仕方ねぇな……」
男の人一人が、私に迫ってくる。
私は、その男の人の気持ちの悪い笑顔に、動くことが出来ない。
その時、かあさまが私に気づいた。
かあさま、怖い、怖い、助けて――――――。
「お、お、おぉおおおおまえがぁあああああああああああ!!!! おおお前のせいだなッ!! ああああがあ!! 忌み子が……!! 忌み子のせいだ!!! きィあぁああアアア!! 全部ぅ全部ゥゥ!!!」
かあさまが、わたしに、なにか、言ってる。
「死ね! 死ね!!! 死んでよ!!! 全部お前のせいなんだ!!! 忌み子お前のバケモノあうぎぎがしねしねしねあああ!!!」
「うお!!? なんだこいつ!? 急に暴れ出したぞ!?」
「うわぁ……。なんかボロボロで汚いし、病気持ちなんじゃねぇか?」
かあさまが、泡をふくように、しね、しねって。
「またお前のせいで罵られた!! またお前のせいで痛い!! またお前のまたお前のぉおおおお!!!」
「くそ! 大人しくしろ!!」
男の人がかあさまを思いっきり殴った。
かあさまは、動かなくなった。
「……おい!? 死んだのか!?」
「……いや、あれ? 亜人はもっと頑丈なはずなんだが……息してねぇぞ?」
「報酬引かれんぞ!? どうすんだ!?」
「仕方ねぇだろ!! こいつが暴れるから!!」
男たちが何か話してる。
なにをはなしてるんだろう?
わからない。
わからない。
わからない。
わからない。
わからない。
………………
…………
……
ゆれるばしゃ。
ゆらゆら。
ゆらゆら。
「俺達……これからどうなるんだ?」
「……男は強制労働で、すぐ死ぬだろうし、女は性奴隷にされるんだろうな」
「いやよ! 私、そんなことしたくないわ!!」
「どうしようもないよ……もう、みんな捕まっちゃったんだから」
ゆらゆら。
たのしいな。
ゆらゆら。
「あいつ……忌み子じゃないか?」
「いや、違うんじゃ……。ほら、尻尾、あるぞ?」
「……もしかして、忌み子が尻尾を出したせいで、こんな事態になった?」
がたんがたーん。
ゆらゆら。
ゆらゆら。
「そうだよ。きっとそうだ! いままで平和で、誰にも里の場所を知られたこと無かったのに……」
「急に、なんて、ね。忌み子は災いを呼ぶんでしょ?」
「本当だったんだ……」
むしさん。
ありさん。
たべられるかな。
「あいつのせいで……殺してやる!!」
「まて! ここで暴れたら人間に殺されるぞ!」
「くっ!! ちきしょう……なんで、こいつは生きてるんだよ……」
ゆらゆらしてたら、ガタンっ、ってとまった。
そこにんげん、たくさんいた。
さとのみんな、はなればなれになった。
にんげんも、わたしをみて、忌み子っていう。
しっぽあるのに、なんでだろう。
わたしが、いきてるだけで、忌み子なのかな。
それから、きたないばしょにきた。
くらいばしょで、すわってた。
たまに、たべもの? みたいなものを、あたえられた。
ぱんにみえるけど、あじはしなかった。
わたしをみたにんげんは、みんな、いやそうなかおで、どっかいっていた。
…………
……
どれぐらい、じかんがたったか、わからない。
からだが、おもうように、うごかなくなった。
もうそろそろ、しぬのかな。
しんだら、どうなるんだろう。
しんだらみんな、しあわせなのかな。
そしたら、だれかのやくに、たてるのかな。
わたしが、みとめられるのかな。
「――買った」
「ま、まいどありぃ……」
だれか、こっちにくる。
「さて、一旦俺の泊まっている宿まで移動する」
たかいこえ。
「ぼろぼろだな。バレないように簡単に回復魔法掛けとくか」
きれいなこえ。
なぜか、からだが、かるくなった。
ぽかぽか、した。
「さて、行くぞ」
たかいこえのひと、ごはんくれるひとと、はなしてる。
くびわがなんとかって、いってる。
ごはんくれるひと、おちこんだ。
わたしは、たかいこえのひとに、てをぎゅってされて、つれていかれた。
てがあったかくて、ひざしがまぶしくて、ちょっといたかった。
これから、どうなるのかな。
まだ、しなないのかな?
………………
…………
……




