第2話 魔法の勉強
3歳になった。
既に文字もほぼ全て読めるようになって、とりあえず一般常識は粗方手に入れる事が出来た。
今では体を動かしやすくなったこともあって、気になった本を自分で取って読んだりしている。
母も本を読むことに関して、ごっこ遊びだろうと放任してくれているようだ。
ちなみに前世の記憶があることは、母には話していない。
単純にどうなるかわからなくて怖いから、必要に迫らねなければ話すつもりはない。
そういえば一度、母が持っている手鏡を貸してもらって、自分の容姿を見た事がある。
その結果……かなりの"美幼女"っぷりが明らかになった。いや、男だけど。
見る方向によっては銀色の輝きを放つ黒髪に、ハッキリと銀と分かる綺麗なメッシュが前髪に入った艶やかなショートヘア。
目も黒色ではあるが、やはり薄っすらと銀の輝きを持っている。
色だけで言えば綺麗、もしくは冷たい印象を与えるが、幼児特有の丸っこい顔立ちのためとても可愛らしい容姿になっている。
前世より優れた容姿であることは確実であり素直に嬉しかったが、どちらかというと、女の子っぽい可愛さだった。
まあ贅沢は言えないし、まだ幼いから男女の判別がつきにくいだけかも知れないのだから、今後に期待しよう。
さて、俺の今人生で一番楽しみにしている魔法。
母に何度も魔法を使いたいと辛抱強く強請った結果、ようやく教えてもらえることになった。
その時、母が、
「あまり時間も無いしね……」
と憂いを帯びた表情で言っていたのは気になったが、まだ何のことかを話してくれそうにないので、仕方なく追及するのを諦めている。
気になる事もあるが、そんなことより今日は魔法である。
「テラスちゃん、今日は約束通り、魔法のお勉強をします!」
「やったー!」
もう幼児的なの喋り方が板についてきてしまっている。
悲しいことに羞恥心どころか違和感すらない。
「さて、まずは魔法の源、魔力のお話をします。魔力は生き物の中に必ずあって、物や空気の中にも魔素として存在しています。これを使って魔法を使います。じゃあまずは、お腹の少し下辺りに魔力を感じるところから始めます!」
母さんは高らかに宣言するが
「お母さん、魔力、もう感じられるよ?」
「えっ、本当!? いつ頃から!?」
「えっと……わかんない!」
……さすがに0歳からとか言えない。
ここは笑顔で誤魔化す事にしよう。
「そう……、この段階で躓く人もいるのに、それを教えてもいないのに出来るなんて……」
やばい、不味かったか!?
「やっぱりうちの子は天才だわ!!」
……母さんが親バカで助かったわ。
「えっと、もしかして動かせるかしら……?」
変に嘘ついて魔法の修得が遅れても嫌なので、素直に答えることとする。
「えっとね、動かせるよ!」
「すごい! 動かせるようなるかならないかで、魔法使いに成れるか成れないかが決まるから良かったわ! 動かしにくいと思うけど、魔法は魔力を如何にうまく動かせるか、というにも密接に関わるから、出来るだけ練習しててね♪」
恐らく母さんは、少し動かせるだけと思ったのだろう。
実際はもうギュルンギュルンと動かせるが。
「じゃあ次に、属性についてお話をします。属性とは、魔力を決められた現象に変換してくれるもので、これで火や水を発生させます。属性はたくさんあって、まだ把握出来ていないのもあります。みんながみんな、自由に色々な属性を使える訳じゃなくて、その人がその属性の【属性因子】を持っているかで使える使えないが決まります。この属性因子は、基本的に遺伝で決まります。ちょっと難しかったかなー?」
「ううん、わかったよー!」
「やっぱり天才……うふふ……」
いいから次に進めてくれ親バカよ……こっちが恥ずかしくなってくる。
「じゃあ今日は、様々な属性の中でも遺伝しやすく持ってる人が多い、基本属性についてお勉強しましょう。基本属性は、火、水、風、土、無属性の五つの属性です」
母さんはそう言いながら、指を上に向けて五指の上に五色の魔法陣を展開させる。
それぞれの魔法陣から、火の玉、水の玉、つむじ風、土塊、うっすらと見える魔力球を浮かべる。
「おおーー!」
「ふふん、すごいでしょう!これでもお母さん、そこそこ魔法は得意だったんだからね!」
いや、同時五つ展開って聞いたこと無いんだが。
てか、呪文が必要なんじゃないの? 本の話では呪文必須だったはず。
母は、五つの魔法をかき消したあと、説明を開始する。
「じゃあ魔法の使い方について説明するね。魔法とは、体内にある魔力を決められた呪文を用いて様々な現象に変換させることを言います。この際呪文にも魔力を流しながら、どんな魔法かしっかりイメージすることが大切です。この方法を呪文詠唱式と呼びます」
ふむふむ。
「しかーし、お母さんはすごいので、昔々に使われていた、直接展開式という方法で魔法を使います。これは、呪文を唱える際に展開される魔法陣を自力で展開して、直接干渉して自由に魔法を使う方法です。これだと、思い描いた魔法を使うことが出来ます」
そのまま母の説明を聞いていったことをまとめると、以下のようなことらしい。
魔法を使う方法は、呪文詠唱式と直接展開式があり、例外的に魔道具式というものがある。
呪文詠唱式は、
イメージしながら言葉に魔力を流し、それによって魔法陣を展開させる。
呪文そのものが魔法陣を発生させるため、呪文自体は基本的に決められた特殊なものしか使えない。
より高度な魔法は、呪文が長くなる。
利点、扱いやすい。
欠点、予め決められた魔法しか使えない。
相手に何の魔法を使うかバレる。
直接展開式は、
呪文ではなく、直接魔法陣に魔力で干渉するため、自由自在に魔法を使える。
しかしこれがかなり難しい。
魔法陣を自分で作成し、その魔法陣を維持しつつ、それに魔力で意思を強く込めた言葉を刻みつつ、使う魔法をしっかりイメージする。
意思を強く込めた言葉を刻む、この作業は、相当集中しないといけないみたいだ。
それに、呪文詠唱式より、言葉の量が多くいるらしく、無詠唱なのに呪文詠唱式より時間がかかるという事態もありうるのだという。
その代わり、特定の呪文じゃなくていいため、自由に魔法を変化させれるというのはかなりの利点ではある。
ただし、属性を決める、【印】、と呼ばれる文字だけは、各属性の特別な文字でなければならないようだ。この【印】を覚えなければ、属性因子を持っていても直接展開式魔法は使えないらしい。
呪文詠唱式なら勝手に【印】が刻まれるので、【印】を覚えなくとも呪文を覚えるという方法でもいいようだ。
利点、自分の想像次第で色んな魔法を作れる。
とんでもなく難しいが、複数同時展開可能。
無詠唱で出来る。
欠点、扱いにく過ぎるため、極度の集中必須。
難しさより習得が困難。
ミスしやすく、精密作業のために時間が掛かりやすい。
だが、俺と母は特別な【スキル】を持っている為、利点が大きくなる。
その【スキル】を俺が受け継いでいる事は、母には教えていないが。
ついでに言うと魔道具式は、その名の通り、魔道具というものに魔力を流して魔法を使う方法である。
魔道具の説明はまた別の機会にしてくれるそうだ。
さて、当然俺は――――直接展開式を学ぼうと思う。
「よし、テラスちゃん、簡単な魔法を使って見ようか。まだうまく魔力を動かせなくて効率が悪いだろうし、子供の時に魔力が無くなっちゃうと結構危ないから、少しでも気分が悪くなったりしたら教えてね。じゃあ、最初は分かりやすくて危なくない、水属性でやろっか! 失敗したり、水の【属性因子】をテラスちゃんが持ってなかったりするかもしれないけど、属性は水だけじゃないから、あんまり落ち込まないようにね。まずは呪文を教えるけどーー」
「お母さんと同じ方法でやるー!」
母さんは困った顔をする。
それもそうだろう、説明の際には、難しい、という言葉が大量に使われていたほどだ。
挫折しそうな、難しい方法は少なくとも最初は避けるべきである。
だが俺は、なんとなく母のどこか教えることに焦ってる雰囲気を感じとって、遠回りはしたくないと思ったのだ。
「うーん、さっき説明した通り、全部手動でしないといけないから、かなり難しいの。最終的には覚えてもらうつもりだけど、まだ使えないと思うよ。」
「むー、それでもやってみる!」
水の【印】は、魔法の初歩の教科書を読んでいるため問題なく覚えている。
まず最初に魔法陣を手の上で構築し、それを維持しつつ【印】を刻む。
この構築の段階は、思ったより難しく、魔力を魔法陣にするというのはコツが要りそうだ。
今は少し不格好な円だが、これで我慢することにする。刻まれた【印】も、やはりまだ不恰好と言えるだろう。
次に、意思を強く込めた言葉を魔法陣に刻んでいく。
教科書で見た有名で一番簡単な呪文に、更に細かく詳細を付け加える要領で呪文を構築していく。
『水よ、我の願いを聞き、魔力を糧に顕現せよ。その透き通る姿は、見るものを魅了する洗練された球体である――――』
一文字一文字に時間がかかり、これまた汚い文字になってしまった。
文章自体も本家の方の二倍書いているのに、もう少し書く必要がありそうだった。
そしてなにより手に持った薄い紙に書くみたいで、かなり書きにくい……。
暫く魔法陣を弄ったりしたあと、慎重に魔法を発動させ、水球を浮かべることに成功した。
少々込める魔力が多かったのか、予定より水球が大きい。さらに細かい失敗をしまくった為か、かなり不安定な形ではあった。
しかし、それでも初挑戦での成功は驚くべきことのようで……。
「…………え?」
母が目を見開いてこちらを覗いてくる。
不恰好とはいえ、さすがにこれを成功させるには幼児として不味かったかな……?
「お母さんの真似したら出来たー!」
なんとか子供の純真な笑顔で誤魔化そうと試みる。
様々な窮地を切り抜けてきた奥義によって母はメロメロになり誤魔化せられ……
「ほ、本当に天才なのね……いや、でも、それだけで説明つくかしら…………」
お、おう、ちょっと怪しみ始めたぞ。
仕方ない、もう一押しだ。
「ねえ褒めて褒めてー!」
まだ練習が足りず消せない水球を用意されたバケツに捨てたあと、そう言って母の体にぎゅっと抱きつく。
「え、あ、そうね! さすが私の息子だわ! すごいすごい!」
やはりチョロいな。
「でも、これが出来ることはお母さんとテラスとの秘密ね。安易に他の人に教えてはダメよ?」
……そうチョロくもなかった。
やっぱり難しいと言い続けた魔法を初めてで成功させるのは、結構おかしな事だったようだ。
「うん、わかったー!」
隠すことは特に異論もないので素直に返事をする。
母さんはその返事に満足し、笑みを浮かべてから授業を再開する。
「さて、じゃあ気を取り直して他の属性もやってみましょうか!」
「はーい!」
それからも俺は、驚異的なスピードで魔法を修得していった……。