第29話 対話と怒り
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あれからどれぐらい経ったのか。日はもう真上まで到達し、朝より気温も暖かくなっている。
メイレーはさっきまで泣きながら縋りついていたが、今は対面の椅子に座り、ゆっくりと水を飲んでいた。
大分落ち着いてきたようで、目は赤く腫らしているが、大量に流れた涙はもう出ていない。
「さて、ちょっと待っていろ。昼食を取ってくる」
「え、どこ、いくの、待って、」
「そこの食堂だ。食事はここでするから、すぐに戻ってくるよ」
「ま、まって、まって……っ」
また泣きそうになりながら、服を摘み懇願するメイレー。
落ち着いたといえども、唯一の味方と言ってもいい俺がどこかに行くのは不安なのだろう。戻ってくる、と言っても一人になる時間はあるのだ。
……不安のままにこっそりついてきて問題起こされるより、連れて行った方が安全か。
「わかった、なら一緒に行くか」
「うん、うんっ」
「だが、一応このローブは被っておけ。頭と尻尾を隠さないと、面倒な場所もあるからな。」
「わかったっ」
メイレーを連れ、部屋を出て食堂まで歩いていく。
ちょこちょこと後ろを付いてきて、俺の着ているローブをチョンっと摘まむその姿は、絶妙に保護欲を誘っている。
もし意識してやっているなら将来小悪魔に成れるだろう。無意識なのはほぼ確実だが。
何度もメイレーに視線をやりながらもようやく食堂について、カウンターの壮年の男に注文を告げる。注文と言ってもレパートリーがあるわけではなく、一種類しか頼めない。
どうやら昼食は芋のスープに兎肉の塩焼き、パンに馬乳のようだ。二人分頼み、しばらく待って出来上がったものを受け取る。
暖かいそれを二人分トレーに乗せ、俺が一人で運んでいく。
六歳の俺が運んでいい量じゃないかもしれないが、折れそうなほど痩せきっているメイレーに持ち運びさせるほど俺は鬼畜じゃないし、十分に余裕がある。
重さは一切問題にならない、……だからメイレー、近くでオロオロされる方が邪魔だから。手伝いたいのは分かるけど、一旦落ち着こうな?
部屋について小さなテーブルに食事を置き、椅子に座って食べ始める。
衛生観念がしっかりしている現代日本と違い腐ったものがある可能性を考え、解析を掛ける。するとどうやら馬乳はそのまま出されているようで…………まだ胃がボロボロなメイレーではお腹を下す可能性があるな。
「すこし待て」
……たしか、乳は、60度程度で三十分ぐらい温めるんだったか……?
「馬乳は食後に飲むことにしよう」
「うん、わかった」
魔法で加熱しつつ、代わりに水を作り出して食事を開始する。
温度については【叡智の選定者】で分かるから問題ない。なお【叡智の選定者】の解析能力はおそらく何でも調べられるのだろうが、あまり大量の情報はまだ頭痛が走ってしまい使えない。
一応、オート機能のようなもの(ステータス可視化など)もあるため、それを応用して温度を可視化できるようしておいた。これで少しは楽になる。
……マニュアルでステータスを確認しようとした時の頭痛はトラウマものだ。
旅の途中に一度やったが、頭の中に爆弾が起爆されたような、ノコギリでギコギコと開かれるような痛み……鼻血も出てたな……。
いかんいかん、食事中に思い出す事じゃないな。
ふとメイレーの方を見てみると、必死に、まるで詰め込むようにハグハグと食べていた。
今までまともに食べられなくてお腹が減っていたのだろう。
さらに、フォークを逆手で握るように持ち、スプーンは順手で、ナイフは逆手で刺すように持っていた。
……フォークの持ち方すら、教えてもらってないんだな……。
「メイレー、フォークはこうやって握るんだ」
「? えと、その、こう……?」
「ちょっと違うな、ほら」
メイレーの手を掴み、握り方を教える。枯れ枝のようにやせ細った手は、強い頼りなさを感じた。
「こんな感じだ。ついでに、ナイフはこうで、こうやって切って、スプーンはこう持って、すくって飲むんだ。ただ、飲むときは皿に顔を近づけて、零さない様にな?」
「ほぇ…………」
「メイレー?」
「あ、うん、わかった……」
ぽーっとなっていたメイレーを少し不思議に思いながらも、食事を再開する。
その後のメイレーはぎこちなさを残しながら、しかしなんとか様になった持ち方で食事を再開した。
「あんまり急がず、よく噛んで食べろよ? その方が消化にいい」
「消化……?」
「お腹の調子が良くなって、元気になりやすいってことだ」
メイレーが喉を詰まらせないか心配しつつも、時間を省略するために予定の話をする。
「メイレー、食べながら聞いてくれ」
「?」
「簡単に言えば今日の予定についてだ」
「よてい?」
「ああ、今日はこの後、装備や服、その他必要な物を買いに行くつもりだったんだ。それでだ、装備を買う際、メイレーがどんな武器を使うかを知りたい。……武器を、使ったことはあるか?」
ステータスを見たとき、武器系スキルは投擲しか持っていなかった。
投擲は、別に石だろうが土だろうが投げれれば取得できる可能性があるものだ。もちろん取得できるか否かは才能次第だが。
ようするに、武器を扱ったことが無い可能性があるという事だ。
「……ない」
「そうか……今まで、狩りとかはしたことないのか?」
「ある。かあさまに、いけって言われて、森に」
「……そこにはどんな奴らが出てきた?」
「えと、すっごく大きな体で鼻も大きいのとか、わたしと同じくらいの身長で、緑色の肌をしたのが何人かいたり、角が大きい獣とか、大きなアリとか、くもとか、そんなの、いた」
「……どんな物もって、そこに行った?」
「かごだけ」
おそらくは、オークにゴブリンにホーン系魔獣にソルジャーアントにジャイアントスパイダーだな。
……殺す気満々だな、そのかあさま殿は……。
今は根掘り葉掘り聞く気はないが、ここまでだとむしろ今まで生きてこられたことが奇跡みたいなもんじゃないだろうか?
俺でも、武器や魔法無しでモンスターの跋扈する森を生き残るのは厳しいぞ……。
……トラウマがあるかもしれないが、聞いておくか。
「――そいつらに、襲われたことはあるか?」
「ある、けど……いつの間にか、どっか行ってたり、わたしが違う場所にいたりして、大丈夫だった」
推測するに、【空間操作】で転移もしくは隠密系スキルによって逃げられた、という所か?
隠密系スキルのレベルがあれだけ上がっていたのは、そんな危険地帯で暮らしていたからこそだろう。
戦闘においてはとりあえず、隠れることが出来るならばなんとかなる。
差し当たって問題は【空間操作】での転移を使って逃げた場合、それが無意識だといつの間にか知らない場所へ行ってしまう可能性があるという事か。
何日か街に留まるつもりではあったが、さらに予定を伸ばして【空間操作】を最低限意識的に使えるレベルにまで育てるべきかな。
今日は武器はおいといて、スキルの勉強にするか?
考え事していたら、先ほどの会話から何かに焦ったのか、メイレーが不安そうな顔をしていた。
「えと、えとっ、鳥なら、ころせる! 石で、バーンってやるの、れんしゅうして、だからっ――」
「おっと、大丈夫だ。少し考え事をしていただけだよ。そう不安がるな」
そう言いつつ、頭を撫でで置く。
メイレーは気持ちよさそうに目を細めて、なすがままになっている。
頭を撫でて思うが、少し汚いな……。衛生面最悪の所にいたのだから仕方ない。
あとでしっかり洗おう。なでなで。
色々やることがあるな……。なでなで。
うむむ……。なでなで。
「今日は、とりあえずの所生活雑貨と防具の仕立てだけするか。防具は数日かかる可能性があるし、生活に必要な物は早い方がいいだろう」
「ふぁい……」
そしてしばらくして、食事が終わった。
途中、メイレーがもう入らなくなったので、俺が代わりに食べた。
大人一人前と同等なんだから、入らないのも仕方ないか。
ステータス的急成長のせいか腹が減りやすい俺にとっては少ないぐらいだったが、久しぶりのまともな食事であるメイレーにはつらい量だったな。
食後の馬乳をゆっくりと飲み、買い物に出かける。っと、その前に、皿を返しに行かないとな。
皿を重ねて、トレーに乗せていく。
「て、てらす!」
「ん? なんだ?」
「皿、私が、持っていく!」
「いや、別に必要ないんだが……」
しゅん……と、メイレーの耳と尻尾が気持ちを語っていた。
凄まじい破壊力だった。罪悪感で頭を抱えたくなる気持ちを抑えながら、言い直す。
「えーとだな……そうだな、じゃあ、コップ、持って行ってくれるか?」
「! うん!」
うん、わかった、わかったからそんな眩しい笑顔を見せないでくれ。色々浄化されてしまう。
大輪の花が咲いたような笑顔でコップを持ったメイレーを見て苦笑いしつつ、部屋を出る。
仮初かも知れないし、心を誤魔化しているのかもしれないが、少なくとも笑う事は出来るようで、少しだけ安心した。
耳がピンって立って、上機嫌にピコピコしている姿を見ていると、なんだか自分の悩みとかが小さなものに見えてくるから不思議だった。
自己の目的の為に利用しているという酷い関係ではあるが……出来れば、少しでも多く笑顔で居てほしいものだ。
――――しかし、そんな願いは、この理不尽な世の中では伝わらない。
隣接されている食堂に着いて、さあ置こうとしたときに、メイレーがこけたのだ。体を隠すように覆っていたローブの裾を踏んでしまたらしく、前から思いっきりこけてしまっていた。
コップは木製の為、割れることは無かったが……――ローブのフードが、外れていた。
「なんだぁ? 獣人のガキがコケてやがる。目障りだからさっさと起きやがれ!」
近くに居た知らない男が、メイレーの耳を見て怒鳴り声を上げている。
周りもどことなく不快そうであった。……怒鳴っている男が不快なわけではなく、獣人が同じ食堂にいることを不快に思っているのだ。
俺は返却していたトレーを置いて、急いでメイレーの元へ向かった。
そして、俺が来たことで、メイレーは俺を見上げた。
――そう、見上げてしまったのだ。
「こ、こいつ! 目が赤いぞ!!!」
俺の後ろにいた男が叫び声を上げた。その声に、場にいた人々はざわざわと騒ぎ始め、不穏な空気が漂い始める。
まずいと感じた俺はメイレーを連れ、逃げるように場を離れようとしたのだが……。
「なんで忌み子がこんなとこに居やがるんだ!!」
「なにあの眼……気持ち悪い……」
「俺、忌み子なんて初めて見たぜ……本当に居るんだな……気味悪ぃ……」
「キャッ、こっちを見たわ! 呪われちゃったらどうしよう」
「大丈夫さ、僕が退治してあげるよ」
一人、優男風、というかどちらかというとチャライ感じの男が近寄ってきた。男は、軽薄な笑みを浮かべながら、メイレーに歩いていく。
「キッくん! やっつけて!」
怖がっているフリをしている女は、とても愉しそうに嘲笑を浮かべ、男を応援した。
「ああ、任せてくれ!」
そう言って、男はメイレーに向かって足を振りかぶった。そこに躊躇はなく、その行動を当然だと思っているのがありありと伝わってくる。
男の目は、完全に自分に酔っていた。
メイレーは震えている。メイレーは、目を虚ろにして、何もせずに、次の衝撃への抵抗も見せずに、ただただ人々の嘲笑を見て、震えている。
その目には、――諦めがあった。
「せーっの!」
ガっ!!!
男が、その足を、全力で振りぬいた。
まるで頭をボールに見立てたサッカーのようなキックは、メイレーの頭を撃ち抜くことなく……テラスの手に収まった。
メイレーを蹴り飛ばそうとしていた男は、同じく小さな子供に片手で衝撃を抑えられたことに思考停止に陥る程驚く。
明らかに物理法則にしたがっていない状況に、目を白黒させて力なく叫んだ。
「な、なんだ……ッ?」
「………………クズが」
ギチギチギチバキギギギ!!!!!!
「ぎゃあぁあああああああぁああああああああああああ!!!!!!」
男の足を握りつぶす。
ほぼ無意識で展開されたスキルと強化魔法により、男の足は皮膚が破れ肉が抉れ骨が弾けるという異常事態になっていた。
何でもないことをしたかのようにその手をぱっと離し、テラスは辺りを睥睨する。
ああ、――イライラする。
会って数時間しか経ってない子供が虐められているのを見ただけ。
それだけの筈なのに、血が沸騰しそうなほど……それでいて、氷のように冷めた頭で。
憤怒に、濡れていた。
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スキル、威圧がレベルアップしました。
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ああ、どうしてこうも、醜いのか。
しかし、これ以上暴れることは出来ない。これ以上暴れれば、衛兵が来てしまう。
野次馬が集まり、この町での活動が出来なくなってしまう。
だから、ここにいる屑どもをコロせないのだ。
そのことが、死にそうなほど悔しい。
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スキル、威圧がレベルアップしました。
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出来るなら、この場で暴れてしまいたい。
出来るなら、理性をなくして、一匹の獣になりたい。
だが、冷静な思考がそれを許さない。
復讐への意志が、それを許さない。
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スキル、威圧……―――
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= =
思えばいつも誰かが苦しむのを見ているだけだった。
思えばいつも誰かが苦しむのを見ているしか出来なかった。
抗う事を、人が、社会が、世界が許さない。
怒りを切っ掛けに、ドス黒い感情が溢れ出る。歯止めが効かなくなりそうになり、歯を食いしばって耐える。
だから、これぐらいは許される筈だ。
暴れない。だから、これぐらいは、許されるべきだ。
ああ、キサマラ……
死ね
―――――スキル、【威圧Lv5】、【崩潰Lv1】 発動
バタバタバタバタバタバタ――――――。
……気づいたら、周りの人々が全員倒れていた。
泡を吹いて倒れている人々を見て……少し、スッキリする。疑問に思いつつも時間が出来たことで一つ息を吐いた。
何かまずいものが出そうになっていたが――まあ、いまはいい。
しかしこんな死屍累々とした食堂に留まるのはまずいな、さっさとここから離れよう。
冷や水を浴びたように急に冷静になった思考で、とりあえず逃げようと判断する。
俺はメイレーを抱えて、蹴ろうとした優男を踏みつけながら出て行った。
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テラス 混沌魔人 ♂ 6歳
Lv22
[クラス] 混じる者
[クラススキル] スキル合成
[魔力] 49602/50638
[魔法] 全属性
火3 水3 風3 土3 無3 爆3 氷3 雷3 木3 回復3
毒2
[スキル]
《武器》剣術Lv5・短剣術Lv3・刺突剣術Lv2・棍術Lv2・斧術Lv1・投擲Lv4・弓術Lv2・盾術Lv2・絃術Lv3・罠術Lv3
《体質》自然治癒Lv4・体術Lv3・収束Lv1・気配察知Lv2・夜目Lv1・威圧Lv5・潜伏Lv2・忍び足Lv1・交渉Lv3
[レアスキル]
崩潰Lv1
[ユニークスキル]
根源を喰らう者Lv2・叡智の選定者Lv1・超越する魂Lv1
[種族固有スキル]
適応Lv2・思考加速Lv3・並列思考Lv3
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