第21話 厳しき旅の再開
唐突に婚約を申し込んでくるゼーン。
いったいゼーンは何を言っているのだろうか。ツッコミ所が多すぎて思わず思考を停止してしまった。
思考停止は俺の中でやってはいけないことの上位に位置するというのに……油断してしまったようだ。思考停止をしたところで事態が好転することなどあるわけがなく、全てに最善手を目指す俺にとっては悪手であると言える。
考えることをやめてしまえば、もしかしたら思いつくかもしれない名案も現れなくなり、たどり着いて当然の着想もたどり着けなくなる。この先生き残っていくうえで、たとえどんな場面であろうと考えることをやめてはいけないのだ。
まったく、大きな危機が過ぎ去ったことによって気が緩んでいたようだ。常に状況を把握し、最適行動を出来るように努めなければな。
…………。
ああ、そうさ。現実逃避だよ、ちくしょうが。
思考停止うんぬんの前に、現実を受け止めるところから始めるか。
「えっとだな……どういう、ことだろうか……?」
俺の口からやっとしぼり出た返答は、要領を得ない漠然とした質問だった。思わず頭を抱えたくなる衝動がこみ上げるが、ゼーンの返事を聞くために必死の思いで我慢する。
「そ、その、わるいひとたちをやっつけたテラス君が、とってもキレイでかっこよくて……」
ちがう。そうじゃない。
惚れた理由を聞きたいわけではなく、俺が男なのになぜプロポーズをしたのか聞きたいんだが……――っは!
「っ、ゼーンよ、俺の性別、分かるか?」
「へ? 女の子だよね?」
ビンゴ。
短い時間だったとはいえ大きな勘違いされていたらしく、そのことに若干の眩暈を覚える。そういえばあの盗賊共も俺の事小さな女の子だと勘違いしていたな。
俺の容姿はかなり母親似であり、女の子に見えるのは仕方ないとは思う。声音も高く、低く出しても女の子のソレであり、別にそのことに大きなコンプレックスは感じていないが……まさか子供の約束の様なものとはいえプロポーズされるとは。
はぁ……と心の中で溜息を吐き、そしてこれからゼーンに対し心理的ショックを与えるだろうということに少しの罪悪感を覚える。
このまま黙って去ってしまいたいが、もし俺がこの国に復讐しに戻ってきた時までずっと恋慕を抱いていたとき、もっとめんどくさ……もとい、大変な事になってしまうだろう。
傷を出来る限り軽傷で済ませるために、真実を話す事にする。
まずは、質問を重ねてクッションを挟んで……
「ならば、なぜ俺の事をテラス君と呼んでいたのだ?」
「? 年下の子にはみんな君付けで呼ぶんだよね?」
「いや、女の子の場合にはちゃん付けだぞ?」
「え!? そうなの!? ごめんテラスちゃん!」
「いやいやいやそうじゃない、そうじゃないんだ」
「?」
どうやら身近に自分より年下が居ないゆえの勘違いだったらしい。さらに質問が悪いとはいえ話が微妙にそれてしまっている。
このまま延ばし延ばしにしても仕方がない。
ええい、ままよ!
「あのな、俺は、男だぞ?」
「「「「へ?」」」」
お ま え ら も か。
森に向かってゆっくり歩いていた筈の兄父母は、固まってこちらを見た。きっちり聞き耳を立てていたらしい。
……どうやら、俺の体は思ったより女の子としか捉えられないらしい。
戦士と言ってくれたゲヴィッセンからも女の子と思われていたとは……。というか、最初の呻き声以外でショイシーが声を発したの初じゃないか?
「……本当なの? テラスちゃん」
「ああ、本当だ。本当だからテラス君に戻してくれ」
「あ、うん……」
現在、ゼーンは絶賛思考停止中の様です。……これ、トラウマになったりしないよな?
この先ずっと心の傷として残るかもしれないと懸念し、フォローを試みる。
「こ、婚約の申し出は受けられないが、友人として、ならいいぞ?」
ゼーンからの返事がすぐに来ない。婚約を申し込んだ子が男という現実に直面したゼーンの姿は、……その、哀れ過ぎた。
この空気どうすればいいんだろうか? ってか、父母兄の三人もフォローしろよ固まってんじゃねぇよ!
そんな目線を送ったからか、父ゲヴィッセンよりフォローが飛んできた。
「そ、そろそろ行くぞゼーン」
それでいいのか父よ……何の解決にもなってないじゃないか……。そんな、さらに気まずい空気の中、少し復活したゼーンの最後の言葉がこれだった。
「え、え、えと、お、お友達からお願いします……」
からの先が無ぇよ。
………………
…………
……
そんな締まらない別れが終わり、馬車を使って一人旅を始めた。
少し遠回りとなってしまったが、得られた情報や馬車の使い方を習得できたことを考えると、悪くない寄り道だったと言えるだろう。
さて、目的地は南に約500キロ先の不帰の森。亡命を叶えるために、堅実に進んでいこう。
「――グォオオオオオオオオオオオ!!!!」
……旅を再開して早々に敵と遭遇してしまう俺の運は、やはり相当低いようである。しかも前方からこちらに駆けてくる怪物は、ここら一帯で最も強い種族であるオーク。
あまり強いモンスターが出没しない街道周辺では最強を誇っているためか、群れていないことが救いではあるのだが……。やはり一度死の淵まで追い込まれてしまった苦い思い出があるからか、顔が強張ってしまうのを感じる。
いや、逆に考えてみよう。
完全勝利のリベンジチャンスが出来たと。
幸い、前回(というか、昨日)の怪我や体力消費はすっかり治っていて、尚且つ前と違いスキルは解放されている。
レベルが上がったことによって大幅に基礎ステータスも上がっているんだ。
勝てる勝負だ。何も気負う事は無い。
馬は、逃げる様子もないのでそのまま待機。よく調教されている馬は、本当に危ない時以外は逃げないのだ。
まあストロングホーンならオーク程度、ギリギリから足蹴りして逃げるなんていう事も可能らしいしな。
オークが馬を襲うのは、余程腹が減っていない限り最後だ。
そもそも、オークがわざわざ街道まで出てきて人を襲うのは、生殖を行うために女性を攫うのが第一目的らしい。
第二目的は人の持っている武具や道具が欲しいからなんだとか。
第一目的の生殖で孕まされた女性から生まれるのはオークのみらしい。これはこの世界の常識である“生まれた子供の種族は母親に準ずる”に当てはまらない法則だ。
どこかの王族に仕える研究者がこれを調べたこともあるらしいが、結果は徒労に終わった。
【魔物】であるオークでないと不可、という結果しか出なかったそうだ。
他にも【魔物】のゴブリン、オーガは母親の種族に関係なく生ませることが出来るらしいが、まあそれは置いておこう。
第二目的の武具についてだが、これは道具を使う程度の知恵を身に付けたオークが、自分には作れない武具を手に入れるためだ。
ちなみに、魔物は強くなると【格】が上がって全能力が大幅に上昇するらしいが、その際知恵をつけたオークはなんと武器の手入れまで始めるらしいのだ。
豆知識のようなものだが、生き残るうえで必要になるかもしれないな。
閑話休題。
現在接近しているオークが持っているのは木を削り出しただけの棍棒の様だ。しかし、それでも一発でも喰らえば致死のダメージが入ってしまう事には変わりない。
背中に背負っている赤い剣を手に持ち、腰の投げナイフを確認する。
動きが阻害されることを考え、予備の普通の鉄剣は馬車に置いておき、万全の態勢で迎えるための準備をする。
まずは【叡智の選定者】による鑑定。
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オーク ♂ 一才
MLv1
魔力 6/6
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前回と大きな変化は無し。
次は自身を強化。
近くに寄ってきたオークを確認してスキルを発動。
思考加速Lv3――8倍速に思考を加速。
並列思考Lv3――8個に増えた思考を、戦闘用に一つ、司令塔に一つ、それ以外を魔法用に適用する。
そして、さらに道中で考えた強化を、加速された思考の中実施する。
オリジナル魔法 【過度身体強化】
内容は簡単。体に負担が掛かりかねない並列身体強化を、回復魔法と自然治癒Lv1によって抑えるだけである。
身体強化の数は、感覚的に体が耐えられそうなギリギリの初級三つ。
回復魔法は常時掛けないと、どんどん【気】に損傷が増えるため一ついる。
さらに思考を一つ割いて、自然治癒Lv1を集中することによって効果増幅させる。
この時、回復魔法と連動させると効果が上がるようなので重ねているが……連動効率のようなものはまだ低い。
ここはおそらく修行次第だろう。魔法にスキルを乗せるのはいい考えだと我ながら内心頷く。
このように、並列思考を五つ使うオリジナル魔法だ。
8つあるうちの5つも使ってしまうコストの大きな魔法であるが、これの良いところは伸びしろがあること。
レベルを上げて体が丈夫になれば、もっと強い負荷をかけても耐えられるようになるだろう。
そうなればどんどん強くなるはずだ。
余った後の一つの思考は予備、及び通常の攻撃魔法用に取って置き、戦闘準備万全だ。
俺の準備が終わった時、既にオークはあと五歩の位置まで迫ってきていた。
「ガァ!!」
オークが高速で跳ぶように接近し、降り下ろしてきた棍棒を余裕をもって避ける。
おそらく通常では残像が見えるほどの速さの筈だが、8倍に加速された俺の目にはかるーく下ろされているように見える。
さらに 【過度身体強化】によって体は大きく強化され、完全ではないにしても8倍にされた思考に体がついていってるのだ。これは凄まじいことだ。体の強化倍率は二倍や三倍どころではないだろう。
まだ8倍速視点で高速とまでは言えないが、通常速度視点のオークにとってはとんでもない速度になっているだろう。
その証拠に、オークは俺の回避に驚愕し「フゴッ!!?」という声を上げている。
避けた棍棒の横にステップし、まず左手首を切りつける。
いくら前回より相当強くなっているとはいえ、油断は禁物だ。この小さな体ではいくら強化しようと防御力に不安があるのだから、一発だけでも喰らうべきじゃない。
だからこそこの身体強化だって、スピードを重点的に強化するようにしているのだ。
流れるように切りつけた腕は、俺の思っていたより深く切ることが出来た。その深さはなんと分厚いオークの皮を切り裂き腱まで断つほどで、これによりオークの左手は使用不可に陥った。
武器の違い、力の違い、剣術Lv3による技術の違い……その恩恵は想像以上に凄まじかったようだ。
前回はいくら切っても皮に阻まれ、突きでやっと少し貫ける程度だったのに……戦闘中にもかかわずちょっぴり感動してしまった。
左手を使えなくなって右手で棍棒を握るしかなくなったオークはこちらをみて困惑している。俺の容姿からして“幼女に襲い掛かったらいきなり左手が使えなくなるほど切られた”という恐怖といったところか。
生殖目的ではないのかもしれないが、字的にアウトだな。
片腕という、オークに対して大きなアドバンテージを得た俺は意気揚々と襲い掛かる。
姿勢を極限まで低くして高速で近寄り、オークが反応する前に切り付けた左手側から後ろに回り込む。まるでダンスを踊るかのよなステップで回り込まれたオークは、俺の存在をうまく知覚出来なくなった。
その隙を利用して、オークの頭まで跳び、そこに体の捻りを駆使した全力の横スラッシュをお見舞いする!
ザンッ!!
結果……オークの首は体から切り離され宙を舞った。鮮血が飛び出る前にバックステップで離れる。
……まさか、骨までしっかり切れるとは。
オークにも存在する頸動脈を切れたらいいと思っていたぐらいだったのだが、予想より切れ味が大きかった。切った本人が驚愕してしまうほどに。
戦闘が終わって、飛び出る血が収まるまでの間、周囲を警戒しつつ深呼吸をし、テイションをコントロールする。
最後に行った動きは、母さんより教わった動きだ。
高速で動けるようになるまで成長できれば、相手にとって厄介な動きが出来ると母さんは言っていた。それが今の動きで、瞬時に相手の懐に飛び込むことにより、視界から消えたように錯覚させることが出来るのだ。
そしてそれは身長差が大きいと効果が増大する。
オークの身長は2メートル強、対して俺は1メートル程度というところ。
オークの出っ張った腹を与して効果は絶大だ。
まさに未だ小さな俺用の動きとも言えるだろう。
今回の戦いで母さんが俺の事をしっかりと考えて教えてくれていたのが伝わってきた。
…………行くか。
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レベルが11にアップしました。
第二魂節を超えたことにより、いくつかのスキルの制限が解除されました。
さらに、中級魔法への制限が解除されました。
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脳内にレベルアップの情報が送られてくる。どうやらようやく中級魔法を使えるようになるようだ。
すぐに使えるという訳でもなく、属性に対する適性や魔法の才能、地道な鍛錬が必要なのだが、それでもいずれ火力不足が補えるというのはかなり助かる。
スキルについても、少し調べる必要があるだろう。
馬車に戻ろうとして、ふと、金になる部位があったことや、食料になる部位があることを思い出す。
心臓の左右反対側にあるオークの魔石を、馬車にあった剥ぎ取り用ナイフで抉り出す。魔石はごつごつした拳大の紫色の結晶のようなものだった。あんまり純度は高くなく濁った感じがある。
それの血を水魔法で落とし、オークの食べられるという部位を切り取って馬車へと向かった。
作業を終え、馬車を発車して考える。目的地に向かうまでに、やることはたくさんあるのだ。
レベル上げ、中級魔法の習得、スキルの解析と修練、索敵能力の取得、様々な状況に適応できる技の開発、旅に必要な物資の取得…………。
少し上げただけでもこれほどだ。
それらすべてが、この先必要になってくるだろう。
行くは不帰の森。
何もかもが不明の森を踏破するために、あらゆる手を尽くそう。
………………
…………
……




