第22話(閑話) 慈しみの母
今回は日記形式です。
○月△日
昨日、とうとう我が子が誕生した。それに伴い、我が子の日記をつけて行こうと思う。
黒目黒髪で前髪に銀メッシュが入っていて、私ともあの人とも違う色だけれども……それぐらいの奇異なら、産む前から覚悟していた。
本来産まれる筈の無い改造人間の子。一体どんな障碍持っているかわからないけれど……それでも、私の大切で愛しい我が子。幸せにできるように全力を尽くそう。
それに、基本色は似てないけれど、銀メッシュの部分や顔のパーツが私に似てるわ!
将来、私に似て美人さんになるのかしら? 男の子だけれど。笑。
なーんて、調子に乗ってしまいそうなくらい、行く先が楽しみだ。
眠ってばかりだけど、いつまででも眺めてられるくらい愛おしいわ……。
名前はテラスと名付けたけど、気に入ってくれるかしら?
○月◇日
今日はテラスちゃんがビックリするぐらい大声で泣いた。侍女への報告と情報収集で少し離れていたけれど、寂しかったのかしら。
驚いた感じもあったけれど、私を見て泣き止んだあたり、やっぱり寂しかったのかもね。あやしていると落ち着いていったところとか、もうかわいくて仕方がない。
なぜか途方に暮れたような目をして寝入ってしまったけれど、かわいくてグリグリするのは仕方ないじゃない。
だってかわいいんだもの。
○月▽日
テラスちゃん、一度教えたことは覚えてるような気がするし、私を困らせるようなことは極力しないようにしてる感じだ……。まだ一才にも満たないのに、私を気遣っているのかしら……?
もしこれも“障碍”のひとつなら、もしかしたら、そのせいで心労が溜まっていくかもしれない。
むぅ、どうすればいいのかしら……。
○月×日
テラスちゃん、お乳を上げる時とおしめを替えてあげるとき、なんだか恥ずかしそうにしている。
そんなところもかわいらしい。
◇月○日
今日はテラスちゃんに絵本を読んでみた。
そしたらテラスちゃんはすっごく喜んでて、私もうれしかった!
これから暇があれば読んであげようと思う。
∀月◇日
今日はなんと、テラスちゃんが立っていた!!
思わず私も飛んでよろこんでしまうには嬉しくて、テラスちゃんを抱きしめたりしていた。
まだ一才に届いていないし、早いのかもしれないけれど、それでも祝うべきだ。
もしかしたらテラスちゃんには戦士の才能があるのかもしれない。
ω月@日
テラスちゃんはもうペタペタと歩けるようになっていた。
これには私もビックリで、またまた思わず抱き付いてしまった。
一緒にいるときは本を読むことをねだってくることが多くて、もしかしたら学者の才能もあるのかも!
我が子の将来が楽しみである♪
――――――
中略→三才
――――――
○月○日
テラスちゃんも三才を越えて、さらにとっても凄まじくかわいくなった!
息子が産まれたはずなのに、思わず娘を産んだと勘違いしてしまいそうなほどの可愛さだ。服を仕入れることが出来れば着せかえ出来るのに……最低限しか与えられない環境をこれほど悔やんだことはない。
今になって母様が私にいろんな服を着せたがっていた意味が分かったわ……。これはかわいいもの……。
たまに鼻血が出てしまうのではないかと心配になるわね。
○月ω日
テラスちゃんが魔法を教えてほしいってお願いしてくることが多くなった。
本来、三才で教えることなんてありえないのだけれど……既に天才の片鱗を見せているテラスちゃんには、教えてもいいのかもしれないわね。
それに、タイムリミットである七歳の誕生日までたくさん時間があるわけでもないし……。今度、教えてあげましょうか。
○月▼日
テラスちゃんは撫でるとわたわたして、それからうぅっと悩んで、最後に頬を染めて、おとなしく撫でられるようになる。
とてもかわいい。
すばらしい。
鼻血出た。
○月×日
今日は、とっても驚くことがあった。テラスちゃんに魔法に超凡な才能があったという事だ。
難しい話も簡単に理解して、既に魔力も把握していた。
さらに魔力を動かすことも出来て……極めつけは、直接展開式の魔法を使ったことだった。
冗談でも親バカでもなく、これは規格外の天才……。
千年たった今は変わっているかも知れないけど、古代文明視点で考察すると……。
まず自身の魔力を探れるかで魔法を使用できるかどうかが決まる。
これを出来るようになる期間はピンキリで、一日で出来る人もいれば十年以上かかる人もいる。だからそこまではまだ、そこそこの才能で済ませられる。
動かすことも同様に、少しなら数日、長くとも数か月で出来るようになるのだ。自由自在に動かしたり、魔力の体内移動を極めるとなると話が変わってくるけど、それは置いておく。
だけど、ありえないのはここからだった。
本来、直接展開式は本当に玄人向けの魔法で、特殊な塗料を使ったりする魔術を魔法で再現しようとしたものだ。
その内容は眩暈がするほど高度で、“片手逆立ちをしながら口で字を書きつつもう片方の手でお手玉をして足でクッションを回すような曲芸チックな魔法”なのだ。
習得するには基本十年。それだけ時間がかかってやっと初級呪文が出来るような鬼畜部門の魔法。
技術が高度に発達した古代文明でも、一部の施設にpasskey代わりに使われていた程度で、実戦で使うような狂った使用方法は“あの研究者”ぐらいしか思いつかなかったのだ。
一応テラスちゃんも種族固有スキル【思考速度上昇】と【思考分割】を受け継いだ可能性があったから教えてみたけれど……さすがに予想外だったわ。
私も王女時代はこの魔法はpasskey代わりで中途半端にしか習得せず、改造人間に改造されて強制学習を施されるまで全然使えなかった魔法なのに……。
それを見ただけで一発で出来るようになるなんて…………テラスちゃんってとんでもない大天才なのかしら……。
……あの人に利用されないように、侍女たちを遠ざけられないか、検討してみましょう。
◇月○日
テラスちゃんの魔法の才能は留まる事を知らなかった。まだレベルが低いから初級魔法しか使うことは出来ないが、それでも一度見せた魔法を不完全とは言え一発で再現できる才覚は相変わらずだった。
それに加えて、基本属性と派生属性を合わせた十大属性の使用……そんなもの、神話に出てくる太古の賢者ぐらいしか聞いたことがない。
そもそも、一部の特殊属性を除き属性因子は遺伝で決定するのだ。当然、私にもあの人にも爆、木、回復の属性なんて無い。
そんなイレギュラーを起こす可能性があるのは……やっぱり産まれる筈の無い改造人間の子供、と言う理由かしらね。
私は少し、戸惑ってしまっているのかもしれない。
◇月×日
今日は目が覚めるような思いだった。テラスちゃんは、人よりとてもとても優秀な事を、悩んでいたのだ。
童話の中には突出した力を持つ子が迫害される話もある。テラスちゃんは、それに自分を重ねていたのかもしれない……。
テラスちゃんがそんな不安そうな表情を見せたことで、私は頭を打たれたような衝撃に襲われた。
――愛する愛する我が子が悩んでいるというのに、こんなくだらない事で戸惑うなんて!
そしてテラスちゃんに、謝罪の意味も込めて出来るだけ優しく語り掛けた……。
――――――
中略→四才
――――――
○月▼日
今日もテラスちゃんに剣術を教える約束をしている。
四才になってからテラスちゃんはどんどん力をつけてきて、そこそこの重量のある木剣も振るうことも出来るようになっていた。
そんなテラスちゃんも望んだこともあって、剣術などの戦闘術を少しづつ教えてあげるようにしたのだ。
まだ幼いから無理はさせないようにしてるけど、せめて技術だけでも授けて行こうと思う。
それに、戦闘においても無類の才能の発揮するテラスちゃん。
教えたことは瞬時に吸収し、“摺り足”なんていう技術を生み出す凄まじい天才だ。平地以外では逆に枷になったりもするってことを教えたりもしたけど、その光景を想像することも出来ていたようで、我が息子ながら鼻が高いわ。
これからもどんどん色々と教えていってあげようと思う。
……たまーに張り切り過ぎちゃうこともあるけど、まあ大丈夫よね。
▼月◇日
たまにテラスちゃんが悩んでいるような光景を見ることがある。
何に悩んでるか分からないし、教えてもらえなかったけれど、せめて安心できるように抱きしめてあげた。
抱き上げたところ、頬を染めて服をきゅって握ってきたのがかわい過ぎて、そのままゴロゴロしてしまったけど私は悪くない。
▼月▽日
テラスちゃんかわいい。
▼月∀日
…………驚いたことに、おんみつ君が尋ねてきた。
隠密系能力に特化して改造された改造人間であり、自身も間者経験のあるおんみつ君。
冷徹な感じを想像する職業についているのに、実情は恵まれない子供を助けたりするお人好し。
本人は名前を名乗らないが故に、【同胞】たちから“おんみつ君”と呼ばれているが、本人も満更ではなさそうな様子だった。
あの戦いで行方不明になっていたんだけど、生きていたのね……。
そして、話しているうちに、おんみつ君は一つの【提案】を持ち掛けてきた……。
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中略→五才
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○月△日
テラスも五才を越えて、一般知識のほとんどを吸収した。ここで得られる知識はもう制覇したと言っていいと思う。
おんみつ君を通してアクセサリーでのお金も貯まってきたし、悪くない日々だ。
でも……、テラスちゃんが何かに、少し不安になっているみたいだ。テラスちゃんは聡い子だから、色々と勘づいているのかもしれない。
……テラスちゃんにも、知る権利はあるよね……。
○月◇日
テラスちゃんに、古代文明の時代にあったこと、すべて打ち明けた。テラスちゃんは何も言わずに聞いてくれて、それで、黙って抱きしめられてくれた。
そして、無意識だろうか、裾をぎゅぅって握って、抱き付いてきた。
…………かわい過ぎた。
我輩はこの至宝を守らなければならぬ!
とっても大事な話だというのに、あまりにもテラスちゃんがかわい過ぎていろいろ吹っ飛んだ。
これはテラスちゃんがわるい!
○月▲日
あの人との謁見があった。
息子が侮辱されて、人生の中で一番の怒りを感じた。頭が真っ白になって、目の前が真っ赤になった。そんな、そんな私のせいでテラスちゃんはさらに傷ついてしまった……。
だから元気づけられるように、あのおんみつ君との作戦、亡命について教えた。
でも、テラスちゃんは私が行けないことにすごく悲しんだ……。だけど、テラスちゃんが言った。
いっしょに行けると。
いつも不思議な事を知っていたり、言ったりするテラスちゃん。そんなテラスちゃんが言うなら、もしかしたら出来るのかもしれない。だけど、もしいっしょに行けなくて、テラスちゃんだけが亡命することになっても……。
私はテラスちゃんの母親で、ずっと愛しているからね。
◇月○日
あの日から、テラスちゃんは遠慮をしなくなった。
今まで隠していたらしい能力たちを惜しげもなく私にバラし、私の知っている古代文明の知識をどんどん吸収していった。
持っていたユニークスキルについてはもう声にも出ないほどの驚きで、三つなんて聞いたときは気絶しそうなぐらいだった。
ユニークスキルを持つものは皆大物ばかりだ。国を救う英雄だったり、大国の近衛騎士団長だったり、むしろ国王だったり。果ては世界に名を轟かす大犯罪者だったりする。
一つでもそうなることが多いユニークスキルを三つなんて、聞いたこともない。
それでも私の愛情には揺るぎなど微塵もなかったが、テラスちゃんの必死さがとても伝わってきた。無理しないでほしいんだけれど、私の為ってわかるから強く言えない。
嬉しいけれど、心配だな……。
∀月○日
テラスちゃんと夢を語らったりして、少しづつ前に進んで行ってる。
まだ隠していることもあるそうだけれど、無理して言わなくていいの。テラスちゃんはまだまだ子供なんだから。
それに、遠慮がなくなったテラスちゃんが黙っているなんてよっぽどの事。
必要ならば言うだろうし、つまり言わなくてもいい事なんだと思う。
なら、少しぐらい秘密があってもいいじゃない。いつの時代も、子供は親に秘密の一つや二つ持つものなんだから、気にしなくていいのよ♪
ω月×日
明日はとうとう亡命当日。
今までいろんなことをやってきた。
私もテラスちゃんもたくさんたくさん頑張ってきた。
それも、明日報われる。
もし私が行けなくても構わない。
大丈夫。
テラスちゃんのおかげで、辛いだけの日々が楽しくなった。
テラスちゃんのおかげで、灰色の日常が色鮮やかになった。
テラスちゃんのおかげで、私は《人》であれた……。
私に“母親”を教えてくれた、愛おしいテラス。
たとえ私がどんな目に遭おうとも、テラスちゃんが幸せなら構わない。
だから、神様。
私の大っ嫌いで、何も救ってくれなかった神様。
せめて、私のかわいい息子だけは、幸せにしてください。
私はどうなってもいいから、
だからせめて
お母さんは、テラスの幸せを祈ってます。




