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黒銀の決意 ~混沌転生~  作者: 愛卯
第二章 忌まれる狐編
28/78

第27話 惨状と出会い

※この話には少し残酷な表現があります。

 





 朝、日の出の鐘と共に目が覚める。

 日の出の鐘と言っても日が出る少し前に鳴っているその鐘は、開始の鐘から約三時間ごとに鳴らされるものだ。今の季節は冬の入り始め、紅葉などは無いが四季で言うなら秋の終盤の為に、日が出るのも遅い。

 ついでに言えば、地理的になかなか寒い国ではあるが、冬の降雪量が少ないために鋭角的な屋根はあまり見られない。

 ここら一帯では夏の方に多くの雨が降るのだ。


 特に寒い朝は息が白くなり始めていて、ぶるぶると震えてしまいそうになる。暖かいベットから出て、前世でやった体育の準備運動を行い、体を温めていく。

 それでも寒かったので、オリジナル魔法【中火弱風混合魔法(ヒーター)】を使って部屋を暖める。動きにぎこちなさが無くなれば朝準備用の道具を持って、部屋から出て階段を下りて井戸へ向かう。



 向かった宿屋の共用の井戸には先客はおらず、そこでうがいと歯磨きをする。

 歯磨きは歯垢を取り除く行為であるため、別に歯磨き剤は必要ではない。歯磨き剤がそもそも見つからなかったこともあり、普通に水と歯ブラシで磨く。

 なお歯ブラシは柔らかい木を加工した、輸入品のそこそこいい物を使っている。高かったが、口が汚いままは嫌だったのだ。ちなみにストックは五本ある。


 最後に顔を洗って、ついでに誰もいないことを確認した後髪も水で洗って、タオルで頭を拭く。

 粗方水気をとったら今度はタオルを軽く洗って、魔法で温めた後体を拭く。まだ日も上ってない時間帯、習慣からか起きてすぐに人が井戸に来ないことを利用して、大胆に体をタオルで拭っていく。

 出来るだけ隅々まで拭いた後、一度部屋に戻って服を脱ぎ、別の服に着替える。服はさっき脱いだ分も合わせこの二着しか持っていない。ボロボロだし、新しく買った方がいいな。

 髪をオリジナル魔法【中火強風混合魔法(ドライヤー)】にて乾かし、朝準備を終わらせた。



 併設されている食堂に行って、芋のスープとパンを買い食べる。

 味は良く言えば素朴、悪く言えばかなり薄いという感じだ。

 パンも硬く、保存食用のパンほどではないが、かなり硬めの為スープに浸しながら食べた。おそらくパンは作り置きで、スープも出来ていたものを温めただけなのだろう。まあどこの食事処も朝は似たようなものだし、仕方ない。

 高いところに行けば変わるだろうが、今はそんなことに金を使うつもりはない。



 食べ終えた後、ローブを羽織って食堂を出て買い物へと向かう。日が完全に出て俄かに活気づき始めた街並みは、人が増えていき騒がしさを増してゆく。


 店もどんどん開き始め、目的のものも今からでも買えるかもしれない。とはいえ、装備や服、食料や薬などを買うのは奴隷を買った後の方がいいだろう。

 特に装備や服はその奴隷の分も必要だろうから、後にするべきだ。



 近くの人に奴隷販売が行われている場所を聞き、そこへ向かう。

 南側にあるらしい奴隷市場に、捕えられたすべての奴隷が売られているらしい。

 ……南側からモンスターの進撃を想定しているから、囮にするために南にしている、という所だろうか。

 そんな辛辣な裏事情を考察しながら、南へと向かう。


 少しづつ、首輪をつけた獣人達が増えてきた。

 みんな一様に死んだような目をしていて、表情が無い者が多い。ずっと俯いている者や、泣き続ける者、体中青痣だらけの者もいて、まさに世の悲壮が表されている。

 見ているだけで気分が悪くなってきそうだが、道行く人間達は見向きもしていない。それが当然とばかりに、隣の人と談笑しつつ歩いていく。



 獣人……人間が差別的に呼ぶに亜人は、()という認識らしいからな。

 そういう文化で育ち、亜人は自分たち人間とは違うモノとして思考している彼らにとって、亜人を心配する人間は逆に変人だ。同じ存在であるなんて考えたこともない、という事だろう。

 反吐が出る。



 だが、それを利用して人手を得ようとしている俺も人の事は言えないのだろう。

 気分が悪くなるが、我慢する。ここで無駄に正義感を見せて何になる。論理や道徳なんて知ったことでは無い。

 まずは復讐が最優先なのだ。名前も知らない他人に向ける情などない。だから、俺も無視するのだ。

 光の無い獣人達を。



 まだ開いていない店もあったが、いくつかの店が開いているため、中を見せてもらっていく。

 店頭に並んでいる獣人達も無節操に《解析》していき、スキルやレベルを見る。



 ===========

 エトムント 赤猫人族 ♂ 24歳

 Lv16

[クラス] 狩人

[魔力] 23/32

[魔法] 無 火

[スキル]

 気配察知Lv2

 ============

 値段、金貨七枚。



 ===========

 クルト 茶犬人族 ♂ 16歳

 Lv11

[クラス] 格闘家

[魔力] 12/12

[魔法] 無

[スキル]

 体術Lv3


[半永久状態異常] 右手負傷、力が半分程度しか入らない傷

 ============

 金貨三枚。



 ===========

 アルノルト 黄狐人族 ♂ 32歳

 Lv23

[クラス] 偵察

[クラススキル] 遠視発見

[魔力] 78/81

[魔法] 火 水 風 無

[スキル]

 体術Lv3 気配隠蔽Lv4

 ============

 金貨十五枚。




 なかなか眼鏡にかなうような獣人は見つからない。これと言ってピンッと来ない、というのが正しいだろうか。

 レベル三十越えという高物件もあったのだが、金貨二十五枚越えだったのでやめておいた。

 そう魅力的でもなかったしな。


 欲を言えば掘り出し物が欲しいところだ。奴隷市場の奥深く、建物の陰になって暗い場所へと向かう。

 こういう場所には人さらいも出る、注意が必要だろう。まあただの人攫い程度に負けるようなことは無いが。



 どんどん奥に進んでいくと……なんだか、こちらに進んだ方が良い様な気がしてくる。勘、といえばいいのだろうか。こっちに目的のものがあるような、そんな気がするのだ。

 こういう勘はこの世界に生まれてから結構な確率で当たっている。勘に従い、先に進んでいくことにする。



 奴隷も汚くなってきた。

 欠損している奴隷や、明らかに病気を持っている奴隷、子供を専門的に扱っているらしい店、どんどん怪しくなっていく。

 道行く人間もゴロツキが増え、治安も悪そうだ。



 勘に従っていると、一つの店に辿り着いた。

 見た感じ、まったく繁盛して無さそうなボロイ店。扉の立てつけも悪く、開けようとするだけで大きな音を出して軋んだ。


 中に入ると、廃れた雰囲気の中年のおっさんが出迎えた。ご飯中らしく、パンを口に含んで驚いている。

 急いで飲み込んでこちらにぎこちない笑顔を見せてくる男は、俺に対して客として応対した。



「ようこそ、我が奴隷販売店へ!」


「……中にいる奴隷を見たい」


「わっかりやしたぁ!」



 またまたぎこちない笑顔で声を上げた男は、俺を奥へと連れる。ただの子供として追い返される可能性もあったのだが、客なら誰でもいいのだろうか。

 縦長の店の奥には、錆びた鉄格子の中に奴隷たちが蹲っていた。


 ……というか、まともなのが居ない。

 みんなボロボロで金貨1枚するかも怪しいぐらいだ。見てるだけで痛々しいのが何人もいるし、あらゆる汚物をかき集めてさらに腐敗させたような悪臭も酷い。



「うちの自慢の亜人たちです! いかがですかい!?」



 ……自分の勘でここまで来たが、間違っているような気がしてきた。こんなにひどい獣人しか集められないからこそ、俺のような子供だろうと逃がさない様に応対しているのだろうか?


 念のため一応、《解析》を使って調べていく。



 ===========

 ベネディクタ 赤猫人族 ♀ 36歳

 Lv16

[クラス] 弓使い

[クラススキル] 器用

[魔力] 8/64

[魔法] 無 火

[スキル]

 弓術Lv3


[状態異常] 衰弱 性病 肺炎

[半永久状態異常] 右手親指欠損、右手全体負傷、歯複数欠損、子宮損傷、耳欠損

 ============



 ===========

 茶猫人族、男、年齢48歳の死体。右足右手欠損。

 死因、餓死

 ============



 ……一人目今すぐにでも死にそうだし、一人死んでるぞおい。

 人殺しを何度も経験して、盗賊のアジトで捕まった人たちを見てきたからこそ耐えられてるが、旅の初めに見たら吐いてたんじゃないだろうか。

 処置の包帯も適当だし、そこから感染症起きてるやつもいる。


 なんだこれは…………はぁ……。



 ===========

 アンスガー 赤犬人族 ♂ 15歳

 Lv8

[クラス] 細工

[魔力] 4/58

[魔法] 無 火 風 土


[状態異常] 頭部火傷 衰弱

[半永久状態異常] 失明

 ============



 ===============

 バケモノ? 忌み子? 九尾の妖狐 ♀ 7歳

 Lv10

[クラス] 隠伏者(弱)

[クラススキル] 存在希薄(弱)

[魔力] 83/6791

[魔法] 無 火 水 氷 幻 結界 空間

[スキル]

 投擲Lv2 潜伏Lv5 気配察知Lv4

[種族固有スキル]

 空間操作Lv1 九ノ魂進Lv1


[状態異常] 衰弱 水分不足

 ================



 ……ん?

 なっ――――!!


 なんだ、こいつは!?


 (うずくま)った一人の少女を見て、足を止める。思わず声を漏らさなかったことは奇跡だ。


 今まで見たこともないスキル。

 他の奴隷と比べ圧倒的な魔力総量。

 俺の知らない属性魔法。

 おかしな名前。

 そして、九尾の妖狐という種族。


 いったいなんでこんな奴がこんなところにいるんだ……?



「ん? どうしました? ……あー、こいつですかい」


「……こいつが、なんだ?」


「いやぁ、こいつがですねぇ。……ちょっと待っててください」



 そういって鍵を開け始める奴隷商人。

 ガチャンッという音と、ギギギギという音が重なり不快な音色となって耳に飛んでくる。

 その音に顔を顰めつつも、商人の行動を見守る。



「ほら、顔を上げろ!」



 商人は怒鳴り声を上げ、少女の髪を掴み上げる。乱暴な方法で顔を上げさせた商人に不快な感情を抱きつつも、少女の顔を見る。



 一言で言えば、幼さを残しながらも容姿端麗。


 汚れているが、洗えば綺麗になりそうな長い金髪。

 同じく汚れていて、綺麗には見えないが、磨けば光りそうな肌であることも窺える。青白すぎるし、荒れまくっているのが惜しいところか。

 鼻も高すぎず低すぎない、子供故若干低いとも見えるが綺麗に整っていて、絶妙な形だ。

 唇も小さい、色が若干紫がかってるのは健康状態のせいか。

 まつ毛は長く、目は大きい。


 何より、大きな目から覗ける瞳は、惹きつけられる様な赤い紅い、ルビーのような眼。

 何も写らない死んだような目をしていても輝いて見えるほど、綺麗な瞳だった



「見ての通り、こいつの目は赤いんです。忌み子って奴ですよ」



 忌み子。

 それは、忌みなる子。一つのコミュニティーにおける例外であり、悪とされる存在。

 ある時は災厄の前触れ、ある時は悪魔の子、またある時はバケモノなど、様々な呼ばれ方をする。


 そして、この娘の目は赤い。

 この国において赤い目は汚らわしいものとされている。

 理由は、魔物の目が赤いものが多いだとか、魔族(世界各国における正式名称は魔人族)の目が赤いものが多いとか、とにかく様々だ。

 何より大事なのは、理由よりもそれを人々が信じているかだが……残念なことに、子供ですら知っているほどに、赤の目は忌み子であると広がっている。


 しかし、この国で赤い目が忌み子だと広まってるのは人間の間だけだったはずだが、そうなると――――。


 黙っている俺を見て何を考えたのか、商人は少女から手を離し、こいつがいる理由を話していく。



「いやぁ、そのですねぇ、気づいているかもしれませんが、ウチは結構弱小の奴隷商なんですよ。んで、いい奴隷っつうのはみーんな力のある奴隷商に獲られちまうんですよ。それで、入荷する奴隷は、そのぉ、こういう曰く付きやら、訳ありやらばっかりなんです。要するに余りもんしか譲られねぇんです……」



 男は疲れ切った表情で語っていく。



「それで、その奴隷ですがね。顔は悪くないんですが、まあ目が赤いわけでしてね、みんな敬遠するんですよ。客が敬遠するんだから、力のある奴隷商も引き取りを断りまして、俺が貰うことになったわけです。俺も気持ち悪いとは思うんですが、素材は悪くないし物好きが買ってくれるだろうって思ってたんですがねぇ……まあ、この通り、ここ二週間ちょっと、だーれも見向きもしないんですよ。」



 見向きもしないと言うが、そもそもここはそんなに客が来るのだろうか? などという疑問も出るが、そこは飲み込んでおく。


 なるほど、この商人が語る通りなら、こいつがここにいる理由も理解できる。ここまで語ってくれる商人に驚きだがな。


 それにしても……こいつ、欲しいな。

 一番気になる空間操作、これがどんなものかまだ分からないが、モノによっては一気に運搬の問題が解決するかもしれない。

 将来的な戦力としても大きな期待が出来そうだ。

 若干若すぎる気もするが、それを置いても余りある魅力だ。



「……一つ質問だが、もし誰も買わなかったらどうするつもりだ?」


「ん? そりゃあ廃棄ですよ。無駄飯食らいはいらねえし」



 碌に食わせてないだろうお前が良く言うものだな……。


 しかし、この商人、魔道具でのステータス確認すらやっていないな? ステータスを見れば、こんな態度は取らないはずだ。

 たしかに魔道具によるステータス確認はなかなかの金が掛かるが、そんな大事な所の経費を削減したら意味ないだろうに。

 まあ、それのおかげで俺が巡り会えたわけでもあるのか。


 ……よし、交渉に入るか。

 言い値で買うなんて馬鹿な事はしない。ギリギリまで値引きしてやる。

 絶対に買うつもりだがそんな意志を微塵も見せず、交渉に入っていく。



「いくらだ?」


「買ってくれるんですかい!? そ、それなら、金貨五枚でどうです……?」


「……今自分で悪いところ並べまくったのだから、それで満足するわけがないってこと、わかるよな?」


「うぐ、しまったなぁ……どうせ売れないって思ってたんだ、金貨二枚でどうです?」


「……」



 こいつは本当にバカとしか言えない……、こんなんだから、弱小のままなのではないだろうか。

 目線にスキル【威圧】を少し込めつつ、無言で睨みつける。もうこれだけ語ってるんだ、言葉は必要ない。



「わ、わかりました!! なら、金貨一枚、いや、待って、銀貨80枚、ああ、そんなに睨むなよぉ! 銀貨50枚! これ以上は下げれねぇ!!!」


「――買った」


「ま、まいどありぃ……」


 相手にとっては正体不明の恐怖、威圧によりパニックになりつつどんどん値段を下げていってくれた。


 見てただけだ、脅迫じゃない。


 そんなヤクザ紛いなことを考えつつ、手続きをしていく。

 実際、相手が小物じゃなければ逆効果にもなりうる手法だから、多用は出来ないんだがな。



「あ、しかしですね? 隷呪の首輪は別に買ってくださいね! ウチでは付けませんよ!」



 ……詐欺臭いが、商人らしい強かさではあるか。

 だが、


「いらん」


「へ? でも、逃げたりしたら、罪になるのはあなたですよ?」


「問題ない、用意する当てがある」



 実際は無いんだが、俺はこの首輪が嫌いなため、付けさせる気はない。



「……そうですかい。では、またのお越しを……」



 商人の生気の抜けたような顔が印象的だった。




 ………………

 …………

 ……


 回復魔法をバレないようにかけ、おぼつかない足取りで着いてくる狐少女の手を取って、一度泊まっている宿へと進んでいく。

 途中、偽の隷呪の首輪(格安)と体を隠せるローブを買い与えてやり、それをつけて表通りまで戻って、南地区を抜けた。

 さて、そんなこんなで宿の部屋まで戻ってきたわけだが…………



「…………」


「…………」


「……………………」


「……」



 こいつとの交渉が、必要だろう。

 ここまで連れてくる際、ヒトらしい反応がなく生気がまったく感じられないこいつを、俺の復讐を手伝わせるための、交渉が。





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